IF99話 それして貰いたい!
同席したみなが受け取ったものは予想通りバッジだった。
別室で権田から権田家とはどういうものか聞いた事で皆は殆どが放心していた。既に顔ぶれを知っていたらしいジュンは無心の顔をし、真田姉弟は少し引き攣っていたけれど、自身の強い後ろ盾が得られるものだと分かったらしく、全員受け取った。
権田に「お車を用意します」と言われて、黒塗りのセダンが4台呼ばれ、皆は方向別に乗って帰宅した。
ユイも一旦家に戻りたいと言って依田とオルカと同じ車に乗って帰って行った。バッジを貰った件を親に相談するのだろう。権田家の事は、余り大っぴらにしてはいけないと釘を刺されていたけれど、1人で抱えるには少し大きな問題過ぎるので仕方ないだろう。
俺達は家が近いので徒歩で帰るのだけれど、権田が家まで送るというので社務所で待っていた。シオリも権田と祭りの間少しだけ話をしただけで寂しそうだったので、権田の好意に甘えることにした。
道中、権田もシオリも静かだった。シオリがずっとしたいと言っていた、権田に手を繋いで貰ってご満悦だったからだろう。
「少しシオリに話をしてぇんだが、時間を貰えねぇだろうか?」
「2人じゃないと出来ない話か?」
「あぁ・・・」
家の前に近づいて来た時に、権田が真剣な目をしながらそんな話をして来た。シオリが隣にいる権田の顔を見上げて不安そうな顔をしているけれど、馬に蹴られるような事は野暮だと思ったので応じる事にした。
権田とシオリは近所の公園の藤棚の方で話す事を勧めた。ベンチがあるし俺とカオリがハルカさんの件で話す場所として使ったように、何となく2人っきりで話す時はあそこだという感じがしたからだ。
家には灯りがついていなかった。親父やお袋はまだ帰って来ていないらしい。
「そっちの家に寄っていくわね」
「カオリが祭りの後にうちに来るのは小学校の時以来か?」
「えぇ、そうね・・・」
小学校の時までは、祭りの日の夜はカオリはカオリの両親が帰ってくるまで俺達と一緒に過ごしていた。けれどカオリが俺との心の距離が離れた時から、カオリは祭りの後1人で家に帰るようになっていた。去年はユイも一緒だったけれど、行動は同じだった。だからこうやって祭りの後にカオリが家に来ると、昔に戻ったようでうれしかった。
家に入るとリビングに入って冷房をオンにし、キッチンの冷蔵庫から麦茶の取り出してグラスと一緒に持っていった。俺は甚平に雪駄、カオリは浴衣に下駄という涼しい恰好ではあったけれど、それでも夏のこの時期に外にいるのはかなり汗ばむ事だった。
「みんなが貰っていたのは赤い縁取りだったわね」
「あぁ・・・男女の差で色が分けられているんじゃないんだな」
「多分、ミノルの紫が一番位が高いものなのでは無いかしら?」
「そして青、赤と続く感じか?」
「冠位十二階の順番になっているのならそうね」
「という事は黄、白、黒と続くわけか?」
「3種類だけかもしれないけれど・・・」
「なるほど・・・」
3種類だけという可能性もある訳か・・・。確かに今日会ったばかりの人に上から3番目を渡すというのも変だしな。1番下を渡したと言われたら納得できる。
「カオリはあそこにいた面子、全員分かったか?」
「佐伯ノブテルが貴族院の議員、大伴イチタが県会議員、佐伯マサキが市長、川内タイゾウが警察署長、葛城タダスケが陸軍武蔵府駐屯地司令補、田宮ソウジが多分私の叔父だと思うわ」
「随分とお偉方たちだったんだな・・・」
「えぇ」
カオリは会った事がある人や、名前を聞いた事がある人を大概全て覚えてしまう。テレビでチラッと流れた名前でも覚えていたりするので、公人の名前も結構知っている。
ちなみにこの世界は、前世と同じ二院制だが参議院ではなく貴族院となっている。そして貴族院の議員は選挙ではなく皇族や公家、将軍家や華族から合議で選ばれる終身任期の議員となる。
知事は内務省が指名して中央から派遣してくる官僚となっているので、国民の選挙で選ばれるのは貴族院と対をなす、大戦前は下院と言われていた衆議院の国会議員と、県議、市長と市議となっている。大戦前は選挙権が一定の額の税を納めた男性に限定されていた事もあり、衆議院も公家や華族が多かった。しかし大戦後は成人の男女に選挙権が与えられたため、衆議院議員は平民の割合が高くなっている。しかし未だに平民出の人が内閣総理大臣に指名された事は無い。
「権田の親分とカオリの叔父は義兄弟らしいけど、あの場ではカオリの叔父はあまり立場が高そうじゃなかったな」
「それは田宮家の家格がそんなに高く無いからじゃないかしら。あの中にいたのは全員華族で、多分権田家程じゃ無いけど家格が高い人たちだと思うのよ」
「なるほど・・・でもなんでそんなお偉方の前に呼ばれたんだろう」
「多分、ミノルの交友関係を見て、人となりを確認しようとしたんじゃないかしら」
「何のために?」
「ミノルが華族になった時の為だと私は思うわ」
「みんなも呼ばれた理由は?」
「交友関係を見る事で、ミノルの人となりを推測したのではないかしら」
「そういう意味では今日の面子はあまりに出来過ぎているな」
「えぇ・・・」
権田の親分も、ろくでもない奴を華族にはさせられないと言っていたな、つまりあの場は将来の華族の当主候補の面接の場だった訳か。
「皆にバッジを贈った理由は何故だろう?」
「唾を付けておきたい人達だという以外に?」
「それなら権田の配下たちにもバッジが与えられてもおかしくないだろ。特に木下や石川は貰えていなければおかしくないと思う」
「彼らは権田さんが当主になった時に渡されるのでは無いかしら?」
「・・・なるほど、もし権田の親分がバッジを渡したら、息子の舎弟をかっさらう形になるって事か・・・」
「あくまで予測だけど・・・」
そんな話をしている時に、騒がしく玄関の扉を開ける気配がしたと思ったら、バタバタと廊下を走る音がして、シオリがリビングの扉も勢いよく開けて入って来た。
「リュウタさんにプロポーズされた!」
「「はぁ!?」」
シオリは左手の薬指に意匠が施された指輪をつけ、それが入れられていたと思われる小箱をもっていた。
「もしかしてそれ、婚約指輪か?」
「うん! 両親に了解を貰えたらつけて欲しいって!」
「もうつけているじゃないか」
「ダメだって言われても付けるんだから良いじゃん」
「いや、良くないだろ・・・」
未成年の婚約は両親の同意が必要だ。だから権田も両親の了解を貰えたらと言って渡したのだろう。
「それで権田はどうしたんだ?」
「そう言って私に箱を渡したあと、駆けだしていった」
今日はシオリと手を繋いで随分と女性に慣れたみたいだと思っていたけれど、まだまだ免疫が無い状態だったらしい。
「普通は権田が親父やお袋に、「お嬢さんを私に下さい」って言わなきゃならないんじゃないか?」
「あっ! それして貰いたい!」
「それまでは指輪は外した方が良いんじゃ無いか?」
「嫌っ!」
どうやらシオリはもうこの指輪を外したくないらしい。
△△△
8月7日はサクラの誕生日だ。ゲーム雑誌の攻略記事では、サクラは花屋の娘だから花の日が誕生日になっていると書かれていた。
「へぇ・・・シオリも婚約指輪を貰ったのね」
「親父が顔を真っ青にしていたけどな」
「まぁそうなるでしょうね・・・」
覚悟はしていただろうけれど、実際につきつけられるとそうなるらしい。
「素敵なプレゼントをありがとうね」
「あぁ」
俺はサクラに花柄のワンピースを贈っていた。6月にオルカ送ったマグカップと同じ様に、ゲームでサクラの好感度が最も上がる誕生日プレゼントだったからだ。
サクラの事も見るようになり、可愛い女性だと思う事が出来るようになってはいた。けれどサクラの事はカオリの様に深い付き合いをして来なかったので好みとかそういうものが分からなかった。だから自信が考えてプレゼントを選ぶという事が出来ずにいた。
「パーティに参加できなくて悪いな」
「今は仕方ないのは分かるから・・・」
サクラの誕生日のパーティは夕方に早乙女の家が経営している喫茶店で行われている。カオリやシオリもそのパーティに参加するけれど俺は参加出来ない。何故なら今までその誕生日パーティに男子生徒が参加した事が無いからだ。そんな場にカオリの婚約者である俺が参加したら、色々勘繰られてしまうだろう。だから公園整備のアルバイトをする時の恰好で桃井生花店に入り、他の客がいないタイミングでサクラにプレゼントを渡したのだ。
「私、パーティには、このワンピースを着て行くわ」
「あぁ、サクラに似合うと思うぞ」
「えへへ」
いい笑顔で喜ぶサクラを見ると可愛いと思う。恋愛感情はまだ無いけれど、この笑顔を曇らせたくないという気持ちもある。ちゃんと向き合わないといけないと思っているけれど、そう簡単に恋愛感情は芽生えたりはしないようだ。
「じゃあ俺は帰るな」
「うん、ミノルもインターハイ頑張ってね」
「ありがとう、何かお土産買って来るな」
さて、とりあえずプレゼントを渡している所は誰にも見られてない。こういうコソコソしている部分は二股クズ野郎と言われても仕方ない部分だと思う。
でもカオリと婚約する前だったらサクラと仲良くするのは自由恋愛の範囲だと言い訳も立つけど、カオリと婚約している今は無理だ。カオリは親父の会社のイメージキャラクターになっているので、「婚約者に別の相手がいる」という醜聞になり得る行動は控えなければならないからだ。
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