第2話 吾輩は空を飛ぶ。
数時間に渡って追いかけ回されたけど振り切った。 途中魔物? モンスター? まぁ、俺を餌と考えるようなヤツらにもぶつかったけれど、それが功を奏したような気もする。 俺に向けて放ってきた矢が、全長3mオーバーはある真っ黒な熊に当たり、そのせいで襲われてたしね。多分アレがヤツらの言うブラックベアなんだと思う。 そのまんまだけど黒い熊な訳だし。 しかも仲間2人を喰ったヤツじゃないかな? 口元に布っぽい物が絡み付いてたし。 そんな事よりも猫なら人間なんて簡単にまけるだろって? 確かにそうなんだけど、見知らぬ森でここは魔境。 どこに何があるかわかんないから慎重に走らないといけないし、何よりアイツら異様に速いんだよね。 普通の人間のスピードじゃなかった。 異世界だからそうなのか、それとも身体強化的なものなのか。 どちらにしろ逃げ切れたから問題なし。 熊さんありがとう!
どうやらグルっと1周して来たらしく、気が付けば元の泉の辺に戻って来ていた。
仮初の我が家にてヤツらも戻ってくるのではないかとビクビクしていたが、日が落ちても戻ってくる様子がないので一安心。 とりあえず走り回った事により消費したカロリーを補給するため、枇杷に似た例の果実に加えて、ヤツらが残していった背負い袋を漁って出て来た干し肉っぽい物を頂いた……干し肉イコールジャーキーのようなイメージだったけど、異様に塩辛くて食べられる物じゃなかった。 結果ほとんど水で腹いっぱいになった感じだ。
さて、一息ついたところで、俺が2種類の魔法を使えるという話だ。 ただ何の魔法が使えるのか、どうやって発動するのかもわからない。 また、風魔法と火魔法という魔法括りでの2種類なのか、ファイアボールとファイアという技? 種類? での括りなのか。 出来れば前者であって欲しいけれど、どちらにしろ何が出来るのかわからないと何ともならない。
全ての思いつく限りの魔法を試してみれば判明するかもしれないが、それよりも先にどうやって魔法を放てばいいのか。 誰が教えてくれる訳でもないので、人間だった頃に読んだラノベを思い出す。
あっ、アレ? なんか悲しくなってきた。 ハッキリとはわからないけれど、独りでラノベを読んでニヤニヤしていたような記憶が……。
いかん、余計な事を思い出すな、ラノベの内容だけを、魔法の話だけを思い出すんだ!
確か俺が読んだヤツでは、まずは身体の中にある魔力の塊を探すんだった。 場所は丹田……丹田? 猫の身体でも一緒なのかしら? そもそも全て人間の話だった気がするから、今の俺には当てはまらない気もするんだけど、とりあえず他にあてがある訳ではないので従うしかない。
枇杷もどきを食っては魔力の塊を探し、泉に行って水を飲んで探し洞で寝るを繰り返す事1週間ほど。 俺ってもしかして蛮族共が言っていたテールキャットではなく、ただ異世界に迷い込んだ突然変異で尻尾が二又になっただけの猫なんじゃないか、そんな風に思い始めた頃、ようやく熱い塊のようなモノを見つけた……丹田ではなく尻尾の付け根で。
多分これが魔力、きっと魔力。
次はその魔力を動かす訓練。 付け根から全身を駆け巡らせるイメージで移動させていく。 これに関しては、寝る前に心臓から”氣”のようなモノを足先に送るとよく眠れる。 という話を聞いて、人間時代に夜な夜なやっていたので、その要領で挑んだらあら簡単、1日掛からずに全身へとスムーズに流す事が出来るようになったのだが、ここで驚くべき事が起こった。 全身に魔力を駆け巡らせている状態でいる時、普段よりも遠くの音が聴こえるし、視力も上がっているのだ。 さらにいつもの調子で洞から飛び出したにも拘わらず、かなり離れた場所に着地する事となった。 もしかしてこれは身体強化と呼ばれるモノなのかもしれないと思い、試しに近くにあった直径10cm程の木の幹に猫パンチを繰り出してみた所、バキバキ。 と音を立てて折れる結果となった。
どうやら本当に魔力だったらしい。
そして俺の初魔法発動である。
俄然ヤル気が出て来た。
この調子で他の魔法も使いたい。 さっそく何が出来るか検証だ!
