IF83話 愉快な事じゃねぇか(親分視点)

「親父、頼みがある」

「何だ、珍しいな」

「田中と兄弟盃を交わしてぇ」

「・・・何があった・・・」


 リュウタが珍しく儂にお願いしに来たと思ったら、田中と兄弟盃を交わしたいと言い出した。リュウタはシオリ嬢ちゃんといい関係なので、そのまま過ごせば田中は義兄となる。

 けれど儂らの世界ではそういった義理の関係は、兄弟盃を交わす義兄弟よりずっと軽い関係になる。兄弟盃を交わすというのは夫婦の契りに等しいもので、時には実の兄弟との関係よりも強い意味を持つ事がある。


「奴の器の大きさは親父が言った通りデカいと感じた、俺が奴を欲しいなんて烏滸がましい考えだった」

「・・・そうか・・・お前も田中に何かを感じたのか・・・」

「喧嘩なら多分負けねぇ、立ち合いでケンヤに勝った事はねぇと言ってたしな。でもケンヤは田中は怖ぇと言っていた。俺はケンヤを従えられてねぇ。多分そういう事だ」

「田中なら従えられるって事か?」

「田中は奴らを従えてねぇ、ダチなんだよ」

「ダチか・・・」


 儂らの世界にいると得にくいものだ。背負うものが沢山あり過ぎて、親しくし過ぎると足枷を増やす事になる。それに、親しいものでも時には切り捨てる事がある儂らは、必然的に相手と距離を置いてしまう。


「俺が奴に勝っても、田中の周りにいる奴に俺は負けさせられると思った。田中の周りにいる奴は自然と笑顔になるんだ。酒で仮初めの笑いなんて不要なんだよ」

「そういう奴か・・・」


 確かに田中の周りには良い駒が大勢いる。リュウタだって木下や石川など得難い駒を持っている。でも奴らは臣下であってダチじゃねぇ、どうしても間に緊張が発生しちまって底抜けには笑いあえねぇ。


「俺はただ俺が与えられるものを与えるだけだった」

「それじゃダメなのか?」

「田中は「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける」と俺に言いやがった」

「老子の格言だな」

「親父も知っている言葉なのか?」

「あぁ・・・」


 儂らは自身に反抗的な奴を力で無理やりねじ伏せたあと、自身の大きな背中を見せて相手を魅了し従える。儂を見てきたリュウタも同じように木下や石川を従えた。

 木下や石川のように、元から大きな背中を持っている奴は大きなカリスマへと育つ。けれど、そういうものを持ってないやつは、リュウタの背中を見ても猿真似をするだけで、ただのチンピラのようになり下がってしまう。

 それを田中の奴が、老子の言葉をリュウタに突き付けて、リュウタのやりようをズバッと切り捨てたという訳だ。山岡が言う「伊闕の鯉」って奴はガキのくせにこんな事が出来やがるんだな。すげぇもんだ。


「俺はシオリを通しての繋がりだけじゃなく、直接田中と繋がりが貰いてぇ」

「・・・分かった・・・」

「五分五分と言いてぇが、俺の5厘下りが精々だ、田中に四分六だって言われても俺は否定出来ねぇ」

「田中はまだそんな仕組みを知らねぇぞ。五分五分で良いじゃねぇか」

「そんなの俺が俺を許せねぇ!」


 そこまでのものを感じたのか。儂はリュウタにそこまでのものを感じさせた事があったのだろうか。リュウタの成長を喜ばしく思う気持ちと、田中に嫉妬する気持ちの両方を感じちまうな。


「5厘下りにしろ、四分六は田中の方に大きな負担が行く。権田っていうのはそういうものだ」

「分かった・・・」


 くそっ! リュウタがめちゃくちゃ素直になってやがる。かすかに感じていた反抗の兆しが完全に消えちまってる。予想以上に大きくリュウタの鼻を折りやがって。むしろリュウタに自信をつけさせ、鼻を伸ばさねぇといけねぇじゃねぇか。

 手っ取り早いのは女だが・・・そうか・・・女か・・・。


「シオリの嬢ちゃんを婚約者にしろ。それが出来れば兄妹盃を準備出来るかもしれねぇ。将来の義兄にリュウタが5厘譲っちまったと周囲に説明出来るからな」

「分かった・・・」


 リュウタの奴は儂と違って女に奥手らしい。シオリの嬢ちゃんもリュウタに押しかけた感じだったそうだ。まさかそれが儂の街にある田宮道場で秘蔵っ子と呼ばれている小娘とは思わなかったがな。

