第10話 滞在証

 今日は薬屋をお休みして、街の役所に向かっている。というのもボクが衛兵から貰った滞在証は一ヶ月で期限が切れてしまうから更新しに来たのだ。しかし多くの人がそんなことを気にせずに滞在証の期限が切れたまま過ごしている。

 ではなぜボクたちが更新しに来たのかと言うと、そうしたほうがいざというときに安全だからだ。ボクの滞在期間が切れていることがバレて芋づる式に魔人であることがバレてしまうより、正式にこの街にいるほうが安全だということだ。

 クロウが言うには、教会の政治は聖女一強で穴だらけだが、聖女の圧倒的な信仰によって統治されている。よって多少ザルでも問題ないというのが現状らしい。一応更新しておくのはボクに色々なことをさせたいという点もあるだろう。


 ボクの隣にはシグノアさんがいる。シグノアさんを連れてきてしまったら接客担当が居なくなり薬屋が開けられない。クロウを連れてこようと思ってもどうやら忙しいらしく、クロウを初日の一日目の夜に見たのが最後だ。

 薬屋の運営は問題ないのかと思うがあくまでもカモフラージュなので問題ないという。またクロウが何をしているのかは分からないが、クロウが忙しいというのは本当のようだ。


 役所が視界の中に入ってきた。その役所は教会を少し小さくしたような見た目をしている。これによりボクの入りたくない気持ちが一層大きくなる。こころなしか鼓動が早くなる。しかしグダグダ言っても仕方ないのでボクは教会に入ろうとした。


「ヴェリドくん、大丈夫ですか? ひどく顔色が悪いですよ。少し休みましょう」

「……そうします」


 ボクが思っているよりもボクの調子が悪いらしい。シグノアさんの言葉に甘えて、近くにある広場のようなところで心を落ち着かせる。シグノアさんがボクに水を手渡してくれた。水を渡されたことで自分の体が汗ばんでいることに気が付いた。


 体調が回復してきたので役所に足を向ける。震える足を無理やり前に出して、歩く。足をあげて前に出す。地面に足がついたのを確認して反対側の足を前に出す。その足が地面を離さないように押さえつけた。


 ただの役所じゃないか、教会に少し似ているだけだ。役所で簡単な手続きをして終わりだ。そんなに緊張することはない、大丈夫だ、大丈夫。


 心にそう言い聞かせながら役所の受付まで進む。若い男がこちらに気づき笑顔で挨拶をしてきた。


「こんにちは、本日はどうなさいましたか?」


 その男の顔には純粋な笑顔が張り付いていた。あの日ボクを殺した女と同じ、気色悪い笑顔。しかし何かそれ以外の、もっと致命的ななにかがあるような気がするが思い出せない。あの女ではなくもっと醜悪な何か……。

 しかし痛む心臓がボクの思考を歪める。途中まで脳裏に浮かんでいた醜悪な存在は霧となって消えてしまう。心臓を刺す痛みは次第に強くなり、耐えきれずにボクは膝をついて倒れる。


「――――――!?」


 男の声に周囲の人たちがボクを見てくる。


 ああああああ! こっちを見るな! その気色の悪い目をこっちに向けるな! ボクを殺した弟、悪魔だと理由もわからず囃し立てる民衆、群がる人々、全部全部吐き気がする! その手をこっちに向けるな! ボクをあの時みたいに殺すつもりなんだろ! 身動きできないボクを笑うんだろ! 止めろ止めろやめろやめろ――。


※×※×※


 いつものように受付で来所者を待っていた。今日の最初の来訪者は男の子と白髪の男性だった。その男の子は少し顔色が悪そうだったが男性が寄り添っているように見えたが、このことはひとまず置いておく。


「こんにちは、本日はどうなさいましたか?」


 僕は彼らに対して笑顔でお決まりの挨拶をする。お決まりの挨拶でも心を置き去りにしてはいけないと思っているので、心が伝わるように態度に出しているつもりだ。


 僕が声をかけると男の子の様子が激変し、男の子は急に倒れこんでしまった。


「大丈夫ですか!?」


 僕は虚ろな目でうわごとを呟き続ける彼に急いで声を声をかけて様子を確認する。いざというときのために御力を使う準備をしておく。


「ああああああ!」


彼の症状は悪化するばかりで、悲痛な叫びに加えて全身の痙攣の症状も出てきている。彼を落ち着かせるために僕が授かった御力を使うことにする。僕は御力を使うために彼に向かって手を向けた。ついに精神が限界を迎えたのか、男の子は気を失ってしまった。


 手を向けてから少し遅れて透き通る水が少年の体を包み込む。しかし男の子の体調が改善する様子は見られない。

 ふと男の子と一緒に来ていた男性の方を見るとものすごく辛そうな顔をしていた。それでも表に出ないように心のなかで押し止めようとして、どうしようもなくて表に漏れてきてしまったんだと思う。

 若そうな見た目とは裏腹に、深い悲しみを背負っているようだった。

 男性は彼の症状についてなにか知っているのだろうか?


「すみません、この子は心の病気を持っているようでして。しばらくすれば落ち着くはずです。ただ回復するまで待つと時間がかかるので、私が手続きを済ませてしまってもよろしいでしょうか?」


 男性が僕に対して提案をしてきた。確かにここに来たのは何か目的があってくるのであって、その提案は真っ当なものだ。僕はもちろんと肯定の意を示す。


 話を聞くと男の子は町の外から来たので滞在証を更新するために来たらしい。子供が一人が町の外から来るというのは不自然なことだ。しかし幼少期にトラウマを植え付けられ街の外に捨てられたと考えると話の筋が通る。

 僕がいたような小さな村では村八分になった人々が村の外に追い出されたりする。この子がそうなったと考えると心が苦しくなるが、男の子が優しそうな人のもとで暮らせているのは少し安心した。

 実際ボクは村から追い出されて教会の上層の家に拾われたのだから、あり得ない話ではない。


「滞在証を更新しました。次の更新は一年後になります。お体にお気をつけてください。早く男の子の体調が良くなるといいですね。何かありましたら私、ジーン=ヌイに連絡ください。ぜひ協力させていただきます」


 僕は自分の名を名乗り、何かあれば協力する旨を伝えた。男性は驚いたような表情を見せる。そして男の子を背負いながら軽く会釈してからその場を去っていった。

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