IF82話 軽い感触
花見は和気あいあいと進んだ。
会場にサクラと秋山が続けてやってきたあと、少し時間が空いてシオリとユイに呼ばれた依田とオルカがやって来た。その後、ジュンがケンヤ兄さんと一緒にやって来た。
ケンヤ兄さんは姉妹校に通っていたけど、今年卒業して日本軍の士官学校に入った人だ。高校では空手部に所属していて全国大会にも出場した凄腕で、俺は立ち合いで今まで1度も勝てた事は無い。
「ケンタは呼ばなかったの?」
「電話したけど、お友達の家に行ってるって言われたよ」
「もしかしてエリちゃんの家かな?」
「今井の家?」
「うん、ケンタに絵のモデルをして欲しいって頼んでたからさ」
「確かにケンタは均整の取れた体してるし絵のモデルに良いかもな」
「ヌードモデルじゃないと思うけど・・・」
「恋人同士なんだし良いんじゃ無いか?」
「破廉恥だよ・・・」
「芸術ってそういうものだろ?」
美術館に行くと裸婦の絵とか銅像とかが展示されてるけど、誰も破廉恥とは言わないよな?
「ケンヤ兄さんが来るとは思わなかったです」
「僕も権田君に誘われてたんだよ」
「学校の方は良いんですか?」
「本当は良くないけど許されたよ」
士官学校は1度入ると卒業までは私用での外出が許されないと聞いたことがある。許されたというのは権田が手を回したとかそういう奴だろう。
権田の仲間は余興をする奴や酔いつぶれて寝てしまう奴がいた。見た目のガラは悪いけど、酔ってクダを巻いて周囲に絡みだす奴は誰一人としていなかった。
ちなみに殆どが未成年なのに飲酒をしている奴が多かった。けれどそれを止める奴は誰もいなかった。ここで一番権限が強い権田が許しているので外部がどうこうする問題では無いと思っているのだろう。
権田の仲間たちは姉妹校の生徒が木下達を含め8人で、残りは高校どころか中学校にすらまともにに行っていない奴らが18人だった。親から見捨てられたとか親などいないと言っている奴らが多かった。けれど自動車整備工やとび職や溶接工や夜の店の呼び込みなどををしながら暮らしている奴が多いらしい。
仕事についていない奴も数人いた。親のスネを齧っている奴、少年院から出たばかりの奴、精神を病んで定職に就く事が難しい奴などだ。
共通しているのは権田を慕っている奴らだという事だった。権田は高いカリスマで彼らを惹き付けているようだった。
「僕らの高校にいるだけだったら、彼らに関わらず、眉をひそめて見て見ぬしたまま大人になっていただろうね」
「そうかもな・・・」
彼らとは、「竜頭」で出会う事が何度かあった。話を聞く限り、そういった境遇になっているきっかけは親によるネグレクトや虐待から始まっていた。社会と感覚がズレてしまい、そのギャップをなんとかしながら踏み外さないよう苦心している様子が伺えた。
ちなみに俺は権田の発言により、権田の義兄認定されてしまい、「田中の兄貴」と呼ばれ、カオリは「綾瀬の姐御」、シオリは「田中の姐御」と呼ばれるようになってしまった。殆どが年上だけどそういうものは関係ないらしい。
ちなみにサクラは、彼らには桜爺さんと桃爺さんの孫として知られていて、既に「桃姐さん」と呼ばれていた。
強い風が吹いて、どこからかスーパーのビニール袋が飛んで来た。公園に設置されているゴミ箱やそれと関係ない街灯の周りに花見客が置いて行ったゴミが捨てられていたので、そういう場所から飛んで来たのだろう。
「公園で綺麗な花を咲かせるのは、こういうゴミをここで捨てさせるためじゃないんだけどな・・・」
「マナーが悪い人が多いのね・・・」
「シャッターの落書きを減らせたみたいに、なんとか出来ないかな?」
「そうだなぁ・・・」
公園には清掃員がいて掃除をしてはいる。けれどこういったイベントで大量に人が来る日に対応できるような人数はいない。ゴミが散乱してしまうのは、清掃員が片付けられる速度より、ゴミが捨てられてしまう量が多いから起こってしまう事だった。
「権田の学校ではここでボランティア清掃をしているよな」
「あぁ、うちは停学とか言われても堪えない奴が多いからな。だからボランティア的な活動をさせる懲罰を課す事にしているな」
「なるほど・・・」
ゲームの3作目は姉妹校が舞台で、主人公は良く喧嘩をふっかけられるのだけど、実際に喧嘩してしまうと一定の割合で生徒会に捕まり城址公園でのボランティア清掃をさせられる。
その理由が停学では堪えない奴らが多いという事はゲームでも語られていなかったので、その背景を知って少し感動してしまった。
「そういった懲罰の清掃をこういったイベントの時にまとめてさせる様に出来ないかと思ってな」
「放課後に懲罰の清掃をさせるんじゃなく、長期休みの時にさせる感じか」
「あぁ・・・そしてその時に真面目な格好じゃ無く不良っぽい恰好をさせて清掃させてみるんだ」
「何でだ?」
「優しそうな奴が掃除しているより、怖そうな奴が掃除していた方が、捨てにくいだろ?それに不良みたいな奴を更生させてるって所が一目でわかるし、これだけの人手があれば多くの目に触れるだろ」
「なるほど、それは確かにそうかもな」
