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「……こちらはサティサンガ家公爵家から、婚約に際しての顔合わせの席の具体的な提示書です。顔合わせの日付の指定と、“その日はダントルトン家の屋敷に侍女を三人派遣し次女の身支度をさせる”、“ドレスも馬車も此方で用意する”、などの指定が、公爵家長男直筆で書かれおります……公爵家の紋章も、しっかりと……」
レキャットは大変言いにくそうに、そして申し訳なさそうに話した。その顔には“こんなことになると思ってなかった”と書いてある。『お互い形ばかりの婚約をしようね〜』という者同士が結ぶのが定石だろうに、溢れるガチ感。ヒュッと喉が締まる。
「……一応、君に断る権利はあるんだ。君が先程言った通り、婚約が恐ろしいなら、そう断っても勿論理論的に問題は無い……」
レキャットが本当に申し訳なさそうに言う。『断る権利はある』とレキャットは言うが、事実上は不可能だ。“理論的に”は可能でも、“現実的に”は不可能なのである。
これが本当にただ後腐れなく相手を選んだだけの婚約の誘いだったなら、指示書は日付と場所の指定だけで済んでいたはずだ。しかし渡された公爵家からの縁談の書類には、馬車での迎えや侍女によるドレスなどのお膳立ても完璧にされた状態である。そこまで
向こうの長男坊は一体何を考えているのだと、マリアは叫びたかった。仮の婚約者が必要だったとしても、自由に選びたい放題だっただろうに何故マリアなのだ。自ら選んだとしても、何故マリアなのだ。やめてくれ、胃が痛い、吐きそう、死にたい。
「——……サティサンガ家の方には、『喜んでお受け致します』とお伝えください」
やがて絞り出すような声で、母親がレキャットに伝えた。こういう時、女は強い。マリアは生憎まだその強さを身に付けてはいないが。
こうしてマリアの入学希望は受理され、実家からの絶縁に一歩近づいた。同時に婚約者の顔合わせの日も決まり、一つ選択を誤れば破滅へ真っ逆さまの道を歩き出すことになった。
姉はマリアの婚約相手が公爵家の人間だと知ると流石に自分の我儘が通らないと思ったのか、拗ねて暫く部屋から出て来なかった。マリアはフラフラとした足取りで部屋に戻りメリンダに心配され、彼女の入れたロイアルミルクティーで漸く平生を取り戻した。
「……メリー」
「はい、メリンダです」
「アタシ、本当に地獄まで落ちるかもしれない」
「メリンダはどこまでもお供しますよ、マリア様」
「……手を、繋いでもいい?」
「はい、勿論!」
マリアはメリンダの手を握り、落ち着けと頭の中で繰り返す。大丈夫、大丈夫だアタシ。上手くやればいい。失敗したって、方法は他にいくらでもある。アタシには魔神達がいる、メリンダがいる、モンタがいる。
やってやるよ畜生。マリアはダンッと踵で地面を蹴りつけた。マリアが苛立った時のその行動をジッと見ていたメリンダの顔がほんのり赤らんでいたことに、マリアは気付かなかった。
それからマリアは顔合わせ先で失礼の無いようにと散々言われ、当日やってきたメイド達にあれよあれよと着替えさせられ、馬車に乗せられ冒頭に至る。
頭の中のBGMはドナドナだ。
ある晴れた昼下がりに公爵家へと続く道。タウンコーチがゴトゴト男爵令嬢乗せていく。嗚呼ドナドナ。踊れドナドナ朝が来るまで、いっそ全てがスラッグで腐るまで。
生きて帰れるだろうか。否、帰るのだ。カードは今日も持っている。帰ることは出来るだろう、頑張ろう。
こうして、
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