第6話 傷の手当

 ボクは傷の手当をするということで、クロウと仲間たちが持つ建物に移動していた。その建物はさっきボクがいた森の近くにある街にあり、魔人たちの隠れ家になっている。クロウが言うにはボクの死体を回収した街とは違うらしい。


「ボクはどうしたら良いんですか?」

「君の傷を直してくれる人が戻ってくるまで待ちだね。まぁ人と言っても魔人なんだけど。他にも君に紹介したい奴らがいるから紹介したりだね」


 ここに来てから水浴びと着替えしかしてないので気になって聞いてみるが、しばらく待機しないといけないらしい。この部屋は最低限のものしかなく、地下にあるため窓もついていない。ここの雰囲気は監禁部屋に似ていた。


「ヴェリドは外を見てないから知らないと思うけどここは薬屋をやっててさ、その店番やってるのが君の傷を直してくれるはずだよ」

「そうなんですね」

「タメ口で良いって言ったのに敬語に戻ってるよ?」

「なんか敬語じゃないのはしっくり来なくて。でも貴方のことはクロウって呼びますよ」

「はは、それで良いなら良いけどさ」


 どうでも良いことを話して時間を潰していると、赤髪の女性が気だるげに頭を掻きながら階段を降りてきた。


「やぁガーリィ、君に見てもらいたいのはこの子だよ」

「……その子をどこで拾ってきた?」

「内緒だよ」

「はぁ……アンタ名前はなんだい?」

「ヴェリドです」

「あたしはガーリィだ。短い間だろうけどよろしく頼むよ」

「よろしくお願いします」


 気怠そうな声で彼女――ガーリィさんは言った。彼女のアンニュイな雰囲気と見た目の美しさも相まって、ボクは彼女が持つ世界に取り込まれそうになる。


「早速治療を始めるから取り敢えず着てる服脱いで、そこに仰向けで寝そべって」


 言われるがままに服を脱いで彼女が指差すベッドの上に寝そべる。しかし彼女は何もせずにボクが服を脱ぐのを待っていた。治療するに当たって、器具などの準備することはないのかと思っていると、彼女が口を開く。


「あー、結構ザックリやられてる。それでも内臓は傷ついてなさそうだ。安心しな、こんぐらいならすぐに治る」


 そう言って彼女がボクのお腹のあたりに手をかざすと、黒煙を生じながら、竜に抉られた傷がみるみると癒えていく。竜と対峙していた時は気づかなかったが、随分重症だったようだ。


「ん? 胸の傷は治らなそうだな。この感じはアンタの魔力が邪魔をしてるみたいだ。お前さんの魔力の証として許してくれ。他に悪いところはないか?」

「ないと思い――」

「傷だらけで穴通ってきたから見てあげてよ」


 胸の傷というと、顔も知らない弟に刺された傷だと思われる。ボクの魔力である魔剣は弟の光剣に似ていた。それもボクの魔力や胸の傷に関係があるのだろうか。

 ボクが彼女の質問に答えようとすると、クロウが上から被せてきた。クロウの言う穴というのは、ここまでに通じる地下道のことだろう。傷だらけの身分を持たない忌み子を街まで運び込むのは、通常の手段では出来ない。そのため森から直接ここに繋がっている地下道を通ってきて、この街に侵入したのだ。

 

「はぁ……、なんでそんな事するんだ。お前さん、そのままじっとしてな」


 クロウの物言いにガーリィさんはうんざりしているようだ。ため息が重い。一度消えた黒煙が再び現れ、今度はボクの体を包み込んだ。


「細かい切り傷と膿んでるところを直しといたよ。あたしの仕事はこれで終わりだな。くれぐれも体を大事にしろよ? 前みたいに肉片を繋げるのは懲り懲りだ。あんなの一体何に使うんだ?」


 体を大切にするのはもちろんだが、最後の言葉はクロウに言っているようだった。


「ちょっとね。色々実験をしてるんだよ。少なくともその子を肉片にするつもりはないさ」

「……だといいがな。あたしは上に戻るよ」


 ガーリィさんはもと来た階段を登って表でやっているらしい薬屋に戻った。肉片にどうこうという物騒な会話にボクは戦々恐々とするが、どうやらボクは肉片にならない予定らしい。


「肉片になるとかならないとかって何のことですか?」

「うーん、深堀りしないほうが良いぜ? あいつが何してんだか知らないけど、どうせろくなことにならない。アークってのの実験らしいがあたしもよくわからない」

「……怖いのでやめておきます」

「はは、賢明な判断だよ」


 クロウは軽い笑いで済ませているが、明らかに危険な香りがする。竜と対面したときもここまでのゾクゾクはなかったと思う。竜との対面は脳汁がたくさん出てたってことも関係してるかもしれないが。

 ボク自身もアークというのがよく分かっていないが、ボクと同じような子がミンチにされていると考えるとクロウは信用ならない気がしてきた。


「紹介したい人は店番やってるからお店が終わるまで離れられないんだよね。上のお店が終わるまで時間があるから、今から正式にこの街に入ってきてよ」


 地下道を通ってきているため、ボクはまだ正式にはこの街にいないことになっている。しかし身元不明のままというのもこれからの活動に支障が出るので、旅の人としてこの街にもう一度入ろうということだ。

 ボクは返事をしてクロウが用意した旅装束と少しのお金を袋に詰める。お金を持っているのは街に入るのに必要になるからだ。門でお金を渡して滞在票を発行してもらうことで活動もしやすくなる、らしい。


「それでは行ってきます」

「いってらっしゃ~い」


 クロウとゆるい挨拶を交わしてから、ここに来るときに使った壁の外につながる穴に潜っていく。

 その穴は今は使わなくなった水道を利用して作られたもので、中は色々な汚物を濃縮したこの世の終わりみたいな臭いがする。その上空気がジメジメしていて肌に絡みつくようで本当に気持ち悪い。息を吸うたび吐瀉物を吐き出しそうになるがグッとこらえる。時間にして数十分歩けば外に出られるのだが、その時間は永遠のように感じられた。


 やっと町の外につながる縦穴にたどり着いた。ボクははしごを使って新鮮な空気と光を求めて水道から伸びる縦穴を必死に登っていく。


 地上に顔を出して新鮮な空気を胸いっぱいに取り込み、ゆっくりと吐き出す。同じことをしばらく続けていると体の中から浄化されている気分になった。

 こうしてボクは地獄のような地下水道を抜けたのだった。

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