ダイニングで朝食を
窓の外からスズメの鳴き声が聞こえる。昨夜の不安は何処吹く風か、随分と目覚めが良い。
今日は何かいい事があるのではと思いながら、ベッドから起き上がりジンから教わった通りにコーコーとやらの制服へと着替える。首元が締まる感触は相変わらず慣れないものの、プレートアーマーよりは段違いで身軽に動ける為気に入っていた。
まおーは着替えた俺の姿を見ると、不機嫌そうにムッとした。爪とぎができないからだそうだ。ベッドの上で三度寝を始めた奴をそのままに、身支度を進める。
いつもより早く身支度をし、リビングに向かうと既に朝食を摂り終えていた姉上と目が合った。
「あら、ナギが早起きしてる」
「…当然だ」
意外そうに俺を見つめる彼女を一瞥して、ダイニングチェアに座りテーブルに並べられた朝食を見渡しフォークを持ち上げた。角パンのトーストにサラダ、グラスに入った白い液体はミルクだろう。皿に乗った黄色の焼かれた何かと、何かの肉らしい薄紅色の円形をフォークでつつく。バターの匂いがして美味そうな予感がした。昨日の朝食とは違うメニューだ。
「ねぇ、あなた」
「…な…なんだろうか」
「伊佐見渚じゃないでしょ」
手にしていたフォークを皿の上に落とし、あやうく黄色い何かに刺さりそうになった。冷や汗が背中を伝い、唇がカサカサに乾いていくのが分かる。もしや、正体がバレてしまったのではないだろうかと不安になった。頭の中で転移魔法を呟いても動けるわけはなく、何をどう言えば良いものかと迷ったその時。
「バレないとでも思ったかしら…勇者、カトラス・マクスウェル…だったかしらね」
「なっ、何故その名を」
やはりこの女は魔王の妃…なのだろうか。しかしだとしたら、まおーが黙って居るはずもない。この人の前では名乗っていない筈だ。何故、俺の名前を知っている…
「そりゃ知ってるわよ。ナギが書いてる…歴史書の主人公の名前だもの。言動がそっくりだし」
歴史書。もしやこの伊佐見渚と呼ばれている少年が書いているものなのだろうか。それと俺に何の関係性がある…?
「……あっ、もうこんな時間!あたしは出るからね!続きは帰ってきてから!」
そう言うなり慌てて椅子から立ち上がり、玄関に向かって小走りで向かった。初めて会った時から随分とそそっかしい女だと思っていたが、彼女のつくる料理は美味い。気を取り直してフォークで切り分けた黄色い塊を一口頬張ると、やさしい卵とバターの味がした。名前を知らない薄紅色の円盤は、パンと一緒に食べると塩味がちょうど良い。白い液体はやはりミルクだったが、ダガー王国の首都ブレイドでもここまで上質なミルクは出たことがなかった。
俺は専らエール酒を呷っていたが。
食卓に置かれていたものを全て食べ終え、食器類を片付けた後に歯磨きをする。
時計を見上げるとそろそろタテノたちが迎えに来る頃だとわかる。見計らったかのように玄関のチャイムが鳴り響いた。
出立の準備はとうにできている。
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