人間であれば腕を通して手に流して放つとかだろうけれど、四足を地に着けているのに魔法を放つ度に手を上げなければならないのは不便なので、額から放つようにしよう。
さて、魔法を放つ際に呪文など必要なのだろうか? もし必要ならば今の俺に出来る事は無くなってしまうのだが、身体強化には必要なかった事を考えると大丈夫のような気もするので、とりあえずは試しに色々やってみる。
「ニャニャニャ(ファイア)」
「ニャニャンニャ(ウィンド)」
「ニヤッニャ(ロック)」
「ニャニャーニャー(ウォーター)」
しっかりとイメージしてやってみたけれど、何が起きるわけでもなかった。 もちろん4つ以外にも思いつく限りの魔法を試してみたが、辺りにニャーニャーと響くだけで魔法が放たれる事はなかった。
どうやらそう簡単にはいかないようだ。 誰かに教えて貰いたいが、人間の街がどこにあるのかわからないし、ノコノコと向かったりしようものなら捕まって毛皮にされてしまいかねない。 これは困った……やはり自力で見つけるしかないのだろうか。
放つ事は出来ないけれど、身体強化は出来るようになったので、とりあえずもっとスムーズに全身に魔力を流す練習と、どれほど維持出来るのかという限界値を調べなければならないだろう。
ちょっと忍者気分。まぁ猫なんですけども。 身体強化状態で走り回るの楽しすぎる! さらに猫パンチをする際に、放つ前足を意識して魔力を流し込むと部分強化も出来るようだ。 熊とか虎は遠慮したいけれど、ゴブリンや蜘蛛辺りならばスピードで翻弄したり、勝てる気もしてくる。 もしかしたらレベルという概念が存在する世界かもしれないので、限界値の検証後に赴いて戦ってみる必要がある。
「結果発表!«ニャッニャッニャッニャー!»」
なんか今、人間時代に見た事のある芸人が降りてきた気がする。
まぁそんな事はいいや。
結果はかなり上々だったと言えるだろう。 身体強化も部分強化もスムーズに行えるようになり、まる1日使用し続けても問題なかった。 2日目の終わりかけに身体がダルくなり、頭にモヤが掛かったような感覚になったので、その辺が限界値だろう……ただハイテンションで徹夜して暴れまくっていた疲れ、というオチである可能性もあるけれど。
レベルについては、ゴブリン、蜘蛛、蟻、顔の付いた果物もどき、はぐれ狼など数十匹と出会った際に襲いかかられたので、猫パンチで応戦する事で確かめる事となった。 頭の中で、テテテテッテテテー!。という音が鳴ったり、目の前に半透明のボードが出て来てレベルアップを教えてくれる事はなかった。 体感としても倒した後に変わった気はしないので、多分だがレベルという概念はないように思える。
魔力の限界値も、自分が戦える事もわかった。 ただここでふと気付いてしまったんだよね。 現在わかっているのは、人間の言葉の意味を理解する事と、身体強化魔法が使用出来るという2種類の特性がある訳だ。 二又だと2種類の魔法が使用出来るだろうという事だが、もしかして今判明している言語理解と身体強化魔法がその2種類に該当しているのではないかという事に……。
もしそうだったら、夢が無さすぎるんですけど! もっと派手でそれっぽい魔法も使いたい!
「フニャーッ!……ギニャーッ!! 」
これまでは気を付けていたんだ、やらないようにしていたんだ。 だけど我を忘れて思いっきり高く飛び上がってしまった。 結果、空を悠々と飛んでいたデカい鳥っぽいのに、ガシリ。と身体を掴まれてしまった……。
吾輩は猫又である。
ただ今鳥っぽい生物に掴まれて、空を飛んでいる最中である。
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