第二話 物騒な町に来てしまった・二
「ところでさ。さっき町長さんが言ってたのって」
推測が当たっているかどうか、登与が確かめようとしたときだった。
登与の背後から轟音が聞こえた。
かと思うや、嵐もかくやというような豪風が吹くというよりは襲ってきた。前に倒されそうになった登与はとっさに前へ足を出して踏ん張る。
木の枝がしなる音、葉がこすれる音、砂粒が全身に当たる感触。ぎゅっと閉じているあいだに、様々な音と肌への刺激が登与に伝わってくる。
それらと豪風を感じなくなってから、登与はようやく目を開いた。しきりに瞬きを繰り返し、光に目を慣らす。
「な、なに今の……」
「星が落ちたんだよ。ほら、あれ」
と、きょろきょろ辺りを見回す登与に、久江は指で指し示した。
つられて登与がそちらを見てみると、確かにそこには灰白の太い煙が黙々と青空へと高く立ち昇っている。
戦でもなんでもないのに、あんなところから煙を使って連絡をとるなんてするはずもない。これほど太い煙にする必要もない。
「ほんとに星が落ちるんだ……」
「? 知ってたから、こっちへ来たんじゃないの?」
「うんまあ聞いてはいたんだけど……」
ぱちくりと目を瞬かせる久江を振り返り、登与は苦笑した。
そう、
そのためこの地では古くから、他よりも多数落ちてくる星を上手く活用してきた。希少なこの素材を用いて作られた道具はどれも高値で取引され、人々をこの地へ誘う標にすらなっている。――――この地にとって、星はまさしく、天の恵みなのだ。
「そうなんだ……じゃあ、これもびっくりするかな」
久江は悪戯っぽい笑みで輝かせた。身をひるがえし、登与をどこかへと誘う。
道の途中であえて外れ、視界を遮る木々の深緑の葉を腕や手で避けながら進んでいくと、やがて熱気が前方から押し寄せてくるようになった。麓より涼しい山中の木陰だというのに、麓と同じかそれ以上の熱風が吹きつけてくる。
これってもしや……。
登与が予測してすぐ、二人の視界が開けてきた。
しかしそれは、その辺りだけ木々が生えていないからではない。元々生えていた木々の多くが倒れているからだ。倒れ方からすると、登与の真正面の一点から生まれた豪風によってなぎ倒されたのだとわかる。
「まさか、ここって……」
「うん、半月くらい前に星が落ちたところ。ほら、あそこに星が落ちたの。もう町の工房の職人さんたちが、持ってっちゃったけど」
真正面の一点を指さして、さらりと久江は言った。
だが登与はぞっとした。倒れた木々はどれも、けして細くはないのだ。それに久江が指さした一点から一番遠く木が倒れているところまで、それなりの距離がある。どれだけの衝撃を木々が襲ったというのか。
「この大きさでも、とんでもない衝撃なんだね……」
「うん、音もすごかったよ。でも、これでもまだ普通なんだって」
「え」
久江の否定に、登与の表情と思考が一瞬停止した。
「二十年くらい前に落ちてきた星は、赤ん坊くらいはあったらしいっておばあちゃんが言ってたもの。ここよりもっと遠くに落ちたのに町まですごい音が聞こえてきて、地響きもしたんだって。びっくりしすぎて死んじゃった人もいたんだって言ってた」
「…………」
先ほどの大音声でも仰天した登与は、もはや驚愕の領域を超えていた。あれを上回り、老人だったとはいえ死を招きさえするほどの音や光、風なんて。想像することもできない。
これが星落ちる地、石雪。街道沿いの城からも離れ、幻想的な事象が起きる地として国中に名を知られた集落なのだ。
唐突に、遠くから大きな音が聞こえてきた。立ってはいられる程度の地響きが登与たちの足元を揺らす。
地響きはなかなか止まない。
これ、もしかして……!
