先輩、付き合ってくれませんか?
西影
エイプリルフール
この春、高校二年生に進学する俺には厄介な幼馴染がいる。
『唐突でごめんなさい。先輩、付き合ってくれませんか?』
春休みを満喫していた俺にメッセージが届いていた。寝起きの頭を回転させる前にDMを開く。
『私、4月から先輩と同じ高校に入学するんですよ』
『なので色々と買っておきたいものがあるんです』
『唐突でごめんなさい。先輩、付き合ってくれませんか?』
「…………」
そんなことだろうとは思ってた。随分と古いネタを使ってきたと思う。メッセージの最後に『好きです』などを送ることにより、相手はDMを開くまで『好きです』だけが表示されるってやつだ。
こういう文章は大体変な感じになるのだが、そういうところは頭の良さで普通の文にしてきたらしい。
『すまん、今起きた。何時頃から買いにいくんだ?』
向こうはスマホを触っていたからか、すぐに既読が付いた。
『10時にショッピングモール集合で!』
『早くないか?』
今は八時半。もし俺が起きてなかったら今日はどうするつもりだったのか。
『フッ軽な先輩だからこの時間なんです』
『わかったよ。準備する』
『楽しみにしてます♡』
こういう絵文字にも慣れたものだ。初めの頃は意識していたハートマークも、可愛いから付けていると本人に聞いてから気にしないようにしていた。
「もしかして先輩、私のこと意識してるんですか?」と煽られるのはもう懲り懲りだからな。
そんな感じで幼馴染──
思春期の心をどこかに捨てたんじゃないかと心配になるぐらいだ。いつも振り回されるから話してるだけでも疲れてしまう。
……それでも、こうやって関係が続いているのはどこかで今の関係を心地よく……
「いや、違う違う」
単に腐れ縁なだけだ。頭は良いくせに危なっかしいところがあるから心配っていうか、妹みたいに面倒を見ないといけないっていうか。
とにかく考えるのをやめよう。こんな状態だとまた煽られる。
「支度しねぇと」
いくら知り合いだからって身嗜みぐらいは整えないといけない。俺はベッドから降りると顔を洗いに向かった。
◇◇◇
昼頃。俺より先に詩織は集合場所に着いていた。
「せんぱーい! 行きますよ!」
「あのさぁ……」
ワックスでセットした髪を崩すわけにもいかず、顔の側面を掻いて動揺を隠す。
「なんで高校の制服なんだよ」
「別に良くないですか? 休日に制服を着たらいけないってルールありませんし」
「そりゃそうだが」
制服なんて毎日のように見てる。そりゃあうんざりするほど。なのに普段とのギャップからか、詩織の制服姿がやけに可愛らしく見えた。
「どうです? 可愛いですか?」
「……あぁ。うちの制服は可愛くて有名だからな」
「そこはお世辞でも私を褒めるべきです。だから彼女いないんですよ」
「別に今はいらねぇよ」
モテないからこんな痩せ我慢しかできないのが少し悔しい。「今は……ねぇ〜」なんて小声で呟く詩織は溢れそうな笑みを浮かべた。
「まぁ、いいです。取り敢えず中入りましょ」
「はいはい。それで、何買いたいわけ?」
「新生活なので心機一転! 学校で使う身の回りの物を諸々買います!」
「それで俺が荷物持ちってわけか」
「察しが早くて助かります」
これまでに何度も荷物持ちをさせられたからな。服の買い物に比べたら楽な方だ。
そうして入ったのは文房具店。詩織は俺に籠を掴ませると店内を闊歩していく。
「先輩が普段使ってるのってどれですか?」
「どれって、どれのことだよ。シャーペンか? ボールペンか?」
「全部です。教えてください」
「えぇ……」
俺の様子を伺っているのは丸わかりだった。俺は面倒臭そうに棚へ視線を向けると、見慣れたものを籠に入れていく。
「俺の買い物になってないか?」
「いいえ、私の買い物ですよ」
「色も同じでいいのか?」
「はい。お任せします」
完全に俺を手足にして買い物? をする詩織。これじゃあまるで主人と奴隷のようだ。年功序列だとか亭主関白だとか、別にそんなのを気にしてるわけじゃないが、このままだと男のプライドが廃れていく気がした。
ここは一つ、大人の余裕を見せなくてはならない。
「もし俺たちが付き合ったら、こんな感じなんだろうな」
「……先輩、朝の仕返しですか?」
「いや、ちょっと考えただけだ。詩織と恋人になれたらなって」
「え、いや? え?」
まさか、ここまで効果覿面だとは思いもしなかった。こういった話題に強いはずの詩織が戸惑う姿なんていつぶりだろうか。
もう少しこのまま見ていたい気持ちもあったが、俺の善意がそれを許さず、詩織にスマホを向ける。
「な、なんですか、先輩!?」
「今日は何日だ?」
「今日って、そりゃあ4月……」
状況を理解したのか、詩織の顔が段々と険しくなる。ご立腹のようだが生憎と美貌のせいか、あまり怖くない。
「……乙女の純情を弄ぶなんて最低です」
「思春期男子の心を弄ぶのはいいのか?」
「私は一度も嘘は付いてないです」
言われてみればそうだ。これまで思わせぶりな行動はあったが、どれも嘘は付いていない。
やるなら同じ土俵でやれ、そう言いたいのだろう。
「悪かったよ」
「もう、次は許しませんからね」
ぷいっと顔を背ける詩織。こりゃあ何か奢らないと機嫌が治らなそうだ。
「まぁ、そんな先輩も私は異性として大好きですけどね」
……これは破壊力が高すぎる。そりゃあ、『この世界には言っていい嘘と言ってはいけない嘘がある』なんて言葉が生まれるわけだ。
「嘘は付かないんじゃなかったか?」
「先輩には言われたくありません。早く買い物済ませてください」
「はいはい」
言われるがまま、俺は籠に物を入れていく。
「なんか言ったか?」
「なんでもないです」
何も奢ってないのに詩織は普段の調子で隣にやってきた。
本当、うちの後輩は厄介だ。
先輩、付き合ってくれませんか? 西影 @Nishikage
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