3️⃣

 姉の話を右から左に聞き流しながら、はたと気付く。そうだ、アタシにはこの弊害があるのだ、と。婚約でこの家との縁が切れるのならマリアは五人でも十人でも男相手でも女相手でも婚約するが、そんなマリアの姉エリカは婚約がまだである。それどころか相手が見つかってない。


 家柄重視の両親は姉をできるだけ高い地位の家に嫁がせようと縁談話を持ちかけるが、田舎の小貴族が相手にされるわけも無い。それでも何人かはエリカの愛らしい容姿に惹かれて顔合わせまで行くが、お茶会のマナーすらまともに守れず我儘放題なエリカは“婚約相手に相応しくない”として破談となる。あちらが求めているのは夫を支えられる女であって、見た目だけが美しい子供では無いのだ。しかし両親はそれをいまいち理解していない。どうしてこの父親と母親は仮にも貴族の端くれに名を連ねているのにそんなことも知らないのだろうと、マリアは不思議でならない。


 そんなこんなで姉の結婚話は成立していない。姉の話が纏まってすらいないのに、妹のマリアが婚約なんて出来るわけが無い。少なくとも母親は絶対に許さない。全てにおいてマリアは姉より劣ってなくてはあの母親は許さないのである。振り出しに戻るとはまさにこの事で、マリアはナプキンで口元を拭う振りで隠して大きくため息をついた。


「おはようございますマリア様! 今日も顔色悪いですね……メリンダは心配です……でも、元気出してくださいませ! ほら、モンタ様からお手紙届いてますよ!」


 レキャットが屋敷を去って一週間、まだなんの便りも無いマリアの気持ちは沈むばかりで、そんなマリアのためにメリンダは少しでも良いニュースをマリアに届けてくれる。


「モンタから……? 今回は早いわね……」


「暇なんじゃないですかね!」


「まさか。でも嬉しいわ、ありがとうメリー」


 手紙を部屋まで運んできてくれたメリンダに礼を言い、マリアは手紙の封蝋を確認する。それが幼馴染のモンタの実家の者だけが使える封蝋だと視認してから、マリアは手紙の封を切った。昔モンタとの手紙のやり取りに嫉妬したどこかの誰かがモンタの手紙と偽装してマリアに愛の詩を書き連ねた告白文を送ってきたことがあったのだ。それ以来、封蝋の確認はしっかり行うようにしている。メリンダに部屋に運んできて貰うのも重要だった。姉や母親が勝手に手紙を捨てたり開けたりすることがこの家では普通にある。だからメリンダは朝一番に新聞と共に配られる手紙を受け取る係を申し出て、手紙があった場合はマリアに、それ以外の荷物は執事に渡すようにしてくれている。


 モンタとはマリアの幼馴染である。昔は隣の田舎町に屋敷を構えていたために、よく遊んでいたのが懐かしい。彼の実家の家業が栄えると共に屋敷の場所を移したため顔を合わせることは随分難しくなったが、今でも交流を続けている大切な友人だ。


 封を開けば、中からは三枚の便箋が出てくる。だがマリアが楽しみにしているのはそれと同封されている小さな水晶玉だった。


 時に、この世界ではカメラや電話などの通信機器の代替品として水晶玉が多用されている。水晶玉の片方を監視カメラ、片方を監視モニターのように用いて侵入者を見張るなどその用途は多岐にわたる。そしてマリアの手紙に同封されていたこれは、公衆電話のような役目を持った水晶玉だ。この玉が割れない限り、魔力を注ぎ続ければ特定の水晶玉と通信が出来る。つまりマリアは久しぶりに友人に電話をするチャンスを得たのである。


 マリアはザッと便箋に目を通してから、メリンダに退出してもらい鍵をかけ、早速水晶玉に魔力を流し込んだ。応答はすぐにあった。

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