誕生日の奇跡

猫の集会

誕生日の奇跡

 本日の天気予報は、雪。

 

「冷たい空気。冷たい心。あなたが眠り続けてもう何年が過ぎたことでしょう。わたしは、ずっとあなたを待ち続けてあなたの寝顔をみながらずっと…ずっと…もう何年もっ、クスン…スン…へっへっへっクシュンっ‼︎」

 

 ズルズルズルズル

 

「しずくー…朝からうるせーし」

「あ、おはよ!優斗ゆうと。今日花粉すごいのよ」

「へー、てか、その起こし方やめてほしいかも。なんか切ない…」

「へへ、暇でついね。」

 

 しずくは、朝から元気だ。

 寝ているオレによくアフレコをしてくる。

 

 で、妙に聞きいっちゃうんだよねー。

 そして目覚めるのだ。

 

 

「今日の天気って雪だよな」

「うん、てかもう降ってるよ」

「あー、通りで寒いと思ったわ」

「ね!寒すぎて花粉もびっくりして雪に溶けちゃえばいいなぁ」

「だな!」

「ってか待って!優斗、わたしたちの縄張りが荒らされてるっ‼︎」

 

 …

 

「それは、しずくが散らかしたんでしょ。こんなに朝から食い散らかすー…。ほら、一緒に片付けるよ。」

「ふぁーい。あ、今日ね雪が降った後に水も降るんだって。」

 

 …

 

「雨な。」

「それな!」

 

 楽しそうに笑うしずくの笑顔がオレは大好きだ。

 

 そんなくだらない会話をしながら散らばった本やお菓子を片付けてオレたちは、どこに行くわけでもなく部屋でゲームをしていた。

 

 

 オレたちは、幼馴染で家が隣同士。そしてさらには、大学も近場にあり家から通っていた。

 

 

 もうずーっと一緒だ。

 

 オレたち二人は、よくカレーの食べ歩きをする。

 あまりカレー屋さんがないので、調べては遠くまで足を運ぶ。

 プチイベントみたいでとても楽しい。

 

 

 

 

 そしてついに今年の春オレたちは、就職する。

 

 もうお互い就職先が決まっており、のんびりゲームをしていた。

 

 

 で…

 

 

 就職して落ち着いたらしずくにプロポーズするつもりだった。

 

 まぁ、そもそもまだ付き合うとかもいってないけど、しずくもそのつもりだろうと勝手に思い込んでいた。

 

 だからそのまま順調に結婚する予定だ。

 

 

 いや…

 

 …する予定だった。

 

 

 

 

 

 でも…

 いきなりその日は、突然やってきた。

 

 

 しずくは…しずくは、目を閉じたまま眠っている。

 もう三年も。

 

 

 なぜそうなってしまったのかというと、入社してまもなく駅で急いでいたおじさんに押されてしずくは、なれないヒールを履いていたために転倒して頭を打ち…そのまま寝たきりになってしまった…というわけだ。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、しずく…また縄張り散らかせって。寝てるオレを前みたいに起こしてくれよ…」

 

 

 

 …

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ…

 

 

 

 聞こえるのは、しずくの返事じゃなく…ただただ心電図からきこえてくる脈をうつ音だけだった。

 

 あんなに散らかすのが得意だったしずく。でも、今は…真っ白な部屋で綺麗なまま眠っている。

 

 

 オレは出来る限りしずくの見舞いに立ち寄る。

 

 

「ほんっとさぁ、しずく寝過ぎ」

 

 …

 

 しずくの頭を撫でながらオレは何度涙を流したことか。

 

 

 

 しずくは、いま夢を見ているのだろうか?

 

 

「あのな…しずく、オレの今日の晩飯みてみ?カレーだぞ?それにほうれん草と唐揚げと、なんと!ささみカツまでトッピングしたあげくにチーズものせてんだぞ?食いたいだろ?食いたいよな。なら早く目覚ませよ、しずくー…」

 

 

 …

 

 こんな感じでオレはあたかもしずくが聞いているかのようにほぼ毎日話しかけている。

 

 

 

 そして

「じゃあな。また来るな」

 と部屋を後にするのが日課だ。

 

 

 

 しずくは、目を覚さないまま何度も誕生日を迎えた。

 

 

 そして本日、また眠ったまま誕生日を迎えた。

 

 オレはいつもしずくの誕生日には、病院に許可をいただいて泊まらせてもらっている。

 そして夜中の十二時になるとしずくにおめでとうをいう。

 

 それから、昼間は意識はないもののしずくの家族とホールケーキを囲んでお祝いをするのが毎年の恒例となっている。

 

 

 誕生日会が終わるとしずくの家族は、オレに気を遣って二人きりにしてくれる。

 

