2話:どうしてこんなに上手くいかないんでしょう、不思議

1️⃣









 翌日の朝には嵐は嘘のように過ぎ去り、同時にレキャットの妻の熱も下がった。妻は何度もマリアにお礼を言い、ほんの礼品だと言って小指にはめていた指輪をくれた。マリアはその指輪の価値など分からなかったが、美しい貴婦人に笑顔で渡されてしまえば受け取らないわけにはいかなかった。アイオライトの小さな指輪。貴婦人の小指にはまっていたそれはマリアの一番太い親指でもするすると外れてしまうため、もう少し大人になってからはめるべきだなと考える。


 マリアは出来るだけのことをしてやった。泥道を進んできた馬車を綺麗にしてやり、昨晩嵐の中を牽引し頑張った馬を馬小屋で休ませてやり朝食まで与えてやった。旅行鞄の中から取り出した洋服を乾かしてやってレキャットとその妻の着替え用の服も用意してやった。


 そうして嵐が去ると共に屋敷を去ることを決めたレキャットに、マリアは入学希望の書類を提出した。真っ直ぐ彼の目を見ることは出来なかったし、「よろしくお願いします」なんて気の利いた事は言えなくて殆ど押し付けるような渡し方だったが、レキャットは嬉しそうだった。


「本当に親切にしてくれてありがとう」


「学校のことは私に任せてくれ。なぁに悪いようにはしないさ。私の出来る最善を、君に尽くすと約束しよう」


 淑女と紳士はそれぞれそう言葉を残して、夫婦で仲良く屋敷を去っていった。


「マリア様、学校に行かれるんですか?」


「うん、まー、一応選択肢の一つとして……」


「そこにはメリンダも行けますか?」


「メリーが学生として入学するなら、一緒に行けるんじゃないかな……?」


「侍女としては、お役御免ですか?」


「うーん、学校に侍女は連れて行けないから……家で待ってもらうことになる、かな……ただ、入学と一緒にアタシはこの家出て行くつもりだから……メリーは“ダントルトン家この家”に仕えてるわけだから、まー、うん……」


 レキャット夫婦を送り出し、少し休息を取ってから昼食を摂っていたマリアは、メリンダの問い詰めに言葉を濁す。メリンダはマリアの侍女であるが、そんな彼女を雇用し給金を与えているのはダントルトン家であり、マリアがこの家を出て行った場合メリンダは侍女の役目を終えて二人は赤の他人となる。それを理解して、メリンダは目を見開き言葉を失った。


「メリンダは……メリンダはなんでもします!! メリンダを置いていかないでください!! マリア様のためならなんだって出来ます!! 人だって殺します!! 男のだって咥えます!! だから!! だから!!!」


「お、ち、つ、い、て!」


 足元から崩れ落ち、這いずるようにマリアに近付いてスカートを掴み追い縋るメリンダに、マリアは慌てて彼女に向かい合う。家族が旅行に行っていてよかったと一番思った瞬間だった。

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