IF73話 適切な関税

「草薙って八岐大蛇の尻尾から出て来た剣の名前だよね?ここで退治されたの?」 

「草薙の剣は、もともと天叢雲剣って名前です。そしてヤマトタケルっていう古の皇族が東国にいた朝廷に従わない部族の討伐に赴いた際に、草地で周囲に火を放たれ殺されそうになったそうです。その時に周りの草を天叢雲剣で薙いで助かったから、草を薙いだ剣という事で草薙の剣と呼ばれる様になったらしいです」

「じゃあこの辺りがその草を薙いだ地だったのかな?」

「そうです、そしてヤマトタケルが祀られている神社もこの地にあるそうです」

「へぇ・・・」


 駿河県のインターチェンジで降りたあと、ナビが当てにならないお袋から地図を受け取ってそれを見ていたシオリが、途中にある草薙という地名が気になったらしくそんな事を権田に聞いていた。


「2本先の信号のある交差点を右折してください」

「今、赤に変わった信号かい?」

「はい」


 権田は今、親父に道案内中だから、シオリへの説明に集中すると曲がり角を言い忘れてしまいそうだ。


「右手にあるなだらかな山は日本平というですが、ヤマトタケルが祀られている山だから日本平と言うそうです」

「ヤマトタケルなのに日本平?」

「ヤマトタケルのヤマトは、日本と書くのです」

「そうなんだ~」


 権田はこの辺りの地理に妙に詳しかった。駿河県は将軍家のお膝元の1つだし、権田にも縁が深い場所なのだろう。


「日本平の山頂にある展望台から見る富士山はとても綺麗ですよ?」

「そうなの?みたいな~」

「お昼にはまだ早いし良いんじゃない?」

「料亭の方は既に準備をしてくれているんだろ?大丈夫なのか?」

「時間的に余裕はあると思います。料亭の方も待たせられるので大丈夫です」


 権田は電話で12時前後になると言って予約していたけれど、高速に乗るまで混雑する事を想定して早めに時間設定をしていた。現在11時なので少し寄り道するぐらいが丁度良くはあった。


「・・・権田です・・・安東をお願いします・・・、そうですか・・・では伝言をお願いします。安東には予定より1時間遅れるかもしれないとお伝え下さい・・・、はい・・・そのようにお願いします・・・はい・・・」


 権田がジャケットのポケットから携帯電話を取り出して料亭らしいところに連絡を取った。1時間遅れるという事は展望台に行くのに2時間の立ち寄りになるのだろうか。


「料亭につくのは遅れても大丈夫なのかい?」

「はい・・・今はまだ仕込みの段階なので大丈夫だそうです」

「いや・・・予約をずらしたら店に迷惑をかけちゃうんじゃないのかい?」

「下準備は終わっていて、後は到着後に調理するだけの状態なので、待っても大丈夫だそうです」

「そうなんだね・・・」


 随分と融通がきいてくれるけど、権田がVIPだからとかなんだろうな。


「200mほど先の交差点を右折すると山に登る道に出ます」

「あの日本平パークウェイと書かれている方だね?」

「はい」


 急な行先の変更が起きてしまったので、綾瀬家の車に乗るカオリの携帯電話に連絡をする事にした。


「もしもし、ミノルだけど」

「何かしら?」

「少し寄り道をする事になったけど良いか?」

「寄り道?」

「右手の山の展望台から見る富士山がとても綺麗らしいんだ」

「へぇ・・・」


 電話の先で、カオリが綾瀬家の車の中で寄り道する事について説明するのが電話口から聞えて来た。

 カオリの返答をしている人たちの声は、良く聞こえなかったけれど、「車に乗りっぱなしでまだお腹が空いてないよ」というオルカ声だけはハッキリと聞こえた。どうやらオルカはカオリの隣に座っているようだ。


「こっちの車も寄り道に賛成よ」

「了解」


 綾瀬家の車に乗る人たちの了承も出たので、そのまま右折して日本平の展望台に向かう山道に入った。道の脇にサクラが植えられていて咲いていたけれど、車が退避出来る場所が無いため、走りながら見る事しか出来なかった。


「料金所があったけれど、ゲートは無かったし、建物に誰もいなかったね。山頂の方で集金するのかな?」

「元々観光用の有料道度だったのですが、今は無料になってるので大丈夫です」

「そうなんだね・・・、だから山道にしては立派なんだ」

「えぇ・・・山頂近くには観光バスが何台も留まれるような大きな駐車場があるんです」

「へぇ・・・」


 権田に影響されて、親父も普段より丁寧な口調をしていた。


「茶畑だ! さすが駿河県だね」

「駿河県は、茶畑やみかん畑が多いですね、あそこにある果樹園がそうですよ?」

「みかんも名物なの?」

「えぇ、駿河県のみかんは酸味が強く育つそうです」

「酸っぱいの?」

「ちゃんと甘いですよ。甘さと酸味が両立しているという感じです。酸味が強い分、味が落ちにくいので流通に向いているそうで」

「そうなんだ~」


 前世では、小さい頃におやつとしてみかんを良く食べていた。確かお袋が、知り合いのみかん農家から、大きさが不ぞろいで出荷できなかったというみかんを1箱で500円ぐらいで買っていたと記憶している。

 実家を離れたあと、みかんを食べたいと思う事は無かったので気が付かなかったけれど、俺がスーパーで働きだした頃に5個入りのみかんが398円で売られていて、とても驚いてしまった。


 俺が前世で高校生ぐらいだった頃に、牛肉とオレンジの関税がどうとかとテレビで大きく騒がれていた。テレビの取材を受けたミカン農業が、日本のミカン農家は壊滅してしまうと嘆いていたのを覚えている。実際に多くのミカン農家は廃業していた。 バブルの影響によるものか、輸入のオレンジに負けてしまったのか、後継者不足により放置されたのか分からないけれど、日本の至る所で放置された果樹園が増えていたのだ。


 前世の兄貴は、山間の田舎の古民家を買い別荘にしていた。そして定年後にそこに移り住んでいた。

 その家に続く山の斜面にも、放置されたミカン畑が結構あった。木から転がり落ちたらしいミカンが斜面から道路に落ちて来て、それが車に轢かれて沢山潰れていたのだ。そこを見上げると、蔓性の植物に絡みつかれたオレンジの実を少しだけ付ける木がいっぱい生えていた。荷運び用のモノレールのさび付き具合から、かなりの長い間放置されてしまったミカン畑だったのだろう。


 この世界の日本は、前世の日本より海外からの外圧に強いため、日本の関税は高いまま維持されている。

 関税が高いため、前世では安く店頭に並んでいたキウイフルーツや洋ナシやマンゴーなどの海外産の果物が、前世に比べてかなり高い値段で売られていて庶民には高根の花となっている。その代りにみかんやリンゴや梨や桃など国内で作られている果物は安く手に入る状態になっていた。生産量が多いため、それだけ市場に安く出回るからだろう。


 この世界の日本は、外国産の果物より優位な価格で勝負出来ている。だから放置されたミカン畑などは見かけない。ミカンが市場に出回る季節には非常に安い値段で売られている。

 この世界にある綺麗に手入れされているミカン畑を見ると、適切な関税というのは大事なのだと分かる。

 外圧に負けてしまった日本が、バブル崩壊後の長く苦しい不景気を続けてしまったのも、適切な関税が設定出来ていなかった事が要因の1つじゃなかったのかと思うのだ。

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