第7話 吾輩は旅に出る。
「聖獣さま、気兼ねなくいつでも戻って来てくださいませ」
「エライザ、しっかりと聖獣さまのサポートをするんだぞ」
里に来てから3ヶ月少々経った今日、俺はエライザをお供にして爺ちゃん探しの旅に出ることとなった。
えっ? 3ヶ月も何をしていたんだって?
ずっと魔法の練習という名の治療を行い続けてましたよ。 たまの空いた時間に空間魔法の活用方法を考えたり、狩りのお手伝いに行ったりもしていたけれど。 その比は治療7他3くらいだ。
100人前後しかいない里で、毎日数十人の治療。 どう考えても3ヶ月も毎日治療しているっておかしいよね?
その原因は、爺婆が用もないのに来るという、日本でも見かけられたような光景が1つ。 もう1つは近くの里からも噂を聞いてエルフが来ていたからだ。 ラノベあるあるのウィルスの存在など現代知識により、加齢以外のほとんどの病気や怪我を治せる上に、聖獣さまに治療してくれるということで、近隣……近隣といっても1番近いところで歩いて2週間、遠いところだと2ヶ月掛けてやって来ていたからだ。
ちなみに俺は一銭も、貢ぎ物も貰っていない。 あくまでも俺は、だ。 里はかなりホクホクだったらしい。
俺が旅に出たいことを言ったら、ヤケに魔獣の怖さを語ったり、今までに現れた聖獣の末路を教えてきたり、普人族の強欲さ、獣人族の脳筋具合を俺に言い聞かせるように言ってくるなと思っていたんだよ。 それでも俺の意思が揺るがないと知った瞬間に、「あぁ聖獣さまバブルが……金のなる木が……」。 と零したのを俺は聞き逃さなかった。 その場て問い詰めたかったけど、軽く話しただけで失神したような聖獣さまへの想いが強い人間を問い詰めたりなんてしたら、そのまま旅立っちゃうんじゃないかという恐れがある。 なのでぐっと堪えてエライザに尋ねてみると、「へっ? 知らなかったんですか? この間お見せした新しい服とかアクセサリーもその中の物ですよ? 」。 なんて満面の笑みで答えよったのだ。 確かに最近妙に機嫌が良くて、俺がねだってもいないのにマタタビをくれたり、ブラッシングをしてくれていた……まぁ風呂は相変わらず男湯だし、時折エライザ父の抱き枕にされていたけれど。 考えてみれば、エライザだけではなく父母も新しい服を何度も見せてきていたし、里の人たちも装いが派手になっていたような気がする。
つまりだ、俺だけが知らなかったという訳だ。
俺って崇め奉られる聖獣さまだったはずなんだけど……。
エライザだ、エライザが悪い!
治療三昧になったのがエライザだからね!
貰った服を破ってやろうかと思ったけど、全部手作りの品と聞いたのでなんか見知らぬエルフに申し訳ない気がして止めた。 調度品での爪研ぎは、前にやったらエライザ母に尻を叩かれたので却下。 肌に爪をたててやろうかとも思ったが、結局治すの俺だしと色々考えた結果、エライザと2人の時にチラリと胸部を見てから鼻で笑ってやった……後でエライザ母にチクられて、能面のような顔でハサミを持って迫られて怖い思いをすることになったけど。
そんなこんなでようやくこの里を出て旅に出ることになった訳なんだけど、ここでまた問題が発生した。 1匹では心配だから、誰かをお供に連れて行った方がいいという話だ。
身体強化魔法がある上に、2種類もの魔法を使えるようになった今なら問題はないと思うんだけど、一応聖獣さまのお身体に何かあったら心配らしい。 その後にボソリと「世界中の妖精族の里に行って貰わねば困るし」。 と呟いたのが1番の本音だと思う。
近隣のエルフが訪ねて来たこともそうだけど、何らかの通信手段があるのかと思ったんだけど、そんな便利なものは存在しないらしい。 ではどうやって近隣の里に俺の存在が知れ渡ったか。 それは現れた聖獣さまの癒し魔法が素晴らしい。 と、若いエルフがその足で走って伝達したらしい。 「聖獣さまにお教え頂いた身体強化魔法のお陰で、いつもよりもかなり早く届けることが出来ましたよ」。 なんて満面の笑みで言われた時には膝から崩れ落ちそうになった……猫だけど。
うん、やっぱりエライザが悪い。
いつか泣かしてやる、いつか絶対だ。
まぁその泣かす予定のエライザが、俺のお供として立候補した。
どうやら元々里の外に出て生活してみたいという願望を抱いていたらしい。 だがこれまでは里を出て何をするのかという単純な問いに答えることも出来ないフワッ。 目的であることや、まだまだエルフの中では若いので焦る必要はないと説得されたり反対されていた。 だが今回は俺のお供であるという、立派な理由があるのでイケると踏んだらしい。
だがそんなことを考えるヤツはエライザだけではなかった。 若いヤツはみんな同じような理由で立候補していた。
俺としては、なんだかんだいっても気を遣わない関係でいられるエライザで問題ないのだが、俺の意思なんてそっちのけで選考会が始まった。
急遽里の真ん中に設営されたステージの上で、名前・特技・趣味・旅に出るための想いなどを1人ずつ出てきては熱く語るのを、他のエルフたちが審査を行っていた。
俺? 俺はその様子を目の端に映しながら、延々と他の里の傷病者を治療していましたよ。
数回の審査を経た最終選考になって、ようやく俺も審査員に加わることが出来た。
ステージに居たのはエライザを含めた5人だったのだが、エライザ以外は全員が男だった。 理由はアレですよ、俺の身体を洗うのは男じゃないと俺が嫌がっているという、エライザの嘘を発端としたものですよ。 爺ちゃんならともかく、何が悲しくて朝から晩まで男と一緒に居なきゃならんのだ……。
5人全員という話も出たが、ゾロゾロと引き連れて行くのは断固反対した……まぁエライザ以外の4人が全員女の子だったのなら、それはそれでアリなので受け入れるのも吝かではなかったんだけど。
喧喧囂囂の議論が行われ、決着がつかないとなったところでようやく俺に発言を求められたのだ。 この状況では一択である。 「エライザで……」。 と言いかけたら、めちゃくちゃエライザから圧を感じたので慌てて言い直し、「エライザがいいかな。 着いてくるのは1人でいい」。 と伝えたことでようやく決定した次第である。
ちなみにこの選考会は約2週間行われた。 本当に無駄な時間である。 何が1番嫌だったかといえば、風呂場で自分を選んで貰おうと考えた男どもが、ねっとりと囁きながらしつこく身体を触ってきたことだ。 アレは本当に気持ち悪かった。 夜職のお姉さんの気持ちが少しわかったような気がするよ。
そして決定からさらに2週間経った今日、食糧を初めとした旅に必要な物資の準備も終わり、旅立つこととなったのである。
「では行ってきます!」
「ニャニャーッ!」
もしかしたら転生しているかもしれない爺ちゃん待っててね!
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