ホームルーム

「それじゃ、また昼休みにな」

「おう」

 隣の教室に向かうタテノと別れ、イサミはジンと共に同じ教室の中へ入る。既に着席している伊佐見渚の友人たちが談笑を止め、ふたりに手を振った。しかし、姫こと姫川雪苺の姿は見当たらない。

「おはよー」

「おはよう」

「……邪魔をする」

 クラスメイトが数名、挨拶を交わしながら教室に入るイサミたちを凝視する。登校初日と2日目の昨日は人相の変化を誤魔化すため、不織布マスクとタテノのブルーライトカットグラスをしていたが、今日からはイサミが息苦しい煩わしいと直訴して外すようにしたのだ。

 かつての伊佐見渚の顔つきにはそぐわない目つきの悪さ、口の悪さが露見してしまい、同じクラスに所属するジンは誤魔化すのに必死である。

「あれ?渚ってこんなに目つき悪かったか?」

「ほら、あれだ。こいつ目が悪いから…目を顰めないと碌に前が見えないんだよ」

(フン…この人相は生まれつきのものだ)

「そうだっけ?そんなことよりも聞いたか」

「何を」

「今日は1時間目から自習だってさ!なんでも弓ちゃんが昨夜ゆうべ病院に担がれたらしい」

「それ本当かよ」

「ああ。今、姫川がクラス代表として見舞いに行ってる」

「だから姫の姿を見ないのか……」

 岡本真弓、通称弓ちゃんと呼ばれるクラス担任の教師が搬送されたとなれば生徒たちは不安にもなるが、イサミは顔を合わせて数日しか経過していないのでそこまで不安や悲しみは湧かなかった。しかしイサミが退院した翌日、事故後の確認の為自宅に訪れ、伊佐見渚の記憶がないことを知り涙目になりながら励ましてくれた彼女は確かに優しかった。イサミが事故後に初めて登校する際に混乱なく復帰できたのも、彼女がイサミの症状をクラスメイトたちに伝えていたからだ。言わばイサミとカトラスにとっての恩人である。

「マユミ殿は無事なのか?」

「さっき姫から連絡あった時は、まだ昏睡状態だと言ってた。何があったのかはわからないけど、早く目が覚めるといいよな」

 ざわめきの中、とりあえずはと全員自分の座席に着く。本来ならばホームルームの開始を告げるチャイムと同時に来る教師は、今日に限って誰もいない。十分ほど遅れて隣のクラス担任がやって来たが、「岡本先生は休養のため、今日明日は彼女が受け持つ数学は自習となる」と必要なことだけを伝え、すぐに自分が受け持つ授業に向かって行ってしまった。自習による開放感と、担任の急な休みに教室の中は五月蝿いくらいだ。

「……よし、自習なら好都合だな。1時間目は図書室に行くぞ」

 ナギの囁きに頷くと、イサミはナギと共に席を立つ。教室の入口が開かれる音は、間もなく始業を知らせるチャイムと共にかき消された。

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