IF88話 理論整然(マコト視点)
「ふーん・・・そんな世界から来たんだ」
「信じるのか?」
「半信半疑ではあるね、でも急に説明しだしたにしては理論整然としているし、田中君が平気で嘘をつくタイプではない事は知っているからね。もしそれが嘘だったら田中君は稀代の詐欺師になれると思うよ」
「そうか・・・」
田中君はホッとした顔をしていた。突拍子もない話で信じて貰えるのか不安だったのだろう。
田中君は前世の記憶があるらしい。そして前世は鎌倉時代から少しづつズレたパラレルワールドだったようだ。こういった人の事例は世界中に結構あるようで、各国の諜報機関の資料の中で散見される。
こういった情報には時々諜報員を惑わすためのブラフが仕込まれている事があるけれど、正直過ぎる田中君の目から、田中君がそれを信じている事は分かった。
「でも核爆弾が落とされて無条件降伏した日本か・・・それは想像しにくいね・・・」
「思ったよりうまくいっていたぞ。軍事的な大部分をアメリカに依存出来ている分、経済に金を回せていたからな。ただ世界第2位の経済大国にはなったけど、外圧に弱くてな。アメリカのポチと揶揄されるぐらい弱腰外交を続けて、周辺国からも舐められてた。ただ、アメリカも、自国以外の経済超大国が勃興してくると、戦前の中立政策に戻って世界のバランサー的な役割を放棄していって、アメリカのポチで成り立っていた日本の外交がかなり困難になっていってたな」
「そうなんだ・・・、こっちとは随分と違うね・・・」
アメリカの傀儡のようになってしまった日本なのに幸せと言うのはなかなか納得できない。アメリカがその経済力で傀儡にしている国は多いけど、その殆どが軍事独裁政権になって国民に貧困を強いているからだ。
「そういった工作は、どちらかというと英国の方が酷いって言われてたな。世界の民族対立の8割が英国によってつくられてるってさ」
「そうなんだ・・・」
英国は確かに諜報機関が優れている。けれど田中君の話す陰謀渦巻く英国と違い、こっち英国は表向きは尊王と騎士道精神を前面に押し出した政策をとっている。
英国は大航海時代にイスパニアの無敵艦隊との海戦に勝利し、その後起こった産業革命により一気に国力を増して世界一の海洋国家として覇を唱えた。しかし、急速に発展した植民地だったアメリカに独立され、アヘン貿易に端を発した大清帝国との海戦に敗北し、大清帝国の介入により植民地だった印度にも独立されて国家が混乱。その後さらにアフリカやアジアにあった多くの植民地を他の列強国の介入により失って大量の餓死者を出すほど経済が壊滅した。
2回の欧州大戦において存在感は発揮できなかったものの、国家総動員による戦争では無く騎士道精神にのっとった争いで決するべきだと甘い事を言い続けながら中立を保った事と、海を隔てられていた地政学的な優位性により、他国の軍の駐屯はありつつも侵略を受ける事はなく、国家を焼かずに済んだ。そのため欧州本土の戦後復興に際には巨大な富を得る事が出来て現在の経済大国としての地位を確立した。
英国はその漁夫の利的なズルい国というイメージを払しょくするために、騎士道を掲げ続けた紳士の国だと吹聴し、自国を美化し続けている。
戦後復興しつつも、敗戦国としてアジアからは孤立していた日本に、「尊皇と武士道がある東の兄弟」と言って近づいて来たのも、欧州本土との関係があまり良くないためだったと言われている。
「だから社会科は前世の記憶が邪魔して少し苦手なんだよ」
「田中君の社会科の答案に時々奇抜な間違いがあるのはそれが理由なんだ」
「何で知ってるんだよ!」
「ふふふ・・・」
放送部の用事で職員室に行った時にたまたま採点中で見ただけだけどね。ハッキングでそんな事が出来る訳ないでしょ?パソコンに入力されない答案内容なんかは盗めないんだよ?
