IF86話 こじつけ過ぎ

 始業式の日は時間割と教科書の配布があるだけで終わりすぐに放課後になる。俺は部活が始まる前に科学部の部室に来ていた。以前、特性催涙スプレーの件について科学部の涼宮に相談した際に、自身の人体実験に協力しろと言われていて、時々呼び出されるようになっていたからだ。

 

 カオリやオルカは冬場のシーズンに入り、放課後は県営プールに行くことが多くなっていたし、ケンタは美術室に寄ってから部活をする事が多いので、少し時間を潰した方が一緒に練習を始められて都合が良いと思って了承していた。

 人体実験とはいえ、体に害が無いもので、将来水泳の国際大会に出る事を考え、ドーピングに引っ掛からない範囲でというものにして貰っている。今の所、催涙スプレーを浴びろとか、そういった危険そうな実験台にされる様子はないので安心している。


「涼宮に匹敵しそうな天才少年がいるぞ」

「へぇ・・・」


 涼宮はいつも助手が欲しいと言っていた。

 マッドサイエンティストと快楽主義者という組み合わせは危険な気がするけれど、そろそろ夏シーズンに入り、放課後に涼宮の実験に付き合う事が難しくなってくるので、別の奴に交代させたいと思っていた。


「それで、その天才少年とはだれ?」

「同じクラスの真田マモルだな。」

「もしかして放送部の真田さんの弟さん?」

「顔見知りか?」

「いいえ、でもなんかあなたの周りで怪しい動きしていたから気になっていたのよ。弟さんというのはあくまで予測ね」

「怪しい動きとは?」

「扇動っていうのかしら?他人の感情を煽って騒ぎを起こしていたのよ」

「なるほど・・・」


 気がついていたなら教えてくれよと思うけれど、涼宮は興味が無い事は無視する性格なので、それを言ってもつまらなそうな顔をするだけだろう。


「気が付いてたのかしら?」

「一応な。最近あちらから接触があって、もう干渉しないと言われてはいたんだが、弟が俺に近づいて来たから怪しいとは思っている」

「そんな怪しい相手を私に押し付ける気かしら?」

「そう言いながら愉快そうな顔してるじゃ無いか」

「えぇ、興味深い相手ではあるわ」

「そうか・・・」


 涼宮は興味がある事に遭遇すると邪悪そうな笑みを浮かべるから分かりやすいんだよな。倫理観は壊れているくせに実験中に俺の体をちゃんと気遣うし、身内と思った奴には甘くなるので、悪い奴ではないんだがな。


「それで今日の実験は何なんだ?部活はあるから遅くまでが付き合えないけどそれまでなら付き合うぞ」

「今日は特に無いわ」

「じゃあ何で呼び出したんだよ」


 用事が無いなら呼び出しに応じず、カオリと一緒にシオリの学校案内に行けば良かった。


「春休みの間で、今井さんの絵について興味深い事が分かったから教えようと思ったのよ」

「今井の絵?」

「えぇ、文化祭の日に美術室で告白騒ぎがあったって聞いた事あるでしょ?」

「あぁ、あれか。俺も遭遇してるぞ」


 依田がオルカに告白した場所に居合わせたからな。


「それで調べてたんだけど、その時は特におかしなものは発見されなかったのよ」

「あぁ、たまたま1人が告白して成功した事で、集団催眠の様なものが続いたんだろうと言われているな。まぁ実際遭遇した立場からすると、そんな感じでは無かったけどな」


 俺や依田がカオリとオルカと共に美術室に行った時には、誰かが告白して成功したなんて話は知らなかった。しかし依田は今井の前衛的な絵を見たあと急にオルカに告白していた。つまり誰かの影響を受けて依田がオルカに告白した訳ではないのだ。


「美術部の人が、今井さんの絵が怪しいといっていたからそれを調べてみたのだけど、使われている画材は学校近くの文具店で仕入れたもので、描かれていたのは学校の窓から見える風景だった」

