IF92話 薔薇
「お兄ちゃん、高校ってこんなに宿題が多いものなの?」
「中学校に比べたらそうだろ」
あぁ、1年の時は、1学期の中間テスト明けぐらいから課題を増やしてくる先生が多くなる。それまでは高校という環境に慣れさせるための期間で、中間テスト明けを分岐点にしていると言われていた。
シオリはその一気に増えた課題に面食らって五月病のような状態になっているらしい。
「お兄ちゃんやカオリちゃんが楽しそうにしていたからもっと余裕かと思ってたよ」
「カオリは天才だからな。俺はカオリに追いつこうとしているから、この程度乗り越えるのは覚悟の上って感じだよ」
「そっかぁ・・・」
慣れてしまえば大丈夫になるんだけどな。まぁ最初に面食らうのは俺も経験者だから良く分かる。
「何だ、行き詰っているのか?」
「うん、私勉強出来る方だと思ってたけど違ったんだよ・・・」
「なるほど・・・」
中学校ではシオリは学年で30位を下回った事は無かった。しかし中間テストで205位と学校で下位の方に位置している事を知ってしまっていた。俺も中学校では20位前後で、高校最初の中間テストでは150位代と一気に下がった。別に勉強を怠けて下がった訳では無い。ただ中学校とは全然生徒の平均レベルが違う高校に入っただけの事だ。
「うちの学校で赤点ギリギリでも姉妹校では平均以上らしいぞ」
「うん、カオリちゃんから聞いてる」
「同じく200位台だったユイの兄貴が、姉妹校ではテストの点数が良くて「ガリ勉」ってあだ名付けられてたらしいぞ」
「そうなんだ・・・」
須藤から聞いた話なので、真偽までは確かめていないけどな。
「勉強ばかりで嫌になったのか?」
「ちょっとだけ・・・」
シオリはもしかして俺と違って高校で伸びるタイプでは無いのかな?
「姉妹校に編入っていうのも出来るかもしれないぞ?」
「それは嫌だな・・・リュウタさんに合わせる顔が無い・・・」
「そうか・・・」
権田はそんな事でシオリを嫌うような奴では無いと思うけど、シオリがそれを恐れる気持ちは俺も成績を落としてカオリに嫌われないか恐れている立場だから気持ちは分かるな。
「最近権田に会っているか?」
「道場には通っているよ」
「それ以外は?」
「中間テスト前に喫茶店でたまたま会ったのが最後・・・」
「なるほど・・・」
シオリには気分転換が必要になっている気がする。1番元気になる権田との交流が課題の消化に追われて減っているのが理由かもしれない。
「残ってる宿題を持って来な。教えながら全部埋めてやるからさ。そして時間がある時権田に会いに行って来いよ」
「良いの?」
「元気が無くなっているのは権田と話す余裕が無くなっているからじゃないか?」
「そうなのかな?」
「俺もカオリという目標がなければ頑張れなかったしな。シオリは俺の妹だし、そういう所が似ているかもしれないぞ?」
「お兄ちゃん、サクラちゃんではやる気出ないの?」
「サクラが俺が好きな理由が分からない。ブサイクって言われた事もあるしな」
「うーん・・・」
虚ろ気味だったシオリの目に少し力が入って来るのが分かった。
「そんな事より早く終わらせよう」
「うん」
入って来たより元気な足取りで俺の部屋から出ていった。
「権田にも相談しておくか・・・」
権田は自分からシオリに会いに来た事は多分無いと思う。立場がそうさせているのか、ただ単に俺達家族に遠慮しているのか不明だけど、シオリのために、もう少し権田の方から積極的になって欲しい気がする。
「お兄ちゃん、持ってきた」
「結構溜まってるな」
「うん」
「じゃあ1つづつ説明しながら埋めていくからな、元気になったら抜けが無いように見返すんだぞ?」
「うん」
シオリの将来の夢は変わっていなければ旅客機のパイロットになる事だ。シオリは、俺やカオリと英会話教室に通っている時にそう言い始め、カオリが五輪代表候補を言われるようになった時には、「カオリお姉ちゃんを乗せて世界中を飛び回る!」と言っていた。パイロットになるには、航空大学に受験してそこでパイロット養成を受けて旅客航空会社に就職するのが一番良いとされていた。他にも日本軍に入隊してパイロット養成を受けて、退官後に旅客航空会社に入社する方法があるけれど、旅客航空会社に少数ながら女性パイロットはいるけれど、日本軍には女性の任官というものは無いらしく現実的では無いらしい。
航空大学は全国に何カ所かあるけれど、一番近いのは武蔵府にあるキャンパスになる。下手な国立大学よりも倍率が高いので勉強を頑張らないと通る事は難しい。この程度で躓くようでは、その夢は叶わないだろう。
△△△
翌日の権田に電話をして開店前の「竜頭」でシオリの事について話をする事になった。
「・・・という感じで、シオリに元気が無いんだ
「なんか元気が無いような気はしていた・・・、何かあるのかと聞いては見たが「大丈夫」と言うから信じてしまったな」
「「大丈夫」とか「平気」だと言って無理する奴はいるからな。シオリもそんなタイプだぞ」
「そうか・・・」
「それで権田にはシオリを元気づけてやって欲しいんだ」
「何をすれば良いんだ?」
「俺は権田側からシオリに接触する事が少ない気がしているな」
「そうかもしれねぇ・・・」
「男側からも愛情を示してやらないと女側は元気を失うものだぞ?」
「そうか・・・」
「あぁ、特にシオリは愛情表現が多めな親父や、マサヨシさんを見て育っているからな。だからあまりそっけなくすると自分は愛されていないのかと思って自信を失ってしまうと思うぞ」
「それは良くねぇな・・・でもどうしたらいいのか分からねぇ」
「権田の家では両親は仲良くして無いのか?」
「・・・俺の前で仲良くしている様子は見ないな」
「そうなのか?」
「あぁ・・・後妻だからかもしれねぇ」
「・・・そうだったのか?」
「あぁ・・・」
どうやら普通では無い権田の家は、少し複雑な家庭でもあったようだ。
「この前の旅行でうちの両親の様子は覚えているか?」
「あぁ」
「どんな感じに見えていた?」
「いつも連れ合いを気にかけているように見えたな」
「あぁ・・・それからやってみたらどうだ?」
「・・・考えてみる・・・」
これで少しはシオリの心が楽になるといいな。まぁそれでもダメなら、俺の方でシオリの気分転換を考えないといけないな。
△△△
権田に会った翌日、部活が終わりに家に帰ると家の中から微かに甘い匂いがただよっていた。
「ただいま」
「お兄ちゃん見て! リュウタさんから薔薇の花束もらっちゃった!」
「すごい大きな花束だな」
「うん、道場から持って帰るのが大変だろうって、リュウタさんが家まで送ってくれたんだ~」
「それは良かったな」
「うんっ!」
シオリが両手で抱えるぐらいに大きな薔薇の花束をもっていて、お袋が薔薇を花瓶に生けるための準備をしていた。どうやら権田はシオリにやってくれたようだ。ちょっと庶民では思いつかない方法だが、シオリは大喜びしているので大成功と言えるだろう。
「私もこんなロマンチックなプレゼントを貰いたいわ」
「親父にお願いしてみたら?」
「家のお財布から出ると思うと勿体ないと思っちゃうのよね・・・」
「なるほど・・・」
うちの大蔵大臣は堅実派らしい。
「たまに一輪贈られるとかなら余り影響は無いんじゃ無い?」
「確かにそうね・・・」
よし、今日帰って来た親父に「お袋が一輪の薔薇が欲しいって言ってたぞ」と伝えておこう。一昨日から始まった親父の灰皿飯が短期間で終わるかもしれないからな。
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