第35話 罪の償い方

 リヴェルは彼が吹き飛んだところに追撃をしようとしたところで踏みとどまった。リヴェルの周りには身体を竜の血に侵されながらも立ちはだかる魔獣の姿があった。リヴェルはそれを煩わしく思いながら魔獣たちの相手をする。

 魔獣たちはリヴェルに迫り、鱗が剥がれている傷口めがけて食らいつく。リヴェルの魔力である毒血が魔獣たちの身体を蝕むも、魔獣たちは決して力を緩めることはなかった。

 魔獣たちは死ぬまで自分の体を離さないと察したリヴェルは魔力の性質を反転させ、身体に大量にある傷口の全てを魔力で超再生する。傷口に食らいついていた魔獣たちはリヴェルの身体に飲み込まれてしまう。

 魔獣たちの頭部はリヴェルの身体に飲み込まれ、リヴェルの身体からたくさんの身体が生えているように見える。魔獣たちはリヴェルの肉に覆われ窒息し、魔獣は死体となってだらしなくぶら下がっている。

 魔猿たちはそれを黙って見ていた訳でなく、投石して援護していた。しかしリヴェルは魔猿たちが投げる大量の石を咆哮で簡単に弾き飛ばす。

 その咆哮は瘴気が混じり、指向性を持っていた。リヴェルの咆哮は石を散らすだけに留まらず、咆哮の先にいた魔猿や魔獣も吹き飛ばした。しかし魔獣たちを死に至らしめるほどではなく、すぐに立ち上がりリヴェルに向かい駆け出す。


 彼らがヴェリドに語りかけてくる中、ふと紫紺の魔剣が彼の視界に入った。それは血しぶきに濡れて、ところどころ紅くなっている。かつて彼らを殺した魔剣も同じ紅をしていた。

 今ヴェリドが握る魔剣は彼らを殺した時と全く同じわけではないが、ヴェリドが生み出した魔剣であることには変わりない。その紅がヴェリドに彼らの声を強く意識させる。しかしそれと同時に今朝のガーリィの言葉も思い出させた。

 魔力は人の願い、お前と魔剣の間に強い関わりがあると言われたヴェリドは魔剣や魔力について色々なことを考えた。そのときは彼は答えを出すことができなかった。しかしその場で答えが出なくても良いと彼は思ったのだ。

 それなら自分と魔猿の関係にも同じことが言えるのではないのだろうか。罪の償い方を知らないならば、罪の償い方を知ろうとする決意があれば良い。贖罪の仕方など、頭を悩ませて答えの出るものではないのだから。

 人殺しの罪を飲み込むことはまだできていない。これからもきっとその罪を諦めることはできないのだろう。ヴェリドの中では未だに彼らの声が鳴り響いている。しかしヴェリドは答えが出るまでたくさん悩み、彼らの声と共にあることを選んだ。

 ヴェリドにとって彼らの呪詛は人殺しの罪を飲むためのものではなく、自身の罪を風化させずに共に償い方を探すものに変わったのだ。


 ヴェリドは彼らの呪詛もアークの声も共にしながら、目の前の竜をまっすぐに見つめる。身体から魔獣が生えているその姿は、もはや竜などではなく怪物のようだ。ヴェリドは逃げ続けていたところから一転、攻めに転じようと魔剣を創り出した。

 ヴェリドは魔獣たちと戦いを続けるリヴェルに向かって紫紺の魔剣を投擲する。リヴェルは魔猿たちと対面しているところから頭だけをこちらに向けて、魔猿の石と同じように吹き飛ばそうと咆哮する。しかし瘴気によって撃ち出された魔剣は、一切揺らぐことなくリヴェルの身体に突き刺さった。

 魔剣はただ投げられたのではなく、瘴気によって空中姿勢を制御されていた。ヴェリドから竜までの間に直線の力場があり、その流れに乗るように魔剣は撃ち出されたのだ。

 ヴェリドはシグノアに教わった技術が上手くいったことに少しの喜びを感じながらも、感傷に浸る間もなく次の策を練る。素早く思考をまとめて、ヴェリドはリヴェルに向かって駆け出した。

 リヴェルは咆哮で魔剣を弾く事ができなかったことに驚きながら、ヴェリドに注意を向ける。同じことしかしない魔獣に比べてヴェリドの方が危険度が高いと判断したのだ。

 ヴェリドは地を蹴りながら、リヴェルに刺さった魔剣の他に新たな魔剣を生み出す。リヴェルは少年が想定よりも速く自身に接近したが、気にせずに視野が狭い右から爪を振るった。ヴェリドは爪を避ける動作をすると思われたが、先程の速さから更に加速して突き進む。

 ヴェリドはリヴェルの爪が振り下ろされ自身に当たる前に、脇の下を通って魔剣が刺さった胴体の方へと抜けた。ヴェリドは勢いを殺さぬようにしながら方向転換をし、隙だらけの胴体を横目に見る。

 紫紺の魔剣はリヴェルの胴体に突き刺さっているものの、鱗に阻まれて深くは刺さっていない。ヴェリドは手に握った魔剣を鈍器のように持ち替えて、胴体に突き刺さった魔剣を力強く打ち付ける。打ち付けた際に腕に鈍い痛みが走るも、ヴェリドが魔剣を離すことはなかった。

 リヴェルはあまりの激痛に、今日一番の咆哮を上げる。竜は長い尾を鞭のようにしならせながら、周囲の木々や魔獣に打ち付けた。木々は音を立てながら凄まじい勢いでへし折られていく。

 逃げ遅れた魔獣たちは一瞬で肉片と化した。それまでどんな攻撃をされても逃げなかった魔獣たちは一目散に逃げてしまい、魔獣たちの姿はそこにはない。

 ヴェリドはでたらめな攻撃に巻き込まれないように、竜の体に刺さった魔剣を足がかりにリヴェルの上に躍り出る。ヴェリドの目には最初のような月明かりに照らされた偉大な竜の姿はなく、魔獣にまみれた醜い怪物の姿が映った。

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