3️⃣

「さぁどうする? {話して}みろ」


 そこで漸く、マリアは喋れるようになる。きっとこの青年達もマリアと同じように“固有魔法”が使えるのだろう。そしてマリアを試して、遊んでいる。


 嗚呼成程、自分はこの男の享楽のために呼ばれたのか。マリアは理解し、開くようになった口で乾いた笑いを零した。田舎の貴族、それも勝手に没落していきそうな娘ならば弄んでも公爵家の名前に傷がつくなんてこと億が一にも無い。お遊戯・・・に使って死んでしまっても両親はこの青年に文句一つ言えやしない。自分が選ばれた理由が漸く分かった。


「……二三にさん点、確認しても宜しいですか?」


 喋れるようになった喉で、マリアは青年達に問い掛けた。頭がすぅっと冷えていく。この感覚をマリアは知っている。自分の中に別の“誰か”がいるような感覚、多重人格すら疑ったその“誰か”が前に出てくる時の感覚。レキャットにも問われた通り、マリアはこれが誰なのか知りたくて学校に通うのだ。人殺しも躊躇わない。魔法の使い方も熟知している。でもその時々で性格にブレのある“誰か”。


 口を覆うように手を当てて、唇を人差し指でトントンと叩く。無意識のこの癖は、マリアは自覚していない。


「一、アタシ達がするのはあくまで“婚約”でありその理由は互いの利害が一致したから。

 二、その“婚約”を結ぶための条件なのがこの庭——てか森——に居る暗殺者を“殺す”こと。

 三、その方法は問わない。殺したところで罪にも問わない。

 ……異論ございますでしょうか」


「無ぇな。それでやれ」


「畏まりました公爵様。では……まずはこちらにサインを頂けますか?」


 マリアはパッと手を開く。その中にはマリアが望んだとおり{創造クリエイト}のカードが現れて、マリアが望んだ物を作り始める。光の粒子が形となった時、それは“契約書”の形を成した。その契約書には先程リーロンが承諾した内容しか書いていないが、マリアとしては『暗殺者を殺しても罪に問わない』の部分が大切なのである。テストだと思っていたらはめられていて兵隊に逮捕されるなんて御免だ。


 リーロンは差し出された契約書に目を通し、「アイン」と三つ編みにも読ませ、「問題無いと思う」の言葉を貰ってから胸元の万年筆でサインをした。流石公爵家のお坊ちゃんだ、うちの父親にも見習って欲しい危機管理能力である。


「他にリーロンに要求しておきたいことはある? これが最期になるかもしれないわけだし」


「そうですね。『こんな魔女との婚約、偽りとはいえ嫌だ!』と言われるのが御勘弁願いたいです」


「言うかよンなこと。他には」


「うーん…………あっ!」


 ポンッと手を叩き、マリアは今日一番輝いた笑顔でリーロンを見る。


「アタシ、チョコのマカロンが大好きなの! でも自分じゃ作れないし、高いから買えないし……だからこのテストが終わったら、ご褒美にテーブルいっぱいのチョコのマカロンが食べたいわ!」


 子供じみた要求だった。これから命のやり取りをするのに、その褒美に好きな菓子を食べたいだなんて場違いなのか脳天気なのか。実際アインは笑ってしまったし彼の弟もそうだった。


 しかし。


「あぁ。腹一杯になるまで食わしてやるよ」


 リーロンの返答に、兄弟は顔を見合せた。リーロンはとても優しい顔で、声で、マリアの頭を撫でたのだ。何故かラウドも安堵したような顔をしている。


「よぉし、それじゃやるかぁ〜」


 そんな青年の小さな変化に気付くこと無く、少女はう〜んと伸びをする。


「さぁさぁパパっと狩猟ハンティングしちゃいましょっか」


 粛々と準備を始める少女の蛋白石オパールの瞳孔には、ハートの紋様が浮かんでいた。 

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