IF79話 間違えたって良いじゃない

 食事が終わり店を出ると、遠くに見える山頂に雪が残っている山々の間から日が昇って来る所だった。オレンジ色の空を横切っていく鳥が見えるが何だろう。雁にしては遅いから別の鳥だと思うけど。


「綺麗・・・」

「遠くの山から登る朝日なんて新鮮だな」

「そうね・・・」


 俺達の街の中でも、ビルの合間や家屋の隙間や海からと様々な朝日を見れるけど、遠くの山々から見える朝日を見られる箇所は無かった。それに山頂に雪が残ってる山から登る朝日というのはかなり新鮮だ。


 そんな朝日を見ていると、他の店で食事をしていた親父達が出て来た。親父とお袋とマサユキさんとハルカさんが出て来た。どうやら海鮮丼の店でシロエビ丼を食べて来たようだ。


「そうだ氷を貰って来よう」

「氷?」

「生ものが腐らないようにな」

「あっ・・・そうか・・・」


 漁港だと氷がいっぱいあるからどこかで手に入れようって事か。

 依田とオルカとジュンとユイが定食屋っぽい店から出て来て合流したので、みんなで車に乗り込み次の観光予定地に向かった。ドラマでは市内を走る路面電車が何度も登場するらしいので、それを見に行くためだ。


 距離に関係なく1回でいくらという制度らしいけれど、1日乗り放題になるチケットがあるのでそれで各自自由に観光するという事にしていた。親父やマサヨシさんが運転の連続で疲れていた事と、ハルカさんは元々あまり体力がある方では無いので、子供達同じペースで回るのは辛いからだそうだ。


「お母さんはどうするの?」

「この人についていくわよ、子供達だけで楽しんでいらっしゃい」

「分かった〜」


 お袋は元気そうだけど、親父についていくらしい。


 城址公園の駐車場に停めてそこで親父からチケットが配られた。いつの間に手に入れていたのだろう。


 チケットを確認すると越中県で名物である鱒寿司も食べれるものだった。

 どうやら親父はかなり事前に調べ準備をして来ていたらしい。


「じゃあ、お昼あとの3時まで自由時間にするよ」

「はーい」

「了解」

「了解っす」


 親父とお袋はマサヨシさんとハルカさんの4人で城址公園を見たあとスーパー銭湯に行くらしい。休憩にはとても良さそうなチョイスだった。


 路面電車を使うと、この街で有名な産業であるガラスをテーマにした美術館や、水墨画をテーマにした美術館、城址公園、国立大学、古い薬屋をモチーフにしたお店などが巡れるらしい。


「各々の組で回るのと、グループで回るのどっちが良い?」

「どっちでもいいっすよ」

「別々がいい!」

「別々が良いと思うわ、見たいものが違うもの」

「一緒に回ると決めちゃうと、はぐれた時が大変よ?」

「別々になっても、途中で合流して一緒に回っても良いんだし、自由だと決めた方が良いよ」

「路面電車も混み始めているし大人数は大変そうだよ」

「別れた方が良さそうだな」

「それもそうか・・・」


 という事で別々に別れて回ることにした。俺はカオリとサクラについていくつもりなので3人で回る事になる。


「ユイ、一緒に回ろうよ」

「うんっ!」


 依田とオルカのペアとジュンとユイのペアは一緒に回るらしい。


「リュウタさん行こう!」

「おお・・・」


 赤い顔をした権田は、シオリに腕を組まれながら引っ張られていった。シオリは2人っきりになれるチャンスを伺っていたのだろう。


「俺達はどこに行く?」

「まだ早い時間だしやってない施設が多いわよね?」

「ここの公園内の博物館もまだやってないみたいね」

「桜並木を見ながら考えるか」

「それもそうね」

 

 まだドラマの放映前だけど、ホテルのパンフレットには、既にロケ地となった場所がどこなのか教えてくれるマップが置かれていた。俺は、運河にかかる橋が開閉する様子がメイキング映像で流れていてカッコいいと思っていたので運河環水公園には行きたいと思っている。


 マップに無くてもロケ地に向いてそうな場所が路面電車と徒歩でいける範囲にいっぱいあった。その内ロケ地に加わるかもしれない。色々回っておくと、ドラマを見て見つけた時に「あっ、ここ行った場所だ」という思いが出来るだろう。


 桜並木のある運河沿いに行くと八分咲きの状態だけど綺麗だった。

 犬を連れている人が木を見上げていたり、カメラで撮影している観光客らしい人がいて既に人の目を楽しませているようだ。


「こっちの桜も綺麗だな」

「えぇ、水面に桜の色が映って良いわね」

「桜満開の頃は水面に花びらが浮かんでもっと綺麗になるかもしれないわ」

「そうだな・・・」


 今日しかここにいれないので想像する事しか出来ないけれど、目を瞑ればそんな光景が脳裏に浮かべる事が出来た。


「戻ったら城址公園のサクラの木も見ないとな」

「えぇ・・・」


 地元の城址公園内には、サクラが生まれた日に桜爺さんが植えたというオオシマザクラの木がある。

 公園内のソメイヨシノの並木になっている場所から離れているので花見のシーズンでもそこで花見をする人はいない。

 けれど俺とサクラと桜爺さんは、そこの下で毎年ささやかな花見をしていた。


「今年は私も参加したいわ」

「花が散ったあとの手入れも一緒にしようか」

「えぇ」


 サクラの木は花が咲いたあと小さなサクランボを実らせる。食用の種では無いので酸っぱい実だけど、木にとって花や実をつける事はとても力を使う事なので、追肥などの手入れをしないと翌年は大きく勢いを失ってしまう。

