戦意喪失

 何故自分は知り合ったばかりの子供に服を脱がされ、別のものを着せられているのだろうか。それもまるで子供のように、だ。

 イサミはされるがままの状態に嫌気が差したのか、ジンからひったくるようにジャージのズボンを奪い取った。これ以上は男にとっての聖域である。生まれて二十数年護り続けたその場所には、誰からも踏み込まれる訳にはいかない。

「これくらいは自分で身につけられる!」

「おい、ちゃんと穿けるのか?」

 イサミがベッドから降りて床に足をつけ、一瞬よろめいた。すぐに体制を立て直し、自分の穿いている患者着のウエストを掴み思い切り降ろす。しかし穿いているもの全ての穿き口を掴んでいたので下着ごとずり落ちてしまい、思い切り下半身が顕になってしまった。真正面からまともに見てしまったジンは、すぐに視線を逸らす。

「……」

「……」

「ほら…こんなこともあるから…迅にちゃんと教えて貰えよ」

 一部始終をイサミの背後から見ていたタテノがイサミの背中に声を掛けると、その肩が僅か小刻みに震えていた。今まで己の聖域を誰にも踏み込ませた事がないのに、何と言うことだろう。カトラスは心の底から悔やんだと同時に、伊佐見少年に同情した。意識は自分であるが、肉体は彼のものなのだ。羞恥心と悲壮感が渦を巻いて心の中に攻め込んでくるが、彼はそれに対抗する手段がなかった。

「…うっ…」

「おい、大丈夫か」

「…こんな屈辱……初めてだ…赦せ、伊佐見渚…」

 搾りカスのようなか細い声でイサミが言い、手に握っているものを思い切り引き上げる。露出していた前後の代物が無事すべて格納されると、ジンがやるせない表情でイサミの肩をポンと軽く叩いた。

「ナギ…屈辱じゃなくておまえにとっての試練だよ。こんなことで俺たちの友情は壊れないだろ?」

 その言葉を聞いた瞬間、イサミは全身を雷で打たれたような衝撃を味わう。

「友……情…?」

 久しく聞いたことがなかった単語に、イサミは呻くように喉から声を出した。


✕   ✕   ✕


 かつて勇者であったカトラス・マクスウェルは、自分が旅路に出る前から度の最中まで大体のことはひとりでこなしてきた。パーティメンバーが解散しても、ひとりで宿屋に向かっても、魔王と戦うその日を考えて着実に先に進んできたのだ。最終的にはひとりで決め、生きていかねばならないのならそれで問題は無い。護るものが近くにあっては任務に集中できないとさえ考えていた、言わば勇者の中でも「異端」であった。

 そんな彼が友人というものを持たないのは納得せざるを得ないが、幼少期の頃からそうであった訳ではない。彼にも可愛らしく野山を駆け回る少年だった時期がある。しかしその頃の記憶は、綺麗さっぱり忘れていた。まるで最初から白紙だったかのように。

「俺には…戦友ともがいた記憶などない…」

「なに言ってんだ。もう今日からオレ達はダチだろ」

「そうだぞ。たとえ今までの記憶がなくたって、これから積み重ねていけば良い」

「くっ…貴様ら……」

「ふふっ…おまえ、ホントに勇者様かぁ?」

「ほら、今穿いている上の方だけ脱ぐんだよ。下のは下着だから、脱いだら駄目だ」

「…ん」

 見ず知らずの世界で見つけたひとつ目の武器、それは友情と言うカタチないもののようだ。ようやくジャージに穿き替えることができたイサミを労うかのように、二人の友人がわしゃわしゃと彼の頭を撫でた。

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