IF72話 ナビはあまり当てに出来ない

 2月28日にカオリとシオリ誕生会があった、シオリは2月28日生まれだけど、カオリは2月29日で1日違いだ。けれど4年に1回しかその日は来ないため、例年シオリと同じ2月28日に行われている。

 

 ゲームでは主人公とヒロインは誕生日を入力できるのだけれど、俺は前世でこのゲームを買ったばかりの時に、前世で最も恋人に近い関係になった大学時代の同級生の女性が、別の男性と結婚したという話を友人から聞き少し腐ってしまっていた。

 社会人になり経済力もついてきたけれど、その時の事を引きずり恋人を作れずにいた。そんな時間を過ごしているうちに、本当に恋人が出来ないんじゃないかと焦りだした。そんな時にこのゲームをプレイしていたために、あり得ない誕生日に設定してやろうと2月29日に設定しまったのだ。だから、カオリの誕生日を知った時にとても驚いた。あの時に腐って入力した誕生日と一致していたからだ。


 カオリとシオリの誕生日会は、毎年2月の末日にカオリの家で行われる。今年は閏年なので2月29日に行われた。

 俺はカオリに一緒に走ろうという意味を込めて俺が貰った腕時計のレディースバージョンを贈った。カオリは以前「胸が揺れるから走るのは苦手」と言っているので、カオリは自転車で俺が走る感じになれば良いなと良いと思っている。

 シオリにはそろそろ化粧やお肌の手入れを覚えた方が良いぞと思いスキンケアセットを贈った。カオリが普段使っている奴なので使い方は教えて貰える筈だ。


 そんな誕生日があった翌日に高校の卒業式があり3年の先輩方を見送った。

 うちの高校は制服が学ランでは無いため第二ボタン的なものは無い。同じ意味を持つものは、ブレザーのポケット部分にあるエンブレムのワッペンになる。

 俺はそれが欲しいと思う相手は特にいないので、お世話になりましたという気持ちを込めて先輩達を見送った。


 次の週に校内マラソン大会があり俺は全校2位でゴールした。ちなみに依田が圧倒的大差で1位でだった。女子1位のオルカとアベック優勝という感じだ。ちなみにカオリも2位なので俺達もアベック準優勝という感じだ。

 友人達では、男子で佐野3位、八重樫5位、ケンタ6位、海堂14位が上位にいた。ケンタは1500m走ではあまり早くはない方だけど、スタミナお化けであるため後半追い上げる形で上位に食い込んでいた。

 女子ではユイが4位、早乙女が5位、加賀美が8位、シオリが17位に食い込んでいた。


 マラソン大会の2日後、カオリとオルカはロサンゼルスで開催される世界選手権に向かった。

 世界のトップを相手に戦った結果は2人とも予選敗退をして世界の壁を痛感させられた。

 テレビでもカオリとオルカの試合時間は、決勝に進んだ選手のインタビューや表彰式の様子を映していて、2人の試合結果はタイムと予選順位が短時間表示され、解説者に「女子200m個人メドレーに出場した日本の綾瀬は、19位でした」という感じに棒読みされただけだった。

 うちの高校で学力試験で20位以内だと、京都の最難関大学合格圏内と言われて周囲から凄いと称賛されるのに、世界で19位でこの扱い。本当に水泳選手というのは称賛される事が難しい存在だと思った。


△△△


 卒業式のあと期末試験があり77位まで成績が上がった。カオリに教えてもらっているおかげだろう。


 テストのあと、次年度の進路調査があり、俺は文系を選択した。

 カオリが幼い頃から将来は大人になったら世界を飛び回りたいと言っていた、英会話教師から世界の事を色々教えて貰った影響だろう。中学校の頃は、大学も国内では無く、英国の超有名大学に行きたいと言っていた。今もその夢に向かっている筈だ。


 俺自身としては日本の大学で学び、そのあと修士課程か博士課程で海外に行きたいと思っていた。

 けれどカオリを追いかけるのなら高校卒業までに間に合わなければならない。

 そのためには英語の習熟度を示すテストを受ける事と、最終学年で高い成績を有している事が必要だった。

 幸い俺もカオリも小さい