パンドラの籠

 皺がついてくしゃっとしたシャツに付着している毛は、どうやら猫の毛らしい。タテノが一目見てそう判断したので、イサミはその言葉を信じることにした。

「あっ!もしかして…一緒についてきちゃったかな…?」

 法子が籠の中を弄ると、一瞬顔色が青くなった。そして先程の毛まみれのシャツとは別のシャツを取り出し、イサミに差し出す。毛まみれのシャツは吸い込まれるように、再び籠の中へと仕舞われた。

「ナギ、着替えたらすぐに帰るよ!」

「は?」

 籠の蓋を急いで閉じると、籠の底が微振動した。もぞもぞと動く気配と、微かに鳴き声のようなものが聞こえる。しかし何と言っているかは分からない。

「…ャ…」

「おい、生き物の気配がするぞ」

 途切れ途切れに、何かがゴロゴロと音を出している。

「確かに……何か聞こえなかったか?」

「あ、後で話すから、今はひとまずここを出るわよ。ゆきめちゃんも一緒に部屋から出ましょう。奏ちゃん、迅くん、ナギをお願いね。そのバスケットも忘れずに」

「はい、お任せ下さい」

「この服、どうやって脱ぐんだ……」

 女性陣がイサミの病室から出ると、3人の高校生と蠢く蔓の籠だけになった。籠の動きは横揺れから縦揺れになり、ベッドのパイプが軋んでいる。3人の視線が籠に向かうと、その動きは何かを察知したかのようにピタリと止んだ。

「……」

「……」

「ほら!早く着替えろ!」


 ジンがもたもたと患者着の結び紐を外しているイサミの手を振り解き、言葉とは裏腹に優しい手つきで素早く脱がしていく。彼の手慣れた様子に関心しつつ、イサミはされるがまま患者着を剥ぎ取られるのにじっと耐えた。見下ろした伊佐見渚の肉体は、なんと貧相なことだろう。肌の色は白く、筋肉があまり付いていないせいで痩せた腹は肋が若干浮いている。

(……鍛錬が足りてないな。これでよく生きてこれたものだ)

「両手を上げろ。おまえ、うちのチビたちと一緒じゃねぇか」

「だから俺を子供扱いするな」

「何も分からないなら子供同然だぜ?ここから頭を出して、こっちの穴から両腕を出す…」

「ほう…」

 裾をまくり上げたTシャツを頭と両腕から被せられ、裾を伸ばせば上半身は何とか着替えることが出来た。イサミの着替えををジンに任せたタテノは、動きを止めた籠の蓋をゆっくり開いて中を検分しようとした。

「…はうっ!」

 しかし3秒程経過してすぐに蓋を閉じてしまう。何かとんでもないものを見たようだ。

「タテノ、今度はどうした」

「いや、起きたばかりの渚には刺激が強すぎる。これはパンドラの籠だ。家に帰るまで開いてはいけない」

「ふん、まるでミミックでも住み着いているような言い草だな…情けないぞ」

「何とでも言え。迅、渚の着替えは大丈夫そうか?」

「ああ、あとはズボンを脱がしてジャージに替えさせるだけ…」

「了解だ」

 タテノがベッドから籠を持ち上げ、来訪者用の椅子に籠を載せる。タテノにとって中に入っているのは希望の塊であるが、果たしてイサミが見たらどう反応するのだろうか。少し不安になりつつ、ふたりの成り行きを見守った。

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