目を大きく見開き、登与は慌てて走りだした。
「登与さん?」
久江が驚いた声をあげるのも気にせず、登与は体勢を崩しながら鬱蒼と茂る木々に隠された山道から出た。太い煙が立ち昇っているほうを見る。
登与の眼前には、多様な緑をまとった山々が一面に広がっていた。太い煙はその中の、登与から見て右手の山の中腹に落下したようだ。太い煙の源はまだ真っ白でよく見えない。
そこまではまだいい。問題なのは、太い煙の源の下方に山道があることだ。
「さいっあくだ……」
登与はそう言ったきり、二の句を告げられなかった。
山あいの狭い道が横の斜面からなだれこんできた岩石や土砂、木々でわずかな隙間もなく塞がっているのだ。人がよじ登って行き来できたりはしないだろうと、遠くから見てもわかる。
登与が通ったときは、ごく普通の狭い山道だったのに。今は流れる土砂で分断された川だ。
登与を追いかけてきた久江もまた、諦め顔だった。
「うわあ……あれ、通れないよね……」
「だよね……私、あの道通って町へ来たんだけど。回り道はないの?」
「うん……確かあそこしか、都のほうへ向かう道はなかったんじゃないかなあ。猟師さんとかに聞けばわかるかもだけど」
久江は首をひねって言う。
「……ということは、都へ帰るための一番真っ当な方法は…………」
「……遠回りするか、暇な人たちでちょっとずつ掻き出すしかないよね」
「……だよねー…………」
登与は乾いた笑みを浮かべた。この大きな川のような岩石や土砂、木々を撤去する労苦を想像するともはや笑うしかない。
かといって、遠回りして故郷へ帰るのも考えものである。知らない土地での行商は好奇心がうずくけれど、だからといってあちこち呑気に歩くことはできない。石雪の周辺には治安がよくない土地もあるのだ。
祭りでがっぽり稼いでからゆっくり帰るつもりだったのに……!
とんだ誤算である。登与の肩は自然とがっくり落ちた。掃除さえすれば宿代がかからない屋敷に泊まらせてもらえるのが、不幸中の幸いか。
はるか神代の頃、いかなる尊き神にも屈しなかったという孤高の星の神は一体何を考えているのか。いやこの場合は天狗か。流れ星は天狗星とも言われているし。
嘆きながら、登与と久江が高台の屋敷へ向かうのを再開してすぐ。駆ける足音と共に、おおいと呼びかける男の声がした。
声のほうを向くと中年の男が二人、登与たちのほうへやってくるところだった。二人の腰には、よく漆が塗られて艶やかな木の柄と鞘だ。色からすると、かなり使いこまれているのだろう。
「清助さん、星を探しにですか?」
「おお、三ヶ月前に落ちてきたやつの欠片がまだ残ってねえか、探してたところでな。さっき落ちてきたやつのほうへは、友三郎たちが行ってる。俺たちは今から、工房へ行くところだ」
久江が声をかけると、二人組の片方はそう答えた。じゃあな、と挨拶をしてまた町へと走っていく。
「……あの人たち、職人なの? なんかそうは見えなかったけど
「鍛冶職人さんだよ。うちの町、あの人たちがいる亘彦って人と喜兵衛って人が刀鍛冶の工房やってて、星も材料にしてるの。星がどっちの工房のものかは、早い者勝ちなんだよ」
「……もしかして、あの人たちが小太刀差してたのって……」
「うん、山賊とかあとから来た工房の人に、とられないようにするためだよ」
嫌な予感がしつつ登与が尋ねると、久江はあっさり答えた。
「落ちた直後は熱すぎて近寄れないけど、冷めてから運べばいいし。星が落ちてきたところへ先に着いた工房の人は、星が冷めるまで見張りをするの。昔は工房に運ばれてからも狙われて、死んだ人もいるって聞いたことがあるよ」
「……そうなんだ……」
淡々と説明してくれる久江に、登与はそうひきつった顔で相槌を打つのが精一杯だった。
やばいでしょこの町。いくら希少とはいえたかが石の所有権をめぐって町人同士で命のやりとりなんて、一体どういう神経よ。
そして思った。
星って怖い。
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