第二章 プロローグ
世界最後の日と言われているあの日、暗雲諸共魔王の根城を吹き飛ばし、激しい戦いを繰り広げていた勇者と魔王は業火に包まれ、互いに相討ちした。奇しくも同じ日、男子高校生の伊佐見渚が不慮の事故から野良猫を護り、意識不明のまま病院に搬送される。
その国の歴史から消えた魔王と勇者は、未知の世界で見知らぬ少年と小さい獣の躰で息を吹き返す。それが伊佐見渚と野良猫だったとは、当事者が顔を合わせるまで知る由もなかった。
それから数日後。【勇者】カトラス・マクスウェルこと伊佐見渚が知らないことだらけの日常は、徐々に情報を収集することによりぎこちなく過ぎていく。
そして、猫となった魔王と見慣れぬ自宅で過ごす夜も増えた。
『夜空に浮かぶ星の瞬きは、失われた命の煌めきに似ていると言う。
ならばあの星々の中に、我が探している者は見つかるのだろうか?
嗚呼、愛しい
「…おまえ、まだマジョーリカのことを考えているのか」
『当然だろう。吾輩が唯一、愛した妃だ』
丸い目を更に丸くさせ、窓の外を見上げる。閑静な住宅街には眩いネオンも夜の匂いを撒き散らす喧騒もない。ただ、一面に広がる満天の星々が見えるだけだ。
まおーがイサミの私室で過ごすようになり、分かったことがいくつかある。ふたりだけでいる時、他者とはできない意思疎通がイサミ相手ではできる、と言うことだ。まおーの口は動いていないが、テレパシーのようなものでイサミに伝えることができることを知ったのだ。肉体は普通の猫なので、思念で会話できるのは魔王らしいと言えば魔王らしい。
イサミは普通に喋ることができ、まおーの耳は人間の何倍も鋭いので言葉を一言一句聞き取れる。故に会話が成立するのだった。
「…愛、ねぇ。俺にはからきし分からんな」
『冷血漢の勇者殿には理解できぬだろう』
「……まだ俺の事恨んでいるか」
『恨んでいる、と言ったら嘘になる。だが、吾輩は疲れたのだ。怨恨に支配され、仇討ちをした所で何になる…マジョーリカはもう戻らないのに』
ふさふさのしっぽを振って身体を丸めると、イサミの使う枕元で目を瞑った。どうやら伊佐見渚の匂いが心地いいのか、決まって彼の寝具や脱いだ服の上で寝る癖がついたようだ。
イサミはまおーの猫の額ほどの額を軽く撫で、自分も横たわることにした。明日は学校に行かねばならず、ジンたちが迎えに来る事になっている。
「……おやすみ。それと…」
言いかけた言葉を飲み込み、ゆっくりと瞼を閉じた。
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