第11話 実地採集
「ヴェリド、採集に行くからついてこい」
ガーリィさんに朝一番に言われた言葉がこれだ。今日は定休日だから休むのかと思っていたがそうでもないらしい。
今までボクを連れて行かなかった理由は、弱いのに連れて行くと採集の効率が落ちるからだそう。はっきりとお荷物と言われたのは残念だが、今日連れて行ってくれるということは少なくともお荷物ではないということだ。
ボクはあらかじめ渡されていた採集道具や道具袋などを持って採集に行く準備をする。薬学は知識を詰め込むばかりだった。実地採集はしたことがないのでボクの胸が弾むのも無理はないだろう。
ボクは三ヶ月ぶりにこの森を訪れた。この森は瘴霧の森と呼ばれ、瘴気が溜まりやすいらしい。瘴気が溜まりやすい理由はこの森自体が恐れられていて感情の力が集まるということだ。余談だが街などにも瘴気が溜まりやすいらしい。
つまり動物や植物が魔獣や魔草に変化しやすく採集にうってつけというわけだ。
採集の他にも魔獣も狩る予定だ。魔獣の中にも調合に使える個体がいるらしい。魔獣を狩るのは間引きも兼ねているから旨味のない魔獣でも狩ってほしいと言われた。
ボクがこの森に初めてきたとき魔獣を見かけなかったのはガーリィさんたちが間引いていたからだと気づいて心のなかで感謝している。もし魔獣と出くわしていたら完全なお荷物だっただろう。
「ほら、そこにアルデニアの実があるだろ? 採ってみろ」
ガーリィさんに促されて採集してみる。アルデニアの実は数カ所に小さな実がたくさん集まってついている。木になっているアルデニアの実に触ると、実が弾けてしまって採れなくなってしまう。採集するときにはまず枝を切り落としてから時間を置き、落ち着いてから枝と実を切り離すのだ。ボクは実に触れないように気をつけて、実がたくさんなっている枝から切り落とした。
「アルデニアの実の効能って胃腸の調子が良くなるんでしたよね?」
「そうだ。後は上手く弾けさせた果汁を使うと血液がきれいになる」
「そうなんですね」
「弾けさせる方法は少し難しいから一回あたしのを見てくれ」
「はい」
切り落としたアルデニアの実の房を手に持ちながらガーリィさんが作業する手元を見つめる。
「いいか? 何もせずにそのまま実に触れてしまうと弾けすぎて採れなくなってしまう。かと言って切り落とした後の物を絞っても血液に関わる効果は出ない。実に溜まっている瘴気を少し抜いてあげると弾け方が穏やかになって、アルデニアの果汁を採集することができる」
ガーリィさんが実の周りに手をかざしているのはわかるのだが瘴気の動きがよくわからない。赤色だった実の色が少しずつ赤みが抜けていき桃色になってきた。
「こうやるんだ、わかったな?」
「いやどうやってやるんですか? 見せられてもわからないですよ」
「そうか、それではもう一度やるぞ。良いか?」
ボクがうなずくとガーリィさんが再び実に手をかざして話し始める。
「まず実の周りにある瘴気を払ってやる。そうすると実に溜まった瘴気が漏れてくるからそれも払ってやる。それをしばらく繰り返すと段々色が抜けてくるからきれいな桃色になったら果汁を棒に伝わせて集めてやるんだ」
そう言ってガーリィさんは小さめの水袋に桃色の果汁を滴らせた。やってみろという顔でボクに視線を向けているので見様見真似でやってみることにする。
瘴気を扱うのは難しくなかなか上達しなかった。ガーリィさんやシグノアさんから説明を受けても抽象的で理解しづらかったのだ。いわく瘴気とは感情の力、心に刻まれた想いが表に現れたもの、他者から受ける想い。
きっと魔人になった人々は壮絶な想いを抱えているのだろう。それは薬屋で生活していて感じたことだ。ふとした瞬間に彼らの心のなかにある闇が溢れそうになっていることをボクは知っている。ボクが感じた闇こそが瘴気と呼ばれるものだと思う。
ボクの中で燻る闇は一つしかない。暗闇で扉から漏れる光を見つめていた日々のことだ。幼い頃に聞いた優しい両親の声が部屋の外で楽しそうに響いていた。けれどもその声は顔も知らない弟に向けたものだった。
ボクの弟を褒める声が幾度となく聞こえた。「サイは偉いな」「すごいじゃない!」などという言葉は幾度となく聞こえた。
きっと扉の外には光と幸福が溢れた世界が広がっていたのだろう。ボクの部屋は暗闇と虚無感で溢れかえっていて溺れてしまいそうだった。
ボクはアルデニアの実を見つけて周りの瘴気をそっと払ってやる。他の瘴気が入ってこないようにボクの瘴気の層で実を覆う。実が吐き出した瘴気も押し固めて瘴気の層の一部に変える。徐々に実の赤色が抜けていき桃色に変わっていった。
「おお、初めての割に上手いな。その調子で頑張れ」
「ありがとうございます」
今の生活はあの日に比べるまでもないほど幸せだ。人と話すことがこんなに楽しいことだとは知らなかった。些細なことで褒められることがこんなに満たされることだと知らなかった。ボクがここにいて良いと思えることはこんなにも幸せなのかとも思う。
これほど幸福だと自分が夢の中にいるような気がしてしまう。親切な人たちに囲まれて幸せに育つ、そんな夢。
「手が止まっているぞ」
ガーリィさんの声がボクを現実に引き戻した。彼女の声に少し遅れて返事をして作業を再開する。桃色だったアルデニアの実はすっかり元の赤色に戻ってしまった。視界に入った鮮やかな赤はボクにここは現実であると伝えているようだ。
※×※×※
視界に入るのは赤、朱、紅。
切り落とされた右腕、掠れた血、引きちぎられた臓物。
世界を赤く彩るのは私の血肉たち。
ボロボロになった体で私はどうして生きているんだろう?
ああ、ここは地獄なんだ。
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