 その手入れの時に、サクラは桜餅を作って来てくれ、それが毎年の楽しみになっていた。


「今年、桜爺ちゃんに、私を嫁に貰って欲しいと言われたらどう答えるの?」

「はいとは言える訳ないだろ」


 サクラは、俺の左手の薬指に嵌まった指輪を見てため息を吐いた。


「仕方無いわね」

「仕方ないとかでは無くてな?」


 この世界では、婚約というものは前世より大きな意味を持っている。理由もないのに外して出かけた芸能人が謝罪会見に追い込まれたうえ、CMから降板させられたりするぐらいだ。

 恋愛SLGの元となった世界なので「2人は永遠に幸せになりました」的な事に逆らう事は、非常に世間の目は厳しい文化になっていた。

 ペアの婚約指輪をしている俺やカオリと一緒にサクラが歩いているのも、批判さてかねない行為でもあった。


「指輪を作りに行きましょう」

「えっ?」

「私達の指輪に似せた指輪を作ってサクラに贈るの」

「はぁ!?」


 ここまで離れた街なら指輪を作った事や、サクラだけ婚約者ではないなんて誰にも分からない。3人でデートするためのお洒落な指輪をつけても誰も咎めたり出来ない。それは分かるけれどそれをして良いのだろうか。


 俺はサクラの手を引いてずんずんと先を歩いていくカオリについていきながらそう考えていた。


△△△


 駅前の宝飾品店につくと、俺はカオリにサクラの指のサイズに合わせた指輪を買うように言われた。


「デザインはどうするんだ?」

「ミノルの指輪と同じものって言えば作ってくれる筈よ」

「この指輪はプラチナ製らしいけど、それだと結構高くつくと思うぞ?」

「仮のものだしシルバー製で良いわよ」


 カオリの有無を言わせない様子に、俺は少し躊躇したけど、カオリに店の方を指さしされてしまったので店に入るしかなかった。俺だけ店内に入ってカオリとサクラは店の前で待っているらしい。


「いらっしゃいませ」

「この指輪と同じデザインでシルバー製の指輪を作って欲しいんですけど・・・サイズは8号で・・・出来ますか?」

「婚約指輪ですか・・・、シンプルな作りの指輪がベースですね・・・、こちらであれば同じ感じに出来ます。デザインは・・・吉祥紋様に下り藤ですね・・・、2時間ほど頂きますが宜しいですか?」

「はい、大丈夫です」

「値段1万1800円になります」

「分かりました」


 俺は支払いを終えると、店を出てショーウィンドウを見ていたカオリとサクラに合流した。


「出来るまで2時間ほどかかるそうだ」

「じゃあ出来るまで周辺を観光しましょう」

「あぁ・・・」


 カオリがサクラの手を引いて路面電車の停留所に向かったので、俺は3歩後ろをついていった。

 そのあとカオリの好きな水墨画の美術館に行ったあと、運河環水公園に行って遊覧船に乗り、鱒寿司の店に行ったあと宝飾品店に戻って指輪を受け取りサクラに渡した。


「シルバー製だけど俺達がしている指輪と同じデザインだ」

「ありがとう」

「良かったわね」


 サクラは指輪を箱から取り出して俺に渡して来た。


「ミノルがつけて」

「なんか結婚式みたいね」

「・・・」

「これぐらい先に欲しいの」

「私には結婚式でね」

「分かった・・・」


 なんかとてもカオリとサクラに流されてしまっている気がするけれど、上目づかいで懇願してくるサクラを見ると断る事が出来なかった。


「嬉しい・・・」

「少し妬けちゃうわね」

「なぁ・・・、俺達何か間違えて無いか?」

「私は幸せ」

「間違えたって良いじゃない」


 学校で1番綺麗な幼馴染と、学校で1番可愛い幼馴染。恋愛SLGの主人公に転生したとしても出来すぎの状態ではある。けれど背徳を感じてしまいあまり気分が良くなかった。


「まだ時間に余裕はあるし、桜並木を見ながら歩いて行きましょう」

「うんっ!」


 朝より桜を見上げている人が多い運河沿いの桜並木を歩く二人の後ろを俺はついていった。

 すれ違ったあと思わず振り向いてしまう人がいるぐらいの美少女を2人の後ろを、少し暗い表情をして歩く俺は、周囲からみたら怪しい人物に見えるかもしれない。

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