IF98話 階段

「あれ?」

「どうしたのお兄ちゃん」

「2人の内の1人が立花なんじゃないかと思ってな」

「えっ! ユイのスケベ兄貴!?」

「酷いあだ名だな・・・」


 神社の正門にあたる大鳥居の前でみんなと待ち合わせをしているのだけど、人の流れに逆らうように境内に続く階段を駆け下りて来て、駅前の方に走っていった2人の男がいたので、見たらそれが立花に似た奴だったのだ。

 ユイから立花は夏休みなのに家に帰って来ていないと聞いているので、見間違えで無いのなら学校周辺で遊びまわっていて、それで帰って来ないのだろう。

 2人組だったし、学校で出来た友人だろうか。それなら楽しい学園生活を送れているのだろう。


「来たようね」

「・・・そうだな」


 駅前から続く道の方を見ていたカオリが待ち合わせの集団を見つけたらしい、カオリが見ている方を確認すると、周囲より背が高いユイの美人顔が人の頭の間からチラチラと見えるのが確認できた。


「おーい!」


 シオリが手を振ってピョンピョン跳ねると、それを見つけたらしいユイが手をブンブン振っているのが見えた。俺達の背は標準的なので集団の中に入ると埋没してしまうけれど、オルカ並みに視力が良いユイにはハッキリと見えるようだ。


「お待たせ~」

「誰も逸れてないか?」

「大丈夫だよ~」


 一番逸れそうなオルカがいるし大丈夫か。


「須藤は花見以来だな」

「田中君久しぶり! それにしても凄い集団だね!」

「あぁ、美少女ばかりだろ」

「うん、男子の数を合わせないと危険だという言葉に納得するよ」


 去年のメンバーに続き、今井と古関という2人の美少女が加わっていた。今井はケンタがいるから良いとして、古関の相手に誰にしようかと考えた。ショッピング街の連中は祭りの日は大体どこかで出店を出したりして忙しくなるので頼めない。

 ショッピング街に住んでいない近くに住む同級生として、望月の顔が一瞬思い浮かんだけれど、古関と運命的な出会いをしたらしい須藤に確認をと思って、姉妹校の寮の電話番号を調べてかけたところ、インターハイ出場を決めていて、部活に残っていたらしく、古関の相手として祭りに同行する事を了承してくれた。


「今年は知り合いがVIP席を用意してくれたんだ」

「VIP席?」

「祭りの関係者席って奴だよ、花火が打ちあがる所が一番よく見えるらしいんだ」


 実はシオリが権田から花火の関係者席のチケットを貰ったらしい。しかも20枚もあって、11人しかいない俺達が使うには充分な数だった。

 シオリに聞いたら、余りを渡す相手が思い浮かばないと言ったので、親父とお袋、マサヨシさんとハルカさんに渡したあと、部活に出ている所を見かけた佐野に2枚、涼宮に1枚渡した所で、何故か近づいて来て「頂戴」と言って来た真田の姉の方に弟の分も含めて2枚渡した。


「階段はそこまで長く無いけど、女性陣は全員浴衣みたいだからペアは気を付けてあげろよ」

「分かったっす」

「去年に引き続きミノルはお父さんしてるね」

「手を繋ごうか」

「はいっ!」

「私も良いですか?」

「勿論」

「ジュンさん・・・」

「えいっ!」

「ミノル・・・」


 須藤が古関に手を繋ぐように言った事をきっかけに、女性陣が積極的にペアの相手と手を繋ぎ始めた。


「須藤やるな?」

「僕は学校が違うからなかなかこういうチャンスが無いからね」

「良いなぁ・・・」


 ペア同士が手を繋いだけれど、唯一相手がいないシオリだけがあぶれてしまっていた。


「シオリの相手は境内にいるからしばらく我慢だな」

「うん、だから早く行こう?」


 権田は祭りの関係者らしく、今日は忙しく祭りを回る事は出来ないらしい。けれど、花火が終わったあとに社務所にいるので来て欲しいと言われていた。


「私だけいないのは可哀想過ぎるので、お兄ちゃんの片方借りるよ」

「そっちは・・・」


 シオリがカオリと繋いでいる反対である左手を繋いだけれど、俺はなんとなくそっちは違うと思ってしまった。そしてそう口にした時に俺と繋いでいる手がピクっと震えたのを感じた。

 