「あれが風景?」

「えぇ」

「俺には色覚試験の模様かと思うぐらいグチャグチャなものにしか見えないな」

「今井さんが色覚は人とは違うの。彼女は見え過ぎているのよ」

「見え過ぎている?」

「えぇ・・・同じ赤でも色々な赤があるのは分かるでしょ?」

「まぁそれぐらいは・・・」

「彼女は私が同じ色にしか見えない100個の赤を13種類、緑を22種類、青を34種類に分けられたわ、可視光域から少し離れた赤外線と紫外線も見えてるわね。その視点で絵を画像解析してフィルタにかけたら非常に綺麗な風景画が現れたわ」

「つまり今井の目で見ているものが俺達は見えていないから理解出来ないだけって事か」

「そういう事ね」


 ケンタは今井の絵を綺麗だと言っているけれど、それは今井に近い色覚を持っているからか。


「その通常では見えない部分に思考を誘導する効果があるのかと思って、両想いなのに告白をせずウジウジしているカップルに見せたけど何の反応も起きなかったわ」

「そんな事をしてたのか・・・」

「でも今井さんが最近描きあげた坂城君の肖像画には、同じ効果がある事が確認されたの」


 そういえばケンタは花見の日に今井の家で絵のモデルをするから行けないって言ってたな。肖像画のモデルをしていたのか。


「どうやって確認したんだ?」

「同じカップルに見せたのよ」

「告白が起きたのか」

「えぇ・・・ただサンプル数が1例と少な過ぎるから確定ではないわ」

「なるほど・・・でも文化祭の時の風景画では起こらなかったんだよな?」

「えぇ・・・、文化祭の絵には効果が薄かったか、時間と共に画材が劣化して効果を失ったか・・・、同じカップルでは実験出来ないからその辺は分からないわね」

「なるほど・・・」


 既に告白し終えてしまったカップルでは、効果は確かめられ無いもんな。


「何でそんな効果があるんだ?」

「少しオカルト的な話になるけど・・・いい?」

「科学オタクの涼宮がオカルト的な話が出るなんて違和感あるぞ」

「オカルト的なものも、観測によって科学的な現象だと分かる事もあるのよ。妖怪だと思われていた不知火が、蜃気楼現象によって見える漁火だって分かったのよ?」

「なるほど・・・オカルトだとしても馬鹿に出来ない訳か・・・」

「随分と頭が柔軟なのね」

「素粒子は幽霊のようなものだって涼宮が言ってたのを覚えていたからな」

「なるほど・・・」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花じゃないけれど、観測出来てしまえば既知の存在として認識されてしまう事があるからな。

 前世でも狂牛病騒ぎというものあって、スーパーでの店長研修で狂牛病というものの説明があり、それがプリオンというたんぱく質という今まで知られていなかった原因による病だと教えられた。類似の病が呪いだと思われていた事もあったそうだ。


「それでどんなオカルトなんだ?」

「今井さんは絵を描いている時に、勇気が無くて坂城君に告白できないと考えていたそうなの。つまり、坂城君から告白してくれないかなって思っていて、その気持ちが絵を見た人に伝わったと考えると説明がつくのよ」

「すごく曖昧な理由だな」

「中世フランスで、演奏中に観客の脳裏に一斉に指揮者の故郷の景色が浮かんだという事件があったのは知ってる?」

「それってオカルト雑誌に良く書かれるけど、集団催眠という説が有力な奴だろ?」

「えぇ、でもそれがオカルトの方が正しくて、指揮者の気持ちが客に伝わるのと同じ様に、優れた芸術家の絵にも同じ効果があるのなら、説明がつくでしょ?」

「こじつけ過ぎてる気がするが・・・」


 ゲームのデート中に不良に絡まれるイベントでは、今井は「呪いの肖像」という相手の肖像画を描いて相手を麻痺させるという変な必殺技を使っていた。かなりオカルトチックだけど、今井の絵に特別な力があると言われればそれと辻褄があいはする。

 

 主人公も部活によって別々の必殺技を覚える事が出来る。水泳部だと「大海嘯」という相手を波で押し流す技だ。なんか自分が溺れ死んだ状況と重なって嫌な必殺技であるため考えないようにしているけれど、本当に使えるようになったりしないよな?

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