第4話 告白

 一年前、彼女は自分が穢れた子なんだ、と告白した。理由は教えてくれず、私自体もそれについて深く聞こうとも思わなかった。

「私はさ。ずっと自殺したかったんだ」

 私の部屋、恋人同士になった私に向けて彼女はそう口を開いた。

「生きる意味が見いだせなかった。ずっとどうして親の敷いたレールで生きなきゃいけないのかって」


 彼女は私をベッドに座らせ、そんな理由を告げる。

「それは勉強しても、アーチェリーでも見出せなくて。それでハマったんだ、セックス。気晴らしに外歩いていたらさ、男の人にナンパされたんだ。それでいいかなって思ってさ。なんていうか誰かに身体を求めてくれた、というのかな、それが嬉しくて、その内売春するようになっちゃった」

「そっか」

「驚かないの? 性病だって貰ってるかもしれないのに」

「驚かないよ。どんなでも、君のことを愛していたいから。今は大丈夫?」

「うん、去年、出会う前にトー横閉鎖されたし、何より私を愛してくれるから」


 それを私は素直に喜べなかった。それは結局のところ不特定多数の彼らだけではなく私に依存先を挿げ替えたことでしかないのだから。

「だから。私のこと許して」

 彼女はおもむろに服を脱ぎ、下着だけになった。

「怖かった。だから自分の事こんなにしちゃって」

 彼女の素肌は少し白くはなったけれど赤い線の巣のようだった。

「こんな、私でも良い? 性病あるかもしれないし、病んでて、自分に大事にできない私でも」

 そんなこと最初から決まっていた。

「俺はずっと愛しているよ。だからその傷も過去も含めてみんな、その辛さを半分にして残り分けてくれってぐらいだから。だからもう自分を大事にしてくれよ」

「うん」


 それからしばらく私と彼女はそのままで抱き合っていた。セックスはしなかったけれどもそれで構わなかったし愛して愛されているんだ、と思った。けれどそれだけではきっとダメなんだ、と思う。彼女の心を治療する、なんて大それたことはできないけれどそうしなければ、と考えていた。そのためには自分から脱却する、そんな自己矛盾のような行為をしなければならなかった。

「ねえ」

「何?」


 彼女は私の唇を奪い、そして微笑む。この笑顔が彼女自身を守るために作られたものじゃないことを祈っていた。

「ずっとこうしていられるのかな」

「夜の三時半までは」

「三時半なんて来なければいいのに」

「そうだね」


 しばらく私と彼女は肌を重ね、抱き合い続けた。不思議なことにそれだけで心が満たされ、飽きもしなかった。

「私の事愛してくれてありがとう」

 彼女はそう言ったあと眠ってしまった。流石に下着のままじゃ風邪をひく、と思い私は彼女に毛布をぐるぐるにしてまた彼女を抱きしめながら夜を迎えた。


 そして夜三時半を迎えた私たちは放射冷却とともにやってくる眩しい陽の中目を覚ました。

「おはよう」

「おはよう」

 彼女は私がグルグル巻きにした毛布をようやく解き放ち、上着をもう一度被る。

「これかけてくれたの? ありがと」

「うん。俺シャワー浴びてくる」

「ねえ、基樹君さえ良ければで良いんだけど、一緒にシャワー浴びない?」

「え」

「やっぱり……ダメ?」

「うん、そんなことないよ」

「じゃあ、お願い」


 私と彼女と一緒に脱衣所に入る。下着を脱ぐ彼女の姿がどうしても眩しく見えて目を瞑ってしまう。

「どうしたのよ。そんな顔赤くして」

「そりゃ最初は恥ずかしいだろ」

「ほぼ裸で抱き合ってたのに?」

「それでも」


 私も服を脱ぎ彼女と一緒にシャワーを浴びる。ようやく瞼をあけた私に痛々しい、と言えば良いのだろうか、そんな身体が映される。

「ねえ、身体洗ってもらっても良い?」

「……ああ」

「あのさ。私まだ診断してないけれど梅毒とかもしかしたらHIVかもしれないし。一生子どももきっと残せないよ。本当にそれでもいい?」

「子どもだけが幸せじゃないよ。別にゴムとかすればいいじゃないか」

「それでも感染はするかもしれないし。だからきっと……」

 そんなこと保健で分かっていた。ゴムを装着しなければ感染するし放置すれば死に至る。もし子どもができても母子感染してしまうだろう。そして彼女は一応お嬢様学校の出だ。そう簡単に検査もできないだろう。

「検査とかはしてるの?」

「まだ。でも今度してみる。一応妊娠はしてないよ」

「そうか」

「もし医者になれたら産婦人科作りたいな」

 彼女はそうやって夢を語っていた。私はそんな彼女に釣りあうような人に本当になれるのだろうか。


 シャワーを浴び終えた私と彼女はバスタオルを着たまましばらくそのままでいた。お互いがお互いを見つめ、それだけ。それからお互い脱しようとせず寒くなるまでそうしていた。

 お昼を適当に摂った私たちはしばらく抱き合って過ごしていた。それが一番の愛情表現できっと上限なんだと知っていたから、数回キスもして、愛を確かめ合う。

 夜三時半がやってきた。あと私たちは何回夜の三時半を迎えられるのだろうか。夜の三時半まで愛し合おうよ、彼女はそんなことを言った。私も同じ気持ちでそれで良かった。


 それから少し、私と彼女は去年の自分たちがしたように空を眺めていた。

「まだ一緒に過ごして二日? けどもう一周年か」

「そうだね。やっぱり寂しい?」

「寂しいに決まってるじゃん! 毎日考えてるもん」

「そりゃ嬉しい、けど、けどさ。もし俺が死んだりとか、どうしても続けられなくなったらどうするの?」

「分からない。どうなのかな、でも、どうして?」

「実はさ。思ってたことがあって、聞いてくれる?」

「うん」

「きっと七海は俺に依存してる。俺だけが生きる意味だから、愛してくれてるけど、それに加えてきっと依存してるんだ、と思う」

「うん」

「もし俺が七海にどんなに酷いこと命令してもきっと動いちゃうでしょ? でもそれじゃダメだ。愛し合うのって対等じゃなきゃ」

「そうだね。でもどうしたらそれができるのかな」

「趣味を作るとか、かな。ごめん、そこまで考えられてなかった」

「ううん、良いんだ。私もそれが必要かなって、でも怖かったんだ。それで基樹君が離れっていっちゃうのが」

「俺は……離れるなんかしないよ。ずっと愛してるなんて、未来のことは言えないけれどそれがある限り、一緒にいるよ」

「うん。それは分かってるよ。じゃなかったら最初から付き合ってないもん」

「そうかい」


 白、黄、赤の星の光が彼女を捉え、そんな彼女に私はまた釘付けになる。

「やっぱり寒いね」

「お風呂もう一回入る?」

「うん。また一緒に入ろ?」

「ちょっと、やっぱ恥ずかしいわ」

「えー、残念。ま、来年、いやないのか」

「そうなんだよね。だから、全国大会進めたらだけどそこで合流しようか」

「うん!」


 そんな約束をした。無謀かもしれないだろう、けれど絶対に叶えたい目標を私は語り彼女もそれに賛成してくれた。

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