察知
「…?」
伊佐見家の飼い猫となったヒマラヤンの「まおー」こと【魔王】シャム・シールはただならぬ気配を感知し、丸い目を更に丸くさせた。伊佐見渚のベッドでくつろぎ、腹を出して寝ていたところを邪魔され不機嫌そうにゴロンと転がり、臀部を高くして背筋を伸ばす。どこからどう見ても猫であるが、本人は既に慣れきったのか気ままに第二の人生(?)を歩んでいる。イサミの姉、法子が改造した伊佐見渚の部屋の扉に設えてある猫用ドアを潜り、軽快なステップで階段を降りて行く。
床に設置された絶えず水が湧き出てくる泉のような深い器から水分を補給し、リビングをぐるりと見渡したが変化はないように思える。しかし先程察知したものは、明らかにこの世界のモノではない”誰か”の気配だった。
(…いや、まさかな。まさか…亡くなった妃がこの世界を訪れる訳が…)
フシャーとひどい唸り声を上げ、背中を逆立てて玄関の向こうにいるであろう「タダならぬ何ものか」に対して威嚇する。
そして玄関扉一枚隔てた向かい側には、息を切らして走ってきた女性と彼女を追いかけている数名の男女が接近しつつあった。
× × ×
目印のない、狭い通路をひた走る。
生まれてこの方、全速力で走ることなど学生の頃以来だった。首席だったクラスメイトを倒し、自分が新たな「女帝」になろうと奮起した頃が懐かしい。しかし、今は思い出に浸っている場合ではなかった。
「待って!先生!」
彼女は自分が「先生」と呼ばれる理由が未だに分からないままでいる。途切れた記憶は真っ暗な闇の中にいたことと、燃え盛る溶岩流に落ちていく浮遊感で埋め尽くされている。闇に紛れる魔族であれど、決していいものでは無かった。
自分は命を落とした筈だと、あの時確かに感じたのだ。しかし気がつけば見知らぬ場所、見知らぬ世界、見知らぬ人々に囲まれていた。
「妾は…何処に向かえば良いのじゃ…」
水鏡で見た自分の顔は、全く見知らぬ人間の女だった。肩までの黒髪に眼鏡をかけ、口元にはほくろがついている。そしてそんな自分を先生だと呼ぶ小娘に、自称夫だと名乗る男。どちらも振り切る必要があり、一か八かの賭けに出たのだ。しかし闇雲に走っていたのが災いして、息も切れ切れに失速し捕まってしまいそうになった。とある民家の軒先で足の動きは緩み、ついには歩みを止める。
彼女は咄嗟に、ここに自分が必死で探している相手が居るかも知れないと思った。勘でしかないが、その扉に手を伸ばそうとする。
「…あれ?ここ、伊佐見の家…」
「一体、何が…どうなって…」
荒い息をつきながらほうほうの体で追いついたのは、姫川雪苺と岡本真弓の夫だ。
ふたりに捕まらぬよう、彼女は──岡本真弓の外見をもつ【女帝】
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