IF100話 体感気温
インターハイは樺太県とかなり遠方で開催される。近距離なら学校のマイクロバスや父兄たちの車で行くという事もあるけれど、さすがにそれが出来る距離ではなく、学校が手配した旅行会社に旅程を組んで貰う事になり、種目ごとの開会式の近い水泳部と陸上部とテニス部が学校に集まり向かう事になった。
サッカー部は大会初日から試合があるとかで、気候に体を慣らしたいと1日早く出発したらしい。
早朝に学校に集合し、学校のマイクロバスで空港に向かい、そこから直行便で樺太県に飛んだ。乗り込むのは。総体で出入りの人数が増える事を想定したと思われる臨時便だった。乗客の殆どが学生だったので、近隣の他校の代表者とその関係者が多く乗り込んでいる様だった。
インターハイを行う会場は競技種目によって変わるけれど、開会式を含めて全て南方に偏っているらしい。樺太県は南北に約948kmもある細長い島だ。俺達が住む街から京都までの倍の距離があると言えばその長さが想像出来るだろう。そのためあまり広大な範囲でやると選手の移動だけでかなりの時間を費やす事になる。
最も大陸と近い海峡部に近い北部の港街が、サクラの祖母さんの故郷なので、折角だし行ってみたいなと思って調べたけれど、高速鉄道は通っておらず、低速のディーゼル鉄道に乗って往復すると8時間かかる事が分かった。飛行機で行けば片道2時間らしいけれど、1日1往復しかなかった。
そんな広大な島のあちこちで試合するのではなく集約しているのには理由があるらしい。南部の方が人口が多い事もあるけれど、移動の多い団体競技などへの参加者への負担を考慮している事や、引率者の負担を減らす為だ。
人の移動による経済効果を期待して、会場を分散させたインターハイが行われた事が過去にあったそうだけど、選手はともかく応援する人が付いていく事が出来ず、初戦と決勝以外は応援が少なかった事や、疲労が原因と思われる選手の故障が頻発した事で、かなり主催者の県に批判が殺到する事になった。そのためそれ以降のインターハイは会場を集約した場所で行う傾向になったと聞いている。
「寒っ!」
「現地の気温は15℃って言ってたものね」
「何であの人達平気なの?」
「冬服着て来て正解だった~」
「鼻の奥がツンとする……」
樺太県の空港につき、旗を持ったバスの添乗員に案内されて空港ビルの自動ドアを出ると、強い横風が吹いており、顔に当たるその冷たさに思わず驚いてしまった。
学校行事で団体で旅行する時は、制服の着用が好ましいとされていたので、水泳部はそれにならって全員制服だった。現地の気温が15℃前後というので、冬服の制服を着用していたけれど、スカート姿で素足の女子部員はかなりの寒さを感じてしまっているらしい。
「バスに乗れば温かいよきっと」
「そ、それもそうだね」
海堂が加賀美にそう言っているが、バスやホテルも同じ様に寒いかもしれない。何故なら、空港内には半袖と短パン姿の子供が普通にいたし、外をキャミソールを着た若い女性がキャリー付きの旅行鞄を転がしていたし、旅館から空港に迎えに来たスタッフらしい女性が半袖のブラウス姿だったからだ。
案の定バスの車内は暖房がつけられていなかった。風が吹き付けない分体感気温は上がったけれど、それでも既に体が震え始めていた女子生徒達にはもう少し温かい方が良いだろう。
「膝掛代わりに使いなよ」
「ミノルは平気なの?」
「これぐらいなら大丈夫だよ」
「ありがとう、それなら借りるわ」
俺はカオリに比べたら寒さに強い。大食な分体温が高いのだろう。
「さすがミノル先輩優しいですね~、チラッ」
「はい・・・」
俺がカオリにブレザーの上着を渡した事が羨ましかったらしく、加賀美が海堂に自分も欲しいアピールをしていた。2人はお互いに付き合ってはいないと言うけれど、何か妙に仲が良くなっていて、特に加賀美が海堂にこうやって意味深な事をする事が増えていた。
「暖房付けて貰っていですか?」
「えっ?暖房かい?」
「えぇ、ちょっと気温差でちょっと寒がっている生徒がいるんです」
「あぁそうですか・・・」
どうやら現地の人にとっては暖房をつけるのが信じられない気温らしい。
旅館の名前が書いてあるバスの運転手はエンジンを起動させると、レバーを操作して暖房を稼働させてくれた。