 リュウタもシオリの嬢ちゃんから女を教えて貰えば、少しは自信になるだろ。


「あと儂が良いというまで田中には直接接触するな。もし向こうから連絡があったら儂に確認を取ってから会うようにしろ」

「分かった・・・」


 リュウタの嫁にはそれなりの家格が必要だ。だから儂はシオリの嬢ちゃんを妾か側室でと考えていた。ただリュウタはシオリの嬢ちゃんに惚れ込み過ぎている。妾や側室にべた惚れて正室を蔑ろにした場合、相手との関係が悪化しかねねぇ。だから権田の分家である現田を復興させシオリの嬢ちゃんを養女にしようと思っていた。現田は権田の分家とはいえ、現田なら儂のシマである白川だけで事が済むし、戸籍を弄るのも訳ないからな。


 ただ、田中をリュウタの五厘下りの義兄弟にするならもっと上の格が必要になる。田中は綾瀬の嬢ちゃんの婚約者なので、田宮の養女にして、田中を婿にするって筋が一番無理なく引き込めるが、そんなんじゃリュウタの5厘上には全然届かねぇ。婿って言うのは軽く見られるもんだ。

 断絶している現田なら当主にする事も出来るが、権田の分家のしかも同年生まれの奴が、本家である権田の嫡男より上っていうのは筋が通らねぇ。

 田中が田宮の分家の出なら田宮の婿だが将来の当主という事に出来るが、それでもギリギリだ。田宮の嫡男でもリュウタの5厘上っていうのは荷が重ぇんだ。義兄弟が儂の街での抗争で獅子奮迅の働きを見せるまで、儂との五分の盃も色々言われてたぐらいだ。田宮は大きい力を持つが、家格自体はそんなに高くねぇんだ。


△△△


 リュウタとの話を山岡にしたが、出て来たのは突拍子もねぇ話だった。


「宗像を贈られてはどうでしょう?」

「宗像?戦国時代に断絶してる家じゃねぇか。随分と古い家を持ち出したな」


 宗像家とはかつて筑前で一大勢力を築いた豪族だ。歴史も深く家格も高ぇ。

 元々神事を扱う家で公家に近かったが、平安時代に藤原、源、平、橘の4家が隆盛を極めたころ武家化した。そして戦国時代に戦国大名として名乗りをあげたが当主が討ち死にし滅亡しちまったそうだ。そのため、小早川、草苅、細川に嫁いだ娘がいるとされるが、宗像家自体は絶えちまってる。


 宗像家は祭事を扱う先人であり、権田家が権現様を祀る家になった頃に、宗像についても調べて参考にしている。ただ権田家は祭事を口伝により伝えて来たため、大戦時に当時の権田の嫡男の死と当主の病死が重なり多くが失われちまった。

 山岡は、先代から儂の家に残された歴代当主の書きつけを解読し、失われた祭事の形式をなんとか整えた家臣の出なので、宗像の事を知っていたらしい。


「田中様の母堂は宗像殿の御息女が嫁いだ小早川家の遠縁です」

「・・・田中の祖は西日本なのか?」

「尊父もです、ただそちらは代々農民でした」


 儂らは源家を祖としている朝臣だ。同じく朝臣であった宗像は家格としては申し分ねぇ、田中を当主にしてシオリ嬢ちゃんもその家に押し込めば、両方の家格の件に片が付く。


「・・・ちょっと考えさせてくれ、さすがに宗像は儂らと縁が遠すぎる」

「分かりました」 


 ただ、宗像は遠すぎて儂でも理解が及ばねぇ所がある。西日本の事は義兄弟の方が詳しいかもしれねぇ、本来は宮内の方が詳しい筈だし、義兄弟の家の方が近いだろう。


△△△


「田中は華族になりてぇと思ったりするか?」

「えっ!?華族ですか?」


 なんだその反応。まるで胸の内を読まれた奴みてぇな反応しやがんな。


「もしかしてカオリを田宮本家の養女にして私を婿にするって話ですか?」

「あぁ・・・そっちの方を考えていたのか」


 勘違いしちまった。綾瀬の嬢ちゃん経由で田宮の家の事を聞いていたのか。


「田中の母親の旧姓は小早川だよな?」

「えぇそうですが」

「実は田中の母親は、戦国時代に絶えた宗像っていう家の末裔なんだよ」

「宗像というと宗像大社に関係する家ですか?」

「宗像大社を知ってるのか。そうだ、あそこの大宮司を祖とする家だな」


 宗像をある程度知ってるみてぇだな。父親が筑前の出だというし、縁があったのかもしれねぇ。それとも母親の実家である小早川伝いで何か知っていたか?