「普段の清掃については、権田の仲間で働けてない奴にして貰う事が出来ないか?公園管理ってサクラの爺さん達と同じように市の委託業務だろ?権田なら押し込む事が出来るんじゃないか?」
「まぁ出来るが・・・」
権田は俺の話を聞いて考えこんでしまった。酒が入っているようだし、難しい事を考えるのは大変かもしれない。
「・・・どうして田中があいつらの事を考えるんだ?」
「大陸の格言に、人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていけるというものがあるんだよ。俺には権田の仲間たちが釣り方を知らないで苦しんでいる奴に見えるし、権田は魚を与えているけれど、釣り方を教えていない様に見えるんだよ」
「・・・かもしれねぇ・・・」
器用な奴は見て覚えられる。だけど権田の周りにいるのは社会に馴染めない不器用な奴らだ。俺の背中を見て学べが通じるならこんなに不器用には生きていないだろう。
「権田は奴らに優しいから慕われている。だけど彼らの中には将来を不安に思っている奴がいるんじゃないか?」
「あぁ・・・いる・・・」
「綺麗な公園をより綺麗にしていく事が自活に繋がるのであれば、彼らの中に元気になる奴が出て来るんじゃないか?」
「そうかもしれねぇ・・・あぁ・・・その通りだ・・・」
権田が彼らを見る目は優しい。彼らの境遇に何か感じるものがあるのだろう。
「俺は権力は持ってないから彼らに何かできたりしない。だが力がある権田ならもっと出来るかもしれないぞ?」
「あぁ・・・俺が出来なくても親父が出来る。親父には俺なんかより頼もしい奴らがいっぱいついているからな」
「そうか・・・」
権田は何故か俺の顔をジッとみていた。そして俺から目線を外して「くそっ!」と言った。
どうやら俺は権田に説教臭い事を言ってしまったようだ。だけどそれは権田の琴線に触れたように思う。
「お兄ちゃん助けて!」
「何だ?」
「ユイが泣いている子を見つけたの。風船を木の高いところに引っ掛けちゃったんだって」
「届かないのか?」
「うん」
そういえばゲームでは、ユイと春の城址公園でデートすると、風船を木に引っかけて泣いている子が出て来るイベントがあった。確か運動パラメーターが高いと成功してユイの好感度がとても上がった筈だ。
「ジュン! 俺が肩車するから、風船を取って貰えないか?」
「俺っすか?」
ユイの好感度を上げるならユイと良い感じになっているジュンが適役だ。だけど残念ながらジュンはバスケ部にしては身長が低い。ただ器用さという意味ではとても優秀な奴だ、木に引っ掛かった風船を割らずに外すというミッションには適している。
身長の高さという意味ではユイの方が適役かもしれない。けれど今日はスカートをはいているので、俺の肩に乗せたら色々まずい事が起きてしまいかねない。
「丁度木の下にベンチがあるから、あそこに靴を脱いで立ってくれ」
「分かったっす」
ジュンが靴を脱いでベンチの上に立った事を確認すると、俺はベンチの前にしゃがんだ。
「俺の肩の上に足をのっけて立ってくれ」
「了解っす」
「じゃあ立つぞ? うまくバランスとれよ?」
「大丈夫っす」
ジュンは男にしては体重が軽いようで、簡単に俺は立ち上がる事が出来た。そして驚いた事にジュンは殆どバランスを崩す様子もなかった。
「俺がどっちに進めばいいか指示してくれ」
「10歩ほど前っす」
「了解」
「右に3歩と前に1歩お願いするっす」
「了解」
「ドンピシャっす・・・ちょっと待ってっす・・・掴んだっす!」
「じゃあベンチに戻るぞ、反対に振り向くからな」
「了解っす」
ぐるっと体を反転させたけど、ジュンの足から感じる重心の移動は殆ど感じなかった。ジュンが長距離の銃撃で殆どブレを生じさせない理由が何となく分かった。体幹のブレが無いのだろう。
「ベンチの前まで歩くぞ」
「了解っす」
「・・・よしベンチの前だな、しゃがむぞ」
「了解っす」
俺がしゃがんで掴んでいたジュンの足を離すと、ジュンは羽のように軽くひょいっといった感じでベンチに降りた。いったいどういう体幹をしたら、こんな軽い感触だけで肩から飛び降りられるのだろう。
「お兄ちゃん達ありがとう!」
「良かったっすね!」
「もう手から離さないようにな」
「うんっ!」
いつの間にか俺達の周りにギャラリーが出来ていて拍手をしていた。そんな中、女の子は「ありがとう!」と満面の笑みでジュンから風船を受け取り、シオリとユイに手を振りながら去っていった。
「可愛かったっすね」
「あぁ・・・」
「お兄ちゃんカッコよかった」
「ジュンさんも・・・」
「照れるっすね」
「俺は妹に言われてるだけだし照れないな」
どうせならカオリからカッコいいと言われたいものだ。
「やるじゃねぇか」
「カッコよかったわよ」
「うん・・・」
カオリにカッコいいと言われて大満足だ。でもサクラが俺を熱っぽく見ているのは色々マズい気がする。俺にはまだサクラを受け入れる大義名分が無いので、親父の会社のイメージキャラクターになっているカオリの醜聞になってしまうんではないかと思うからだ。
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