 

 

「なぁ、しずく。外…雪が降ってるんだよ。誕生日に雪なんてすごいな。なんかテンション上がるだろ?見ないと雪やんじゃうぞ?」

 

 

 …

 

 

 真っ白な病室に真っ白な雪。

 

 しずくの肌も真っ白…

 

 

 …

 

 オレはいま…とっても後悔している。

 

 しずくに一度も好きだよって言ってなかったことを。

 

 もしも元気だったころにそんなこと言ったらしずくは、どうこたえてくれただろうか。

 

 

「しずく…目覚ませよ…」

 

 

 

 

 …

 

 

 

 それからまたいつものようにオレは病院に通いつめた。

 

 

 そしてまた一年が過ぎようとしている。

 

 しずくは、相変わらず眠ったままだ。

 

 

「なぁ、しずく。明日は、オレ仕事休みなんだけど病院来るの少し遅くなるからね。寂しいか?寂しいよな。大丈夫、必ず来るからな。待ってろよ。」

 

 と、眠っているしずくの頭を優しくポンポンした。

 

 そして、

「またな。」

 と病室のドアをしめた。

 

 

 

 

 たぶん…しずくには聞こえないだろうけど、オレは病室のドアを閉めたあと…声をころして泣いた。

 

 

 

 先週しずくのおかあさんからとても辛い話をきいてしまったからだ。

 

 

 もうそろそろ点滴だけでの維持も限界だろうと。

 

 …

 

 しずく…

 

 

 しずく…

 

 

 オレ…どうしたらいい?

 なぁ、しずく…教えてくれよ。

 

 オレに出来ることってなんだよ…

 

 

 …

 

 

 

 オレは病院に行く前にとある場所に立ち寄った。

 

 

 

 

 しずくは、眠りっぱなしだからこの時ばかりは助かった。

 

 

 何をしているのかって?

 

 それはもう少ししたらサプライズするつもりの下準備とでも言おうか。

 

 

 

 そして、少し遅くなったけど病院へと向かった。

 

 

「しずく、遅くなってごめんな。おはよって…起きてるわけないか…」

 

 …

 

 いつも通りしずくは、眠っていた。

 

 

「しずくは、本当にねぞうがいいな!真っ直ぐ綺麗に寝るよな。オレなんか今朝起きたら布団からおっこってたわ」

 

 

 …

 

 

 しずくが起きてたらきっと

「風邪ひくよー」

 と言いながら笑ったんだろうな…。

 

 

 しずくは、もう笑うことを忘れてしまったのかな…。

 

 歩くことも…なんならオレも忘れられてるのかな。

 

 

 …

 

 

 あと数分でまたしずくの誕生日がやってくる。

 

 真夜中の病室でオレは、優しいあかりを照らしゆっくりしずくの顔をみながら話しかけた。

「なぁ、しずく。オレさ…オレ…今まで一度もしずくに言ってなかった大事な言葉があるんだ。あのね、しずく…オレはしずくが大好きなんだ。だからこれ受け取ってくれないかな。」

 

 と、痩せ細った薬指に指輪をスルッとはめた。

 この間、しずくのサイズははからせてもらっていた。

 

 

 

 

「いやならいえよ。しずく…しずくが寝っぱなしだからサイズはかりやすかったぞ。キツくないか?」

 

 

 

 ピクっ

 

 

 ⁉︎

 

 

 いま、微かだけどしずくの指が動いたように見えた。

 

 

 …気のせい…かな。

 

 

 

 …

 

 

 …

 

 

「しずく、誕生日おめでとう。愛してる。」

 オレは眠っているしずくにそっとくちびるを重ねた。

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 薄暗いあかりに照らされたしずくの頬になにかキラリと見えた。

 

 

 ?

 

 

 しずく⁉︎

 

 

 なんと眠っているはずのしずくから涙が伝った。

 

 

 しずく…?

 

「なあ、しずく‼︎聞こえるか⁉︎しずく‼︎」

 オレは一生懸命しずくを呼んだ。

 

 

「目あけてくれよ‼︎なぁ、オレさ…またしずくといっぱいバカやりたいんだよ…。もうさ、じゃあまたな…じゃなくてただいまって帰りたいんだ。しずく…頼むから目あけてくれよ……またオレに笑いかけてくれよ……」

 

 

 しずくは、微かに微笑んだように見えた。

 

 

「しずく‼︎」

 

 

 …

 

 さっき微かに微笑んだし、指も動いたはずだ。

 

 

「しずく…」

 

 

 オレはしずくの手を握り、ボロ泣きしたあと少し恥ずかしかったけど、ハッピーバースデーを歌った。

 