「えっと・・・、でも戦国時代に絶えてるんですよね?」

「あぁ・・・だからその家を田中を当主にして再興しようって話があんだよ」

「・・・何故ですか?」

「まず・・・大戦で多くの華族が当主を含めて死に、絶対数が減ってんだ」

「聞いた事があります・・・」


 まぁこの辺の事は、大戦の敗北により皇家や将軍家が求心力を失わないよう、国の為に戦った尊敬されるべき存在だと喧伝し続けたプロパガンダの1つだからな。平民である田中も知っているだろう。


「それで絶えた家を再興しようって事になってるんだが、ろくでもねぇ奴を当主に据えたら華族ってものの全体の格が下がっちまう。だから実績と人格が伴った末裔が出てきたらそいつを当主にしようって事になってんだ」

「私に実績があるとは思えませんが・・・」

「まぁそうだな・・・でもなって貰いてぇと思ってる」

「何故ですか?」

「田中には格が必要だと思うからだ」

「私に格ですか・・・」


 格というのは一定以上の権力者には重要なものだが、一般に暮らしていく分には足枷になりかねねぇものだ。田中が怪訝そうにするのも当然だろう。


「田中は将来リュウタの義兄になるだろ」

「そうなりそうですね・・・」

「それはだたの平民がなれるもんじゃねぇんだ・・・権田っていうのはそういう家だ」

「・・・そうなんですか・・・」


 儂は田中を宗像にしなければならない理由を、少し誤魔化して説明した。


「これは田中の将来性を買って言ってる部分がある。だから田中に芽が出ねぇなら宗像の話は消える」

「実績とは何ですか?」

「政治、経済、工業、芸能、武道、スポーツ何でも良いな。そこで実績をあげる事だ。ただ人格も見られるから犯罪者と馬鹿は駄目だ」


 成金が、周囲から馬鹿にされないよう、断絶した家の管理をしている家に金を積んでなるっちまう場合もあるけどな。平民でも、数代遡ればどこかの公家や武家に近い奴に当たるもんだ。家系図にちょいっと細工して貰えば末裔になれちまうものだったりする。


「例えば水泳でオリンピックに出るとかは?」

「足りねぇ、国家の栄誉レベルが必要だ」

「つまりメダリストになれと」

「そうだな・・・宗像だとそれぐらい必要になる・・・」

「なるほど・・・」


 なんだ・・・無理だって言ったら下駄を履かせてでも叶えなきゃならねぇと思ってたが、随分とギラついた目をしやがるな。


「政治とはどの程度?」

「国務大臣になるぐらいだな」

「経済は?」

「起業して一部上場するぐらいだな」

「工業は?」

「誰もが認める発明をするぐらいだな」

「芸能は?」

「国際的な栄誉がある賞を日本人初で取るとかだな」

「武道は?」

「門下生1000人以上の流派の長になるぐらいだな」

「なるほど・・・」


 かなり無茶な事を言ってみたがまだギラついてやがるな。自信があるのか?


「私はカオリと並ぶ事を目標にしています。カオリは政治家になれば女性初の総理大臣になり、起業すれば日本一の社長になり、発明家になれば世界で賞賛されるものを発表し、歌手になれば世界を席巻すると私は思っています」

「・・・そうか・・・」


 なんだそのスーパーウーマンは。


「カオリは過去に暴力的に誘拐されそうになった経験から、荒事に弱い所があります。私はカオリの欠点といえばそれぐらいしか知りません」

「そうか・・・」


 田中はそんな嬢ちゃんの背中を追い続けていやがったのか・・・。錯覚かもしれねぇが、こんだけすげぇ目をさせられるんなら、嬢ちゃんも侮れねぇと思った方が良いな。


「2年後のオリンピックには私は届かないと思っています。けれど6年後のオリンピックまでにはカオリに並ぼうと思っていました。カオリが金メダルを取るのなら私も金メダルを取らないといけないと思っていたのです」

「そうか・・・」


 儂に言われなくても既に目標にしてやがったって事か・・・。


「これを口にしたのは初めてです。言ってしまうと驕っている様に思われると考えたからです」

「あぁ、大言雑言に聞こえるな」


 現在の田中の実力は国の代表にも程遠いものだ。最近成長著しいそうだがそれでも世界への出場権はそう簡単に得られるもんじゃねぇ。ましてやメダルは真の天才が努力しても運次第では届かねぐれぇ高ぇ壁だ。


「だから6年後、私がその目標を達成したら、宗像を下さい」

「田中は宗像が欲しいんだな?」

「はい、私には必要になります。カオリの婿で華族になるのではなく、自身の力でそれに足ると認められる必要があるんです」


 穏やかな顔のくせに何て目をしやがる。頭では無理だと思ってんのに、何故か期待しちまいそうになりやがる。これはすげぇカリスマだ。山岡が「伊闕の鯉」だと言うのも納得だ。


 儂も田中に賭けてみるか。山岡だけじゃなくリュウタも見込んだ男だ。それを見てから宗像を贈るならリスクはねぇ。すぐに盃を交わしたがってるリュウタはグズるだろうが6年なら待てるだろう。

 田中は儂が紫を贈った男だ。つまり儂が最初に見込んだ男って事になる。そんな奴が6年後に金メダルをぶら下げたら、儂が竜の子を拾って育てたんだと周囲に自慢出来る。すげぇ愉快な事じゃねぇか。

 田中周りの奴は自然に笑顔になるとリュウタは言った。儂も笑わせて貰おうじゃねぇか。

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