第7話 美味しいスープ
ボクが旧水道を通って出てきたところは竜と対峙した森にある小さな小屋の外だ。この小屋は昔、近くにある川から水を引いてくるために使われていた。それがクロウによって改修され今の形になっている。きれいな状態で保たれているところを見るに、クロウたちが時々使っているのだろう。
ここは一度通ったはずだが、あのときは意識が朦朧していて記憶が曖昧だ。
それよりもいま着ている服が臭くて仕方がないので、隠れ家から持ってきた旅装束に着替える。着ていた服は近くの川で軽く洗ってから袋の中にしまった。そして一息ついてから街の門を目指して歩き始めた。
※×※×※
街の門では衛兵に止められることもなく、すんなりと街に入ることができた。子供が一人で来たら旅の事情を聞きそうなものだが、簡単な問答ですぐに通してくれた。気構えていたのに何もなくて拍子抜けだが、何事もないに越したことはない。
街の出入り口の近くだからだろうか、通りには出店がたくさんあって繁盛しているように見える。衣服を売り買いしている店もあれば、雑貨を取り扱っている店もある。誰かが大きな声で客引きをしているのが聞こえた。
声が聞こえる方へ耳を傾けると、どうやら食べ物を売っているらしい。その店の方からなにやら良い匂いがしてきた。匂いに惹かれて店に近づくが、自分のお金を持っていないので遠巻きに見るだけにしておく。すると、ボクの視線に気づいたのか店主が声をかけてきた。
「なぁ坊主、一杯食うか?」
「いえ、お金を持ってないので申し訳ないですが買えないんです」
「なぁに、金はいらねぇよ。俺が坊主に食わせてやりてぇんだ。あんな物欲しそうな視線を向けられたらなぁ」
ボクは申し訳なく思って断るが、店主は気持ちの良い豪快な笑い声を上げながら言った。店主は大きめの器にスープを盛り付け、白パンをつけてボクに差し出した。
店主から手渡された、底の深い器に入っているスープは見るからに具だくさんで、とてつもなく食欲をそそる匂いがする。大きめに切られた肉と様々な根菜が入っていてこのスープだけでもお腹が膨れそうだ。
肉を口に運ぶと噛むたびに旨味が溢れ出してくる。大きめの肉だが食べにくいということはなく柔らかくて食べやすい。根菜たちも塩味の効いたスープを吸っていてとても美味しい。軟禁部屋で食べていた硬いパンは本当に食べ物だったのかと疑問に思うくらいここのパンは柔らかい。
夢中でスープを食べていると、あっという間に完食してしまった。
「めちゃくちゃうまそうに食うじゃねぇか! そんだけ満足そうな顔をしてくれりゃあ、こっちも嬉しくなるってもんだ」
「とっても美味しかったです! お金が入ってきたらまた来ます!」
「おう、また来てくれ! 坊主がうまそうに食うおかげで今日は繁盛しそうだしな。娘のためにも稼がせてくれよ」
店主の言葉を受けて周りを見てみると人だかりができていた。多くの人にがっついている姿を見られたと思うと恥ずかしくなる。気前のいい店主に挨拶してから、ボクはそそくさと逃げるようにスープ屋を後にする。
スープ屋を後にしたのは良いのだがガーリィさんの薬屋がどこにあるのかわからない。薬屋を探すついでに街を散策することにした。街を歩くのは初めてなのでワクワクしながら街を散策する。
スープ屋があった通りを真っ直ぐ進むと、通りの終わりには大きな教会が建っていた。ボクが通ってきた通り以外の大きな通りもすべて教会に集まっていた。
弟に殺されたのがつい最近、もしかしたら今日のことかもしれないので教会の前にいるのは良い気がしない。ボクは少し足を早めて、教会から離れるように別の通りに入って散策を続けた。
しばらく街を彷徨い続けるもそれらしき建物は見当たらなかった。日が傾き始め、茜色の空に数羽の鴉がよぎる。日が完全に沈みきると同時に小さめの鴉がボクの方に飛んできた。きっとクロウがなかなか帰ってこないボクを案じて鴉を飛ばしたのだろう。
鴉がボクの前で止まるとボクを案内するように再び飛び始める。鴉の案内に従ってしばらく歩き、なんとか薬屋の前に来ることができた。
薬屋のそばにある脇道に入ると簡素な出入り口があった。鴉がここを開けろと合図してくるので扉を開けるとそこは薬屋の材料保管庫と調合室だった。
鴉が保管室のタイルの上で踊っている。きっとタイルをずらせという事なのだろうが、鴉がそれをやっていると可愛く見えてくる。鴉にどいてもらいタイルをずらすと下に続く階段があった。
階段を降りていくと見たことがある部屋にたどり着いた。その部屋にはクロウとガーリィさんの他にもう一人いた。
「遅いよ〜、皆集まってるよ」
クロウが気の抜けるような声でボクに不平を言ってくる。ここのことがどこにあるか聞いてなかったから仕方ないだろ。口からそんな言葉が出そうになるが、確かに街を彷徨って遅くなったのは事実なのでボクはその言葉を飲み込んだ。
「よし、集まったね。それでは俺らとそこの少年のこれからのことを話そう」
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