俺達が宿泊するのは山の麓の方にあるスキー客用の旅館だった。樺太県は、緯度が高いだけあって、そこまで高く無い山の麓近くでも冬場は綺麗な雪が積もってスキー場になるらしい。そんな場所だけど車に乗れば開会式が行われる場所まで1時間以内につくらしい。
学校は元々メイン会場である県営の総合運動公園の近くのビジネスホテルに宿泊する事を考えていたらしい、しかし出場者が多くなったため、団体客用の大部屋があるこの旅館に変えたそうだ。人が大勢訪れるスキーのシーズンオフという事もあり、温泉とリフトを夏山登山とグラススキーを楽しむ客が僅かにいる程度で閑散としていた。夏休みの時期でもこの状態という事は、それ以外では本当に客が少ないのだろう。
「このオイルヒーターってやつ、どうやって使うんだ?」
「あっ・・・こっちに説明が書いてありますよ」
部屋は12人部屋をサッカー部が2部屋使われていた。そして後続として加わった俺達が、6人部屋を水泳部男子1部屋、水泳部女子1部屋、陸上部とテニス部が1部屋となっていた
「樺太県だからって山がずっと雪で覆われてる訳じゃないんですね」
「場所によっては雪渓があるらしいけど、この旅館の周囲の山には無いみたいだよ」
「もっと氷河とかに覆われてるイメージあるな」
「樺太県がテレビに映る時は、樹氷とか、ダイヤモンドダストとか、流氷とかそういう時だもんな」
「あとは熊の被害が出た時ですね」
「そういえば途中の道にクマ出没注意の看板あったな」
旅館の窓側の縁側の窓から外を見ると、既に日が暮れ始めており、ゲレンデの部分に照明が焚かれていた。グラススキーをしている客は見えないけれど、リフトが動いてもいるので、楽しんでいる人はいるのだろう。
「ミノル先輩も遊びに行きますか?」
「遊ぶにしても競技が終わってからだな、それまでは体が鈍らないようジョギングとストレッチをしているよ」
「ストイックですね・・・」
「やっとたどり着いた全国だしな」
「それもそうですね・・・、俺も足引っ張りたくないし遊ぶのはその後にしておきます」
海堂は個人種目では全国に届かず、ギリギリ突破したフリーリレーに出場する。個人種目ではないので、怪我をしたら個人の責任では済まない問題になる。ちなみにフリーリレーは、部長、俺、ケンタ、海堂が出て、メドレーレーは、部長、副部長、俺、ケンタで標準記録を突破している。
旅館は部屋がずっと空いているためか、競技が終わったあとの2日後まで借りられていた。台風なので競技が順延になったり、飛行機が飛ばなくなって帰れなくなった時の為らしい。空席があれば前倒しで帰っても良いそうだけど、そんな勿体ない事をする人はいないようで、遊んで帰るつもりでいた。
ちなみに、サッカー部は決勝までの日付で部屋が押さえられていたらしく、敗退しても、避暑地のようなこの気候で合宿をしつつ、他の学校との交流試合もし、注目の試合を見てから帰るらしい。去年インターハイに出た事で、サッカー部は企業から寄付があったそうなので、金回りが良いと聞く。学校での合宿の前日に帰るというかなりのハードスケジュールになるけれどせっかくの機会に使おうとサッカー部の顧問は判断したようだ。
3年生はインターハイ後に引退して受験生になるので、こんなに息抜きしちゃって良いのかと思い、廊下で会った佐野に聞いたけど、両肩に手を乗せられ、強い力で捕まれつつ「今しか出来ない思い出の方が大事だろ!」と言われたので、肩から首の辺りの筋肉に力を入れて痛みに耐えながら、「それもそうだな」という返事しか出来なかった。
その後、夕飯を終えたあと大浴場に向かったのだけれど、肩のあたりが黒ずみ不気味なアザになってしまっているとケンタに言われた。鏡で確認したら、佐野に掴まれた部分が日焼けをして黒くなっている肌でもしっかりと人の手の形に見える感じで肌が黒ずんでしまっていた。日焼けしていない肌ならかなりクッキリ見えて、かなり気持ち悪いものとなってしまっていただろう。
特に痛みは無かったけれど気にはなったので少し冷水で流してから長めに風呂に入ってじっくりとあたたまった。こういった皮膚に鬱血させてしまった時は、冷シップをしたあとゆっくり温めると治まるのが早いと聞いた事があったからだ。
上せる直前まで風呂にいたからか、肌寒い夜だった筈だけど、布団を被るだけで、かなり暖かいまま朝まで熟睡する事が出来た。怪我の功名と言えるかもしれない。
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