2️⃣

「『置いていく』なんて言ってないでしょ? アタシ一言でも言った?」


「い゙っ゙でな゙い゙……」


「ほらもう、可愛いんだからそんなに泣かないの……」


 ハンカチでメリンダの涙を拭ってやりながら、マリアは椅子を降りてメリンダと視線を合わせる。


「入学の話が上手くいったら、アタシはこの家を出てく。メリーさえよければアタシと一緒に来て欲しい。でもアタシはメリーを雇用してあげられない、つまりお給料をあげられない、だからメリーはアタシに着いてくるなら生きるために次のお仕事を見つけないといけないの。

 毎日ご飯が食べれるとは限らない、温かいベッドだってないかもしれない。あるのは“マリアアタシ”だけ。だからアタシはメリーに『一緒に来て!』なんて我儘は言えない。それでも……」


「行きます! メリンダは行きます!! 地獄の底にだってマリア様と共に行きます……だからメリンダを独りぼっちにしないでください……」


「うん、うん……大丈夫よ、独りぼっちになんてしないよ……」


 マリアはメリンダを抱きしめ、メリンダはおいおいと声が枯れるまで泣いた。やがてメリンダが落ち着いた頃には、彼女の目は赤く腫れてしまっていて、マリアはソファーに座り膝枕になってやると温かいタオルで彼女の目を覆ってやる。


「えへへ! メリンダは世界一の幸せ者です!」


「もう…………——ねぇ、本当にアタシと一緒に来てくれるの?」


「当たり前じゃないですか! あの孤児院で、あの炎の中で、思ったんです。マリア様は神様なんだって!!」


「大袈裟じゃない……?」


「本当ですよ?」


 メリンダは不思議そうに首を傾げ、祈るように指を組む。


「メリンダはこの神様のために命を使いたいと思いました。人生で初めての願い・・でした。

 マリア様は光なんです。あの孤児院でゴミのように死ぬか、男に売られて便器になるしかなかったメリンダの人生に差した一筋の光。だからメリンダはマリア様に祈ります。どこまでもお供します」


 『馬鹿な子』と、マリアは思ってしまった。マリアは神様じゃない、女神にもなれない、そんなマリアに縋っても得られるものは虚像の安心感だけ。それなのにこの娘は、マリアのことを疑いもしない。


 『馬鹿な子』と、言ってあげるべきなのだ。そんな偶像崇拝はやめて現実でアナタを大切にしてくれる人と確かな友情や信頼を築くべきなのだと。


 それでもマリアはメリンダを突き放せなかった。メリンダがマリアを精神的支柱にしているように、マリアはメリンダを承認欲求と自己顕示欲の捌け口にしている。云わば共依存。こちらも泥沼だ。マリアはメリンダに隠れてため息と謝罪の言葉を零した。マリアの膝枕にはしゃいでいるメリンダには聞こえていない様子だった。


 後日、レキャット夫婦の来訪は執事から旅行帰りの両親に伝えられたようだが、特に何かを言われることは無かった。いつも通り、『だからどうした』なのだろう。そうしてマリアは旅行帰りでテンションの高い姉のお土産話という名のつまらない自慢話に付き合わされていた。午後のお茶会の時間に話すなら、これほど良い自慢話も無いのだろう。マリアは相槌を打つのは得意なので問題は無い。 

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