IF75話 忖度

 久能山にある東照宮をお参りしたあと、またロープウェイに乗って日本平に戻り、車に乗って、権田のおすすめの三保海岸という所にある料亭に入った。お店の名前は「安東」。地元では結構有名な企業が経営する料亭らしい。

 三保海岸と言うのは羽衣伝説の天女が舞い降りた海岸で、その天女が羽衣をかけたという松が存在するらしい。

 ちなみに羽衣伝説は世界各地にある天の神と人間との会合の1つで、日本由来ではないという説があるらしい。


「生きたサクラエビを食べるなんて初めてだな」

「いつもは乾燥したものだもんね」

「今の時期だから食べれるものです。生で食べるよりも加熱した方が香ばしくて美味しいとは思いますけど」

「でも綺麗・・・」

「食べるの可哀想だね」


 食べるのが可哀想という気持ちはわかるけど、夜は深海に棲む海老らしいので、昼間に海に返しても魚にパクっと食べられてしまうだけだろう。

 ここは手を合わせて命に感謝して頂くべきだ。


 最初に出て来た生きたサクラエビを三杯酢につけて食べる踊り食いのあと、サクラエビの入ったサラダ、長ネギと共にカリっと揚げ甘酢であえたもの、茶わん蒸し、ワサビ葉と和えたもの、かき揚げ、サクラエビの入った炊き込みご飯というサクラエビコースだった。お昼に食べるにしてはかなり豪華過ぎる気がするけれど、聞いた値段がかなりリーズナブルだ。権田の紹介だし値段がかなり忖度されているように思う。


「サクラエビのコースはどうだったでしょうか」

「とても美味しかったです」

「本当にこのお値段なんですか?」

「通常はこの値段では出せません。権田様にはご贔屓にして頂いておりますので特別だと思って下さい」

「やっぱそうよね・・・」


 やっぱ忖度されていたようだ。どう考えても数千円はしそうなコース料理を、1000円は安すぎる。旅行中に権田に紹介された場所はこうなると認識した方が良さそうだ。


「何か悪いわ・・・」

「いいえ、皆様は権田様のお身内の方と聞いております。権田様から頂いた恩を返すに値する方だと思います」

「身内・・・」

「身内だよ~」


 シオリはもう権田の身内だと思っているらしい。親父は放心しているが腹を括らないとショック死するぞ?


「また是非お立ち寄りください、今日のような旬のサクラエビをお出しできるかは分かりませんが、お渡しするカードを提示いただければ、精一杯美味しいものを今日と同じ値段でお出しさせて頂きます」

「・・・なんか申し訳なさすぎるよ・・・」


 金字で大きく安東と書かれた黒い会員カードを全員に1枚づつ手渡されたうえ、「道中お召し上がりください」とサクラエビの煎餅が入った箱を3箱も手渡された。

すごい家には色々集まるんだなと感心してしまった。


「この煎餅、うちで取引をお願いして断られたものだよ・・・」

「そうでしたか、私が先方に連絡しておきますので、今度商談なさって下さい。良い返事が聞けると思います」

「あ・・・あぁ、ありがとう・・・」


 親父の会社にとって難航しているらしい取引の話が、権田の一言でまとまってしまったようだ。権力ってこういうものなんだと恐ろしく感じた。


「安東ってユイカさんの知り合いの方と関係あるのかな?」

「知り合いですか?」

「安東ブンタさんと言うのですが」

「あぁ、先ほど挨拶した方の弟ですね」

「そうなんだ・・・、ってことは兄はこの辺に逃げて来てたんだね・・・」


 立花が以前住んでいたのはこの近くなのか・・・。


「安東ブンタの住んでいる家はもっと街側の方ですね。あの家の本業はホテルなんですよ。ほら、あそこに小さく見えるホテルがそれです。父や私が先程の東照宮を訪れる際に定宿にしています。先程渡されたカードを提示すれば良いサービス受けられはずなので今度是非利用して下さい」

「そうなんですね・・・ってユイカさんって、あんなに大きなホテルを持っている人の知り合いだったんだ・・・」

「もしかしてユイカさんというのは、安東の家がお世話になったという保険の外交員の方ですか?」

「そうですそうです」

「それは大変身内のものがお世話になりました。そうですか、ユイさんは私の身内の会社を救った方の御親族だったのですね」

「ユイカさんってそんなに凄い人だったんだ・・・」

「安東の会社が倒産しかかった時に立ち直ったのは、ユイカさんのおかげだと聞いております」


 なんかユイの義母は優秀な保険外交員であるらしい。駅前にある保険会社の外交員をしている小綺麗な女性というイメージだったけど、あの権田が頭を下げるとは相当なのだろう。


△△△


 ちょっとお昼で立ち寄ったつもりの駿河県を思いのほか堪能した。けれど少し時間を食ってしまったため、食後はすぐに高速道路に乗リ途中で休憩を取る事もなく今日の宿泊予定の飛騨県の白川に向かった。

 三河県の辺りで親父が「帰りはここでウナギを食べような」と言ったのは、元々この辺りが行きで立ち寄る予定だった昼食スポットだったのだろう。


 白川郷は秘境と言われているため長くくねった山道を登って行くのかと思ったけれど、すぐ手前まで山をくり抜いて作られたトンネルが続く高速道路が開通していて、インターチェンジを降りたあと、田んぼが広がる盆地の平原を川沿いの道を少し登っただけで、古い木張りの民家が増えていき、茅葺屋根の家が見えてきて白川に入っている事が分かった。


