答え合わせ(2)
「カトラス!おかえり、ちょうど待ってたところよ。奏ちゃんと迅くんもいらっしゃい、上がって」
「お邪魔します」
「おっ、…お邪魔します」
「……ただいま」
恐る恐るリビングに向かうと、設置されている座卓を囲むようにまおーを膝の上に抱えた岡本真弓とその隣に見知らぬ男性、反対側には姫が座っていた。
「姫川、一体何が…」
「一言では簡単に言えないわ。そうね…とりあえず座って。館野、『ダガーの剣』の写本は?」
「ここに」
三人が空いている座卓の前に座ると、すかさず法子が麦茶の入ったグラスを三人の前に置く。タテノが持ってきた鞄の中からコピーした原稿と、図書室に置いてある部誌の中から持ってきた『ダガーの剣』の中綴じ冊子を取り出した。それを手にした姫が座卓の上に置くと、深呼吸ひとつして全員に聞こえる声で説明する。
「そうだ、館野たちは初めて会うわよね。こちら、岡本先生の旦那さんで岡本慎矢さん」
「…どうも。病院で目が醒めた真弓ちゃんが脱走してしまって、追いかけていたら何時の間にかここに…」
「弓ちゃんが急に倒れたって話は聞いてたけど、まさか脱走までしてたとはなぁ。ナギラスもオレたちが居なかったら、多分3階から飛び降りてただろ」
「良かったな、飛び降りなくて」
「……ああ」
図星を突かれたナギラスは、改めてこの友人たちの存在に感謝した。先程から鋭い視線をなげている、岡本真弓の気配が以前会った時と違うことに気が付く。
「…さっき真弓先生たちには言ったんだけど、この本に書かれている登場人物が何故か現実で生きている人たちに乗り移った、としか言えない現象が起きてるの」
「ああ、それは分かる」
「真弓先生には紅月のマジョーリカが、伊佐見には勇者カトラスが、そしてまおーちゃんには魔王シャム・シールが。そこまではいいかしら」
「えっ、弓ちゃんもなのか⁉初耳だぞ」
「私もさっき気付いたばかりなの。それから…まおーが喋るようになった」
「はぁっ⁉」
「喧しいぞ。それにカトラスは知っておるだろうに…否、今はナギラスであったな」
にやりと笑っている(ように見える)ヒマラヤンの顔は、真弓に顎下を撫でられることで直ぐに猫の弛緩した表情へと変わった。彼女の視線はまおーにだけ向けられ、他の者の話を聞いているときはまるで無機物を見ているかのように無の表情だった。
「…で、本題はそれがなぜ起きたのか、ってところなのだけど…多分、きっかけは伊佐見がこの子を庇った交通事故にあると思う。公には交通事故未遂、ってことになってるけど」
「まぁ、そうだろうな…オレたちもその現場に居合わせてたから、薄々勘づいてはいたけど。ナギが書きかけてた原稿が散らばって、回収するのに一苦労だったし」
「その時はまおーをおれが保護して法子さんのところへ、渚の対処を姫川と迅に任せたんだったな…その時、真弓先生は…」
「えっと、確か二週間くらい前の朝でしたっけ?真弓ちゃんのスマホが鳴って、急いで出たら血相抱えて『すぐに病院に行かなきゃ』って…」
「なるほどな…その時点で弓ちゃんには何もなかったのか」
それまで黙っていた岡本真弓は、皆の会話を聞きながらぽつぽつと小さい声で喋りはじめた。
「妾は...カトラスに敗れ火炎坑に身を投げた。しかし気が付けば見知らぬ場所におったのじゃ。一体何があった?貴様らは誰じゃ?」
「落ち着け、マジョーリカ。この場に居るニンゲンたちは、皆吾輩たちに危害を加えぬ。しかし何故、マジョーリカが2人おるのだ?ノリコとやらは見た目が瓜二つで、吾輩の魂はこの女がマジョーリカだと訴えておる」
まおーの疑問は最もだった。だが、それには確固たる理由があるのだと姫が断言する。小説の中で一番マジョーリカに惚れ込んでいると断言する姫の言葉に、タテノたちは頷くしかなかった。
「伊佐見は
「
「ふむ…道理で、俺がイサミ・ナギサではないと見破った訳だな。それに俺が姉上を見たとき、マジョーリカだと思い込んだのはそう言う理由か」
謎がひとつひとつ明かされる中で、何故カトラスたちが伊佐見渚や岡本真弓の肉体を媒介にしてこの世界に現れたのかは分からなかった。そして一番の問題なのは、今後の日常生活に支障をきたすことが間違いないことだ。猫のまおーはともかくとして、伊佐見ナギラスと岡本マジョーリカは伊佐見渚と岡本真弓としての生活がほぼできなくなってしまうことが目に見える。なるようにしかならないと諦めていたナギラスは、座卓の上に置かれている冊子をぼんやりと見つめた。
「…なぁ、そう言えば『ダガーの剣』最新原稿を呼んで気づいたんだけど」
「ん?」
「内容が…変わってたんだよ」
「えぇ?どう言うことだ」
タテノが恐る恐るコピー用紙を手にして、印字された箇所を指差す。それを見た面々は、アッと驚愕の声を上げた。
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