 そして歌の後に、

「またカレー食いに行こうな。」

 といい、そのまま手を繋いだままオレは泣きつかれて寝落ちしていた。

 

 

 いつのまにか、あたりがあかるくなってきていた。

 

 

 あかるかったのはわかったけど、眠くて目をあけられずにいた。

 

 

 起きなきゃという思いと眠いという思いで葛藤していた。

 

 

「カ………レー…」

 

 微かに聞こえた幻聴…

 

 夢なのか現実の幻聴だか眠すぎてわからなかった。

 

「あぁ…カレー…な…。またいきたいな。しずくとさ…」

 

 目を瞑りながらも涙がまた溢れでた。

 

 

 ガバっ‼︎

 

 オレはしずくがカレーって言ったんじゃないかって慌ててしずくをみた。

 

 どうか、起きててください‼︎

 誕生日の奇跡がありますように‼︎

 

 

 そうおもいながらしずくをみると

 

 …

 

 ⁉︎

 

 うっすら目を瞑りながらしずくは、まさかの

「カ…レー…」

 

 と言っている‼︎

 

「しずく‼︎しずく‼︎なんだよ⁉︎いつ起きたんだよ‼︎しずくーー‼︎」

 

 オレはしずくを優しく抱きしめた。

 

 ほんとはがっつりガバって抱きしめたかったけど、骨折れちゃったら困るっておもい、包み込むように抱きしめた。

 

 

「しずくさ、何年も寝続けてやっと話した言葉がカレーって…カレーって…なんだよ…笑わせんなよ」

 と言いながらもオレはボロ泣きした。

 

 

 するとしずくが力なくも、

「ふっ」

 と笑った。

 

 

 それから急いでナースコールして看護婦さんを呼んだ。

 

 

 そして先生が来るとしずくは、

「カレー…食べられ…ます…か?」

 と力を振り絞ってしゃべっていた。

 

 

「しずく…まずはおかゆだろ…笑っちゃいますよね。先生…っ…」

 

 オレは、笑っちゃいますよねといながらもまた涙が溢れた。

 

 笑い泣きって…こういうこと?

 

 

 とにかくオレは、からだの水分を全て涙に注いだんじゃね⁉︎ってくらい涙がとまらなかった。

 

 

 オレの電話をきいて駆けつけてきたしずくの両親をみただけで、オレはまたボロボロ泣いた。

 

 

 そんな様子をみてしずくは、

「涙で痩せちゃうよ?」

 と心配してくれた。

 

「しずくこそ、ずっと点滴だけでの生活でめっちゃ痩せたぞ。」

「そう?痩せたら綺麗になった?」

「うーん。しずくは、ずっとかわいいよ」

 と思わず両親の前だということも忘れてのろけてしまった。

 

 

 しずくの両親は、少ししずくと話すとしずくの手にはめられた指輪に気づいてにっこり顔を見合わせて、今日は二人でゆっくり。

 と、部屋を後にした。

 

 

 しずくは、どうやら指輪には気づいていないようだった。

 

 

 やっと目覚めたしずくにオレは、きちんと今まで言えなかったことを伝えた。

 

「しずく、オレしずくが大好きなんだ。だから……だからその……オレと結婚してください。」

 とやっとおもいを伝えられた。

 

 しずくは、

「うん、わたしも大好き。ありがとう。」

 とこたえてくれた。

 

「よかったー。しずく、実はもう指輪はめさせていただいております。」

 と、ずっと繋がれていたオレたちの手を少し上にあげてしずくに見せた。

 

「えっ、わぁキレイ!ありがとう」

 と涙ぐむしずく。

 

「しずく、泣いたらまた痩せちゃう。」

「優斗こそ、泣きすぎ。」

 と言いながらもオレたちは、泣きつつも笑い合った。

 

 

 それからしずくは、どんどん回復して無事退院できることとなった。

 

 

 後からきいた話だと、どうやらオレの言葉が眠りながらも少しきこえていたらしい。

 

「じゃあな。また来るよ」

 って言葉がなんだかとてもさみしくて、でもいつも病室でオレが食レポみたいにしていたのがとても楽しみだったと言っていた。微かにしかきこえなかったけど、なんだかいつも夢に優斗がいたよと、教えてくれた。

 

 

 

 しばらくは家で暮らしていたしずくだが、いまはすっかり元気になり、オレたちは一緒にすみはじめた。

 

 

 

 オレはたまにしずくより早く目覚めると、しずくがまた起きなくなってしまうんじゃないかって不安になる。

 

 でも、しずくにそっとキスをするとすぐに目をあけてカレーという。

 

 そして笑い合い、またキスをするのでありました♡

 

 

 

 

 おしまい。

 

 

 

 

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