「死にたい」と指先を刺してみたら、血糖値は至って正常だった。
竹俣 弦
1話 血糖値測定
アマゾンからの荷物を開けるついでに鈍いカッターナイフを腕に突き付けては離してを繰り返す。臆病にも程があるが、せめて今日はこの新しく届いた電気毛布の替えコードを試してみたいのだ。
生きることへの執着は薄いはずなのに、リモートワーク中は温かい毛布を膝に掛けたい。快適さを欲すのは、まだ残り僅かな執着なのかもしれないと急いで購入してみた。1530円の散財。いざ電源を入れて膝に乗ったぬくもりを感じると空しい気持ちが上回った。
コロナ渦真っ最中の21歳新卒、男。入社した医療機器メーカーの販売会社で外回りの営業をするはずだったのだが、急遽リモートワークに変更された。上層部も慣れない環境下で新人として毎日「社会人」を演じている。
仕事は嫌いではない。新人ながら情緒は安定しているし職場の人も感じが良い。週末にちょっと飲みにいけるような友人もいるし、実家には二か月に一回のペースで帰っている。何もかもが平穏で理想的なのに、漠然とした「死にたい」気持ちが蔓延っているのだ。それもずっと前から。
しかしまた自分は臆病だ。交差点に突っ込んだり、過剰に何かを摂取したり、飛び降りたりは怖くて足がすくむ。目に見える傷は何一つない。でも生きにくい。自己肯定感は低いのに、自衛本能は無駄に高いのだ。隕石でも降ってこないか。前を走るトラックが逆走しだしてくれないか。大病にでも罹らないか。こんな惨めな気持ちが続くのは暇だからなのか。そんな巡る思いで手を伸ばしたのは、当社の看板商品である血糖値測定器だった。
どんな商品展開があるのか詳しく知るため、新入社員には商品の貸し出しが行われた。その中でも手によくフィットする小さい検査機。付属の針を手に指先を凝視する。日常生活に影響しないため、指先のやや側面を穿刺するのが通常だ。しかしそれだと物足りなさを感じ、とりあえず人差し指の中央部分を刺してみた。ぷすっという何とも言えない音と痛みが伴う。ゆっくりと血液は流れ、測定用のチップの先端にその鮮血を吸い込ませた。アルコールティッシュで拭う指先は少し沁みるが、これでパソコン作業中に少し自分を痛みつけられるかもしれない。誰にも気づかれず。自分自身さえも満たされず。
ぴぴ、と測定器が鳴る。《93mg/dL》血糖値の判定基準表を机に広げてみる。そして思わず鼻から息をもらした。
「正常値ど真ん中」
「死にたい」と指先を刺してみたら、血糖値は至って正常だった。 竹俣 弦 @Sleepless
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