IF97話 痴漢冤罪(立花視点)

「はぁ・・・なかなかうまくいかないもんだね・・・」

「こういうのは数打ちゃ当たるなんだよ、根気よく声をかけ続けるんだ」


 今日は神社の夏祭りの2日目だ。俺と川上は夏休みに入り暇が続いたので、浮かれた女をナンパしようと駅前の待ち合わせに使われる広場に出かけた。お袋から家に夏休みは家に帰って来ても良いと言われたけれど、ユイちゃんはいないだろうし義父の目も冷たく針の筵状態になるだけだ。義父が仕事に行っている時間は良いが、土日や夜間は部屋に引きこもる事になるだろう。

 俺は寮で自由に過ごした方がまだマシだと思うため帰るつもりはない。日中に学校に行けば、電脳部の部室でパソコンを触って暇つぶしも出来るし、時々川上が遊びに来て出かける事も出来る。ゲーセンやパチンコや漫画喫茶など遊べる場所もこっちの方が多いのも良い。


「あそこの浴衣の人、一人で携帯を弄ってて待ちぼうけなのかな」

「あん?」


 確かに浴衣の女が1人が広場の隅のベンチに座って携帯を弄っていた。ボタンをポチポチ押している事から待ち合わせ相手にメールをしているのだろう。


「結構可愛い子だよ?」

「確かにそうだな・・・でもなんか見覚えがあるんだよな・・・」

「知り合い?」

「・・・」


 前の学校の知り合いだろうか。俯き加減なため目の辺りが髪に隠れているからか、よく分からなかった。


「声かけない?」

「うーん・・・でも胸が小さいな・・・」

「立花君ってそればっかだね」

「あぁ、女は胸あってこそだろ」

「僕は気にしないけどね」


 そういって川上はその女に近づいていった。その女は近づいた川上に気が付いたのか携帯を手提げのポーチにしまい顔をあげた。そしてその上がった顔を見た瞬間にそいつが誰かと気が付いて股間に鈍い痛みが走った。


「「ま・・・待てっ!」そこの君、待ちぼうけなら僕達と一緒に神社に行かない?」

「げっ!」


 俺は川上を制止したけど、間に合わずそいつとバッチリ目線が合ってしまった。


「あんた、こんな所で女をナンパしてるの?」

「ちっ・・・違う!」

「何?立花君の知り合い?」


 そいつは、俺の股間に蹴りを放った水辺だった。浴衣姿だし、髪が随分と長くなっていたので気が付くのが遅れてしまった。


「やめろ!そいつは凶暴な奴だ!」

「えっ?こんなに可愛いのに?」

「はぁ・・・」


 水辺はベンチから立ち上がると川上の方を向いた。


「あんた、付き合う人を考えた方が良いわよ?こいつはロクでもない奴だから」

「えっ?」

「おいっ!」


 水辺は俺の事を無視して川上に話を続けた。


「こいつ、酔って私と自分の妹につかみかかって来たのよ」

「俺の方が被害者だろ!」

「掴みかかって来たから反撃しただけじゃない、ほんと反省の色すら無いって呆れるよ」

「こいつっ!」

「キャーっ! 襲われるっ!」


 俺が水辺につかみかかろうとしたしたら、浴衣なのにひらりと手を避けつつ、まるで被害者であるかのように叫び声をあげた。


「おい! 女の子が襲われてるぞ!」

「あの人達! 私にしつこく声をかけて来た奴よ!」

「何っ!?」

「ナンパが上手くいかなかったからって襲い掛かってるのかっ!」

「ちょっと・・・警察を呼んだ方が良いんじゃない?」


 水辺の叫び声を受け、待ち合わせ広場にいた奴らが急に俺達を睨み始めた。


「ちょっと・・・立花くん・・・」

「にっ・・・逃げるぞっ!」


 俺は周囲の奴らに包囲される前に逃げるべきだと思いすぐに駆けだした。川上が後ろで「まっ! 待って!」とか言っているけど「おいコラ!」とか「逃げるのか!」と言われている状態で待つなんて自殺行為だ。

 くそっ! 水辺の奴にすっかりやられてしまった! 痴漢冤罪ってこうやって作られるのかっ!


「はぁ・・・はぁ・・・」

「たっ・・・立花君って・・・足・・・すごく・・・早いよ・・・ね・・・」

「50m走は・・・結構得意だっ・・・たな・・・」

「マラソン・・・大会は・・・ビリの方・・・だったよ・・・ね・・・」

「あぁ・・・スタミナは無いんだ」

「もう息が・・・整ってるの・・・に?」

「回復だけは早いんだよ」

「変わって・・・るね・・・」


 すぐに駆けだしたおかげで特に捕まる事は無く、逃げ切る事が出来た。


「それでどうする?もう駅前ではナンパは無理だぞ?」

「神社の方に・・・行ってみない?」

「そうするか・・・」


 俺と川上は駅前で俺達を見かけた奴らに鉢合わせしないよう、ショッピング街を避けて神社に向かった。

 初詣で神社に行った時は、神社の近くのバス停から大鳥居までの間が結構待ち合わせに使われているのか、人が集まっていた事を覚えている。今日は花火大会があるので同じ様に人が大勢いる筈だ。女同士で待ち合わせしている奴も多いだろう。


△△△


 花火が打ちあがる時間より早めであるためか、大鳥居の近くはそこまで混みあってはいなかった。目ぼしい奴らがいなかったため、神社に続く階段を上がり、屋台街となっている境内の方に入っていった。


「俺達と祭りを回ろうぜ」

「とっ・・・友達と来ていますからっ」

「俺も友達と来ているんだ、丁度良いな」

「えっ・・・遠慮しますっ」

「ちょっ! 良いだろっ!」


 境内で目ぼしそうな女に声をかけているのだけど捕まらなかった。俺が胸の大きい女に声をかけ、川上が小さな女にかけている感じだ。


「うまくいかないね・・・」

「だから根気だっての」


 境内に入ってから、俺も川上も二桁以上の女に声をかけて断られていた。


「立花君、女の人に声をかける時、顔が不気味になってるよ?」

「なんだと?」

「僕には、これから悪い事しますって顔に見えるよ」

「マジかよ・・・」


 そういえばお袋にも似た事を言われた事があったな。俺は素の顔は人に好感度を与えるけれど、表情を変えると気持ち悪く見えるって。


「おいっ! お前らっ!」

「ひぃ! 権田君っ!」

「お前らは、女性に声をかけまくって周囲に迷惑をかけているぞっ! 祭りを楽しんでいる奴らに迷惑だっ!」

「すっ! すいませんっ!」


 俺が無表情が維持されるように心掛けながら、ナンパを続ける川上の横に並んで歩いていたら、番長が怒りの表情を浮かべてやって来た。法被を身に着けているので祭の関係者なのだろう。そういえば前世で、祭の屋台とかを取り仕切るのは地元のヤクザだと聞いた事があった。番長はヤクザの息子らしいので、この祭りの関係者として入り込んでいるのだろう。


「立花も良いなっ!?」

「あっ・・・あぁ・・・」


 俺はなんとかそう声を振り絞る事しか出来なかった。

 番長はハッキリ言ってかなり怖い。ゲームではデート中に主人公に襲い掛かって来て撃退されるヤラれキャラだけど、実際の番長は足がすくみ上がるほど厳つく眼光が鋭い。2、3人殺した事があると言われても誰も変だと思わないだろう。


「去れ!」

「ひぃっ!」


 俺と川上は権田に睨まれたため、神社の奥に向かう人の波に逆らって逃げるしかなかった。

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