IF78話 美食
ホタルイカ漁の見学は非常に神秘的だった。
漁船は既に網を巻き上げ終わっていて、そこに入ってるホタルイカをタモ網でどんどんすくい上げていた。
最初は漁船の明かりが強く光っているため、網の中で薄青く光っている所がみえただけだったけれど、漁船と観光船の明かりが消された瞬間、網に中に一面青白い光が漂っている様子が見えた。
ホタルイカ漁の様子は前世のテレビで何度か見た覚えがあるけれど、実際に見てみるとその美しさは別物だった。
一つ一つの光はほのかなもので動いているため、カメラ越しでは綺麗に映らないものなのだろう。
「すごい綺麗・・・」
「海のプラネタリウムって言われる理由が分かるわ」
「そうだな」
波が穏やかなのでそこまで大きな船ではないけれど船はあまり揺れておらず船酔いの心配は杞憂だったようだ。
漁船から、生きたホタルイカが観光船に渡され、直接見ることが出来た。
見てみると、体全体がポツポツと光っているけれど、二本の足先が特に強く光っている事が分かった。
観光船に渡されたホタルイカは沖漬けという、生きたまま醤油ベースのつけ汁に漬けられたものにされ、下船時の乗客のお土産にしてくれるそうだ。
「生きたまま醤油ダレに漬けられるなんて可哀想・・・」
「でも良く漬かりそうよ」
「あぁ・・・」
直接ホタルイカを見て「可愛い!」と言っていたサクラは、少し情が移っているらしい。
現実的な感想を言うカオリとは、実に対照的だ。
親父とお袋、マサヨシさんとハルカさん、権田とシオリ、依田とオルカ、ジュンとユイ、それぞれのカップル同士が笑顔で話しているので、この観光船ツアーはとても当たりだったようだ。
船着場についたあと、漁港内にある作業場に行き、ホタルイカの仕分けしている所を見学した。中に入った小魚や海藻などの異物を取り除き、約50kg入るというプラスチック製の容器に入れていくらしい。
ホタルイカは既に死んで時間が経っているためか、もう青白くは光ってはいなかった。
その後は「半日程度で食べ頃になります」と言われ、沖漬けの入った二重になったビニール袋を手渡されて解散となった。
「お腹が空いたわね」
「夕飯減らしたもんね・・・」
船酔いで吐かないように夕飯を控えていたらしいカオリとサクラはお腹が空いているらしい。
「せっかくだしどこかで食べて帰らない?」
「あぁ、折角だしそうしよう」
こういった漁港の近くはそこで働く人たち向けの食堂がある。新鮮な海の幸が安く食べられるからと、早起きして食べに行く人もいると聞いた事がある。
親父が「どこか食べれる店が近くにありませんか」と働いている人に聞き、紹介された場所に向かった。
「海の幸のお店だけじゃ無いのね・・・」
「働いている人だって、毎日魚ばかりだと飽きるんじゃないか?」
「それもそうね・・・」
寿司や海鮮丼や刺身や魚のフライや煮付けなどを提供する店が多かったけれど、蕎麦、うどん、カレー、トンカツ、親子丼など、海と関係ない料理を出す店もあった。
店内にホタルイカの観光船内で見かけた人が入っていたので、同じように食べて帰る人は多いようだ。
「結構混んでいるな、全員同じ店に入るのは無理そうだ」
「各々好きな店に入る感じで良いんじゃない?」
「それもそうだな」
親父が各自好きなように食べるように言ったあと、お金を渡そうとしたら、全員が自分たちで払えると言ったので各自がお金を出すことになった。
「お兄ちゃん達はどこに入る?」
「寿司屋に入って旬のネタを握って貰おうと思ってるよ」
「へぇ〜、今の旬って何なの?」
「ホタルイカ、シロエビ、鰆、鰹、鯛、桜鱒だってさ」
俺はホテルに置いてあった中越県の旬の魚が掲載されたパンフレットをシオリに見せた。
「桜鱒って白川で食べた奴?」
「あれは虹鱒だっただろ」
「そうだった!」
シオリは頭が権田に占領されてて上の空気味だったしなぁ。
「山女が海に行って成長したものが桜鱒よ」
「あれ?山女って朝食に甘露煮で出てた奴?」
「えぇ」
そうだったのか、それなら実質的に桜鱒を食べているって事なのか?
いやこのパンフレットの桜鱒の顔つきは、白川の朝食で出て来た奴と似ても似つかないぞ。
「寿司で食べた訳じゃないし、俺は頼むぞ」
「それもそうね」
俺とカオリとサクラとシオリと権田の5人は、白い暖簾のかかった寿司屋に入りカウンター席に座った。
「俺が出すから好きに食べてくれ」
「良いのか?」
「あぁ、大した額じゃ無いからな」
権田が太っ腹な事を言ったので甘える事にした。
将来は義兄事になりそうな俺が出すべきかもしれないが、同年生らしいし、親の経済力という点で多分何桁か違っていそうだし良いだろう。
というか権田の家って本業の将軍家の祭事以外も色々やってるんだろうな。色々な場所で忖度されているし、それだけじゃないだろ。
「俺はシロエビの軍艦とホタルイカの軍艦、鯛の炙り握りを塩で、鰆と鰹を普通に握って、出す順番はお任せするよ」
「へいっ!」
「私も同じものをお願い」
「私も」
「私もお兄ちゃんと同じがいい」
「俺も同じで」
「じゃあ同じものを5人前握って」
「へいっ!」
俺が頼んだものにみんな倣ったので、同じものを食べることになった。
「随分と慣れてるけどこういう所で食べた事あるの?」
「・・・グルメ番組で見たものを真似ただけだよ」
前世で新入社員で入った会社の接待で何度かこういった寿司屋にも入った事があったけど、確かに今世では、寿司は回るものか、持ち帰りか、家で散らしか手巻きにして食べるぐらいだな。
「そこまで気取った店じゃないんで、固いルールとか無いですから好きなやり方で食べて下さい」
「はーい」
カウンターの向こうの大将が気を使ってくれたので、少し緊張していたらしいシオリも肩の力を抜いて寿司の味を堪能した。
美食家が出てくる漫画がアニメ化され、そこで寿司の食べ方に厳格なルールがあるみたいな描写がされた事で、寿司屋に入るには格調を求められるみたいな空気が世間にはあった。
グルメ番組で、ワサビのすり方とか醤油のつけ方や食べる時の順番やら偉そうに語るレポーターがいるため、それに拍車をかけていた。
俺は都会気取った寿司屋ならともかく、漁港働く人たち向けの寿司屋にそんなものは無いだろうと思い、特に気にしていなかったけれど、カウンター形式の寿司屋が初体験のシオリには違っていたようだ。
「すごく美味しかった〜、回ってる寿司とは全然違うね〜」
「ネタが大きくてご飯から凄くはみ出してたな」
「ネタも旬で新鮮なものだものね」
「鰹なのに全然生臭く無かったわ」
「確かに美味かった・・・、地のものには勝てないって事か・・・」
どうやら、おいしいものを一杯食べていそうな権田でも、満足できる寿司だったらしい。
「あまりこれに慣れすぎると、普段食べてる寿司で喜べなくなるからな」
「そんなに高く無かったよ?」
「それはここで食べたからだな。地元でここまでのものを食べようと思ったら高級な寿司屋で高いお金を払う必要があると思うぞ」
「そっかぁ・・・」
全種2貫づつ出て来たので全部で10貫、あら汁までついて一人前1,650円と回る寿司とあまり変わりない値段で食べられた。俺達の地元で食べたらその数倍はかかっただろう。
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