「・・・昔みたいで良いじゃん」

「・・・昔と反対よね?」


 小さい頃は俺の右手はシオリと繋ぎ、左手がカオリと繋いでいた。だけど今では右手でカオリと繋ぎ、左手はシオリと繋いでいる。


「・・・私はもうお兄ちゃんの1番じゃ無いからね・・・」

「・・・順番は関係ないだろ、シオリは妹なんだから・・・」

「うん・・・」


 とても小さい頃、祭りの日に、休み休みしかこの階段を登れなかったシオリの左手を右手で握りってこの階段を登った。その時、カオリは階段の1段上から俺の左手を握り早く行こうと俺を引っ張っていた。あの時はまだカオリとシオリは仲が悪かった気がする。


 俺は今、右手にカオリ、左手でシオリと手を繋ぎ、2人の歩調に合わせて、他のペア同士が登る階段の最後尾をゆっくり登っていた。今の2人はとても仲が良く、相手に合わせる事が出来る関係になっていた。


△△△


「田中様とそのお連れの方々を案内しました」

「ご苦労」


 とても綺麗な花火を特等席で見た後、社務所に入ったところ、権田の親分の他、選挙ポスターや市の広報誌などで見た顔や、筋ものっぽい顔をした人の他、貫禄がとてもある人が揃った席に案内されてしまった。

 俺達は、一緒に花火を見た11人の他、トイレを借りたいと言ってついて来た涼宮と真田姉と連れの真田弟、飛鳥とその連れの佐野が加わり、16人になっていた。

 花火の会場に来ていた親父とお袋は、同じ会場にいた人とどこかに向かった。親父が少しペコペコしていたので仕事の関係者じゃ無いかと思う。

 マサヨシさんとハルカさんは花火の会場に来ていたけれど、終わる前に先に帰っていた。マサヨシさんの店は、お祭りの日に出店を出してはいないけれど、店舗の前の軒を露店を出す人に貸していたし、祭りが終わった後はショッピング街の片付けを手伝う必要もあるため、祭りの日の夜は遅くまで帰って来ないからだ。だからこの祭りの日はカオリは俺達の家に預けられていたし、毎年祭りに行って花火を見ていた。


「ご子息様に案内されましたが、何か御用でしょうか」

「あぁ、田中が連れて来る奴を見てみたいと案内させたんだが・・・どいつも良い面構えをしてやがるな」


 俺が連れている?祭りに行こうとワイワイとやって来ただけのメンバーだし、涼宮や真田姉弟や佐野や飛鳥など会場で合流しただけのメンバーもいる。その認識は少し間違っているような気がするけれど・・・。


「田中は人を惹き付ける才能があるようだな、しかも集まるのは全員才能に溢れている奴だ」

「確かにここにいるのは何かしらの才がありますが、別に俺の魅力で集った訳ではありません」

「じゃあここでリーダーを決めろと言ったら誰になる?」


 そう聞かれて周囲を見ると、全員が俺を見ていた。


「証明出来たな」

「・・・そうみたいですね・・・」


 さすがに全員で見られたら否定できなかった。


「田中はそういう星の下に生まれたんだと思うぞ。そういう奴は時々生まれるもんだ。そして大概何か物凄い事を成し遂げやがる。まぁ多くがその結果、壮絶な死を迎えるがな」

「何かをなしたいとは思っていますが、壮絶な死は御免ですね」

「それは同感だな」


 俺と権田の親分が黙った所で、権田の親分側のメンバーの一人が「お互いに名乗りまひょ」と関西弁で言ったので、氏名だけを名乗り合った。

 地元選出の国会議員と県知事と市長と、親父から聞いた事がある今井物産の会長は分かったけれど、他は名前だけで誰か分からなかった。

 「お互いに名乗りまひょ」と言った人が田宮という姓だったので、カオリの叔父かなと予想したぐらいだ。ただ知って当然という感じで名前を名乗るので、動揺しないように聞くだけにしていた。


「リュウタ、渡せ」

「はい」


 俺とシオリとカオリ以外の前には、俺が以前受け取ったバッジが入った箱が置かれていた。


「身内にするつもりですか?」

「不服か?」

「大変名誉な事かと思いますが、権田家がどういうものか知らなければ、恐れを抱くだけでしょう」

「それはこのあとリュウタがする」

「分かりました」


 権田家は将軍家と縁が強い、日本有数の名家だ。しかし、ただの地元のヤクザとしか一般には認識されていない。それを知らないままバッジを受け取ったら、ヤクザの構成員にされてしまうと思うだけだろう。

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