2️⃣
ダントルトン家の馬車は四人乗りの街馬車で、外から誰が馬車に乗っているのかが見える。だからマリアは“家族で出掛ける”時は必ず一緒に連れ出される。“家族で出掛けている”のに毎回マリアが居ないと、「どうしてあの貴族の下の娘は馬車に乗っていないのだ」と噂になる。人の口に戸は立てられないし、単純作業の日常に辟易している田舎の人間は噂が大好きだ。前にマリアを除け者にして三人で暫く出掛けていた時は“ダントルトン家の次女マリアは誰にも治せない不治の病に掛かった”と噂されて大変だった。ダントルトン男爵は大変体裁をお気になさるお方なので、以後“家族四人で”馬車に乗るようになった。
とはいえ街に着いてからはマリアは一人行動である。マリアは母親がこのままマリアがどこかへ消え去ればいいと思っているのを知っているし、マリアはそうしたいのは山々だが路銀もなければ手に職も無いためその後の生活のやり方も分からない。まさに詰み。マリアは大人しく母親達と別れ、街の中を一人歩いた。街の中を散策して本、屋を見つけると中に入っていく。
この時代、本にはビニール包装なんてされていないから本屋は実質図書館である。まさに読み放題。有難いね。大人になったらちゃんと買うから今は許してくださいお願いしますとぺこぺこ頭を下げながら、いびきを書いて眠っている店主の居るカウンターを通り過ぎたマリアは、さて今回はどんな小説を読んでやろうかと考えている。ちなみにマリアは詩よりも小説の方が好きだ。バットエンドよりもハッピーエンドが好きだ。
閑話休題。兎も角本を読むことが好きなマリアは、今日はどんな本に手をつけてやろうかと本棚を見ていた。
——………………で
その時だ。誰かに呼ばれたと思ったマリアは、ピャッと驚き振り返った。声がしたと思ったのは歴史書のコーナーで、人が滅多に立ち入らないのか照明もなく薄暗い、オマケに埃っぽい。
——…………いで
誰かが、マリアを呼んでいる。そんなはずは無いのに、そう強く感じる。
「誰……?」
恐る恐る、そう声を掛けてみる。
——……おいで
マリアは自分の耳を疑った。
声は確かに『おいで』と言った。マリアに向かって、“こちらへおいで”と。
心臓が早鐘のように脈打った。姿形の分からない
————おいで
ひゅっと喉の奥で息が詰まる気がした。マリアの眼前、歴史書の並ぶ暗い本棚の中に、一冊薄く発光した背表紙の本があった。
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