「田中家と綾瀬家の皆さまとそのお身内の方、ようこそお越し頂きました」

「こちらもかなり歴史がありそうな建物ですね・・・」

「えぇ、当宿は約230年前の天明年間に作られております。大政奉還の時代までここ一帯の管理を任されていた現田様が、東西の都からのお客人をもてなす為に作られた御殿だったそうです」

「へぇ・・・」


 元々白川郷は、シオリが蕎麦を挽く水車小屋を見たいと言ったので立ち寄るつもりだった。しかしここは権田家に縁がある場所だったらしく宿を手配してくれていた。

 茅葺の建物ばかりの集落だというイメージだったので、そういった趣のある宿で宿泊するのかと思ったけれど、案内されたのは銅葺の立派な御殿だった。

 集落の奥の方にある高台に建っていて、のどかな集落を一望出来る良い場所にあった。

 合掌造りと呼ばれている茅葺きの建物は趣があるし、冬場にものすごい積雪があるこの地で暮らすには適した家の造りらしいけど、客人を招くには適さない部分があるのだそうだ。


 白川は幕府直轄地だったため領主的な存在はおらず、権田家の分家筋になる現田家が責任を持って管理していたらしい。

 元々は京都への材木の供給地として天皇家が直轄していたそうだ。ただ東日本が将軍家の支配領域になった事で白川も幕府直轄地になったそうだ。

 その後、蚕の糞から火薬の材料である硝石を作る技術が開発され、桑の木が群生し養蚕の盛んだったこの地が将軍家の硝石生産地とし長い間維持されたのだそうだ。

 前世の白川も同じだったのだろうか。それを確認する方法が俺には無い。けれど明治以降、日本は生糸の生産で外貨を稼いだと聞いた事があったので、桑の木が多いというこの地の養蚕は盛んだったんじゃないかと思う。


「シオリ、あそこに見える水車が年越しの時に食べた蕎麦をひいてるんだよ」

「へぇ~」


 元々水車を見たいとシオリが言ったから、白川に寄る事になったのに、既に忘れてしまったのか興味が無いようだ。シオリの反応を見てショックを受けている親父を少し不憫に感じた。

 権田家に比べたら田中家など吹けば飛ぶような家だけど、親父が立派に守って来た家なんだしもっと大事にして欲しいと思う。


「家から煙が上がっているようですが囲炉裏で煮炊きでもしているのですか?」

「虫よけのために家の中で常に火を焚いて、屋根裏を煙で燻しているんです」

「なるほど・・・」


 部屋は個室も含めて自由に使って良いと言われた。とりあえず6人が充分布団をしける大部屋2つを男部屋と女部屋にして分かれて荷物を置くことにした。


「権田さんってもっと怖い人かと思ってました」

「堅気の方に直接どうこうするような事は無いですよ、ただ看板を大事にしておりますので、侮って来る方には相応のものを示す事はあります」

「そうなんだ〜」


 依田ののんきな言葉にジュンが固まってしまっていた。多分この中でジュンが一番権田家の事が分かるのだろう。

 一応身内になっている俺も権田の家の事は良く分かっていない。だから昼に立ち寄った駿河県での出来事はともかく、到着した飛騨県の白川で集落の入り口からこの宿につくまで、通りかかった普通の人達が頭を下げていく様子に、驚嘆してしていた。


「マサヨシさんのブランドの工房が建つのってここの集落内なんです?」

「郷の入り口に方にある土地に作る予定だよ。集落からは少し外れてる位置だけどね。村の静けさを守りたいから、そうおねがいしたんだよ。景観を損なわない外観で設計してもらってるんだ。腕の良い職人を探すのが難航しているから、稼働は工房が完成してもすぐってわけにはいかないかもね」

「そちらは我々にお任せ下さい、父リュウゾウより心あたりがあると言付かっております」


 親父がプロジェクトを任されている、マサヨシさんのブランドの工房を建てる土地が宿の廊下からも見えたのだけど、同行している権田がプロジェクトが抱えている問題をあっさりと解決すると言った。

 将軍家に近い家は、腕の良い職人すら簡単に用意できるらしい。


「白川は世界遺産とはなりましたが、農業や林業や養蚕業という経済活動は衰退の一途でした。観光業といってもそれに与れるのは全員ではありません。だから田中様と綾瀬様が立ち上げられた白川に産業を起こすというプロジェクトは、とても明るいニュースだったのです」

「そうだったんだね・・・私も質の良い絹を作り続けてくれる白川に貢献出来る事が嬉しいよ」

「リュウゾウより絶対に成功させろと号令が出ておりますので、白川総出で応援いたします」

「権田君の家ってすごいんだね」

「白川がそうであるだけです」


 駿河県での出来事もそうだけど、「白川が」ではなく「白川も」じゃ無いかと思うのだけど・・・。


 山間部の日暮れは早いようで、宿に入り部屋を案内されているうちに、窓の外の景色はかなり暗くなっていた。


 夕飯は豪華なものだった。

 マスの刺身、猪鍋、岩魚の塩焼き、山菜の天ぷら、和え物、きのこと筍の炊き込みご飯、蚕の蛹の佃煮、カットしたメロンが出て来た。

 地物を並べているっぽいのに、この時期にメロンが出てくるという事は、どこかで温室栽培をしているからだろう。


 部屋も風情がある落ち着いた雰囲気でご飯も美味しい。こういったものが提供できるのなら、多くの観光客が殺到することうけあいだろう。

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