「田中君って、パラレルワールドだけど、少し先の未来から来たんだよね?」
「あぁ」
「情報を国家権力に邪魔される事もなく国民に知らせる方法を知らない?」
「・・・インターネットかな・・・」
「ハッキングして情報をバラまいていくの?」
「いや・・・最近科学部がパソコン使って情報を発信をしているだろ?」
「あの面白い実験の事?でも見る人が少なすぎるよ?1年でたった2万人だよ?」
「俺のいた時代は、誰もが手に持ち運べる大きさのパソコンを持っていて、それを使い、その場で撮影した映像を世界中に発信できていたんだ」
「えっ?」
「だから国民がメディアから情報を得る割合がかなり減っていて、テレビを持たない人もいたぐらいだったよ」
「えっ?テレビってそうなるの?」
テレビという娯楽が無くても大丈夫な世界が想像出来ない。じゃあ私がなろうと思ってるアナウンサーはどうなるの?テレビ業界で偉くなって発信力を増してやろうという計画は?
「そういった動画を集めている業者みたいなのがいて、それに広告を付けるんだ。中にはテレビに出ている芸能人よりも有名人になっている人もいたぞ」
「・・・それってどれぐらい先の話?」
「原発でメルトダウンを起こす大きな津波被害があった2011年の3月には、既に素人が撮影した津波の映像が配信されていたな」
「えっ?たった15年後?」
「あぁ、それぐらい発展は早かったぞ。だから法整備が追い付いていなくて無法地帯という感じだった」
「信じられない・・・」
田中君が話しているのは近未来のSFの話だ。本当にあるかのように話す田中君を見て私もそれが真実だと思う割合がかなり高くなっていた。
「まぁ、無法地帯だからこそ、下手に情報を流した人が叩かれていたよ」
「えっ?」
「例えば回転寿司の醤油さしを舐めた動画を出した人が、店から損害賠償を請求されていたな」
「えっ?それだけで?」
「その動画が沢山の人に見られて、お店のイメージが落ちちゃったんだよ」
「・・・なるほど・・・」
イタズラのせいで、お店に汚いってイメージが着いちゃうのか・・・それは経営者からみたらたまらないね。
「誰もがそういう放送機器を持っている状態だからな、街で下手な事をすると、それが撮られて配信されてしまう事もあるんだよ。右側通行で自転車を走った人とか、横断歩道で一時停止をしなかった車とかね」
「それぐらいで?」
「あぁ・・・だけどそういった小さい犯罪が大勢に見られて晒される事が当たり前になって、本当の悪い事が逆に目立たなくなってしまうという弊害もあったかな」
「そんな世界になるんだ・・・」
「家の前に監視カメラがあるのは当たり前、車が常に車窓を撮影するのは当たり前だったからね、だからショッピング街に監視カメラをつけることを議会が反対したって聞いて、そのうちそんなものを誰も気にしなくなるのにって思ってたよ」
「そっか、人の数だけ監視カメラがある世界になるんだ」
「あぁ、だから警察は街角で起きた事件の犯人を特定するのがとても早くなってたよ」
「えっ?警察がそれを監視しているの?」
「いや、常に監視はしていないよ、偶然映像を撮った人を探すんだ。絶対数が多いからかなり集まるようになってるんだよ」
「そうなんだ・・・」
一つ間違えると相互に監視し合う密告社会になりそうだ。
「そんな日本で息苦しく無かったの?」
「税金は高いなとは思ったけれど、俺は抑圧されてるとまでは思って無かったな。周囲にカメラがあっても、恥じることが無い生き方が出来るなら気にする必要はない訳だしな」
「そっか・・・」
前世の田中君も今の田中君のように真っ直ぐに前を向いて生きたという事なのかな。
「あれ?真田さんと話し込んでたの?」
「ケンタ、遅かったな」
「弟の事をよろしくって言ってたんだよ、坂城くんもよろしくね」
「うん、僕こそよろしくだね」
田中君はこの話を周囲にしていないようだし、話を切り上げる事にした。
「俺は先に走り込みしてるぞ」
「うん先に練習しててよ」
「私も言うことは言ったから帰るね」
「あぁ」
「さようなら」
「またね」
私は田中君と坂城君別れを告げて校庭から少し速足で校舎に向かった。すぐにマモルに会って、田中君の話していた誰もが動画を配信するという社会について話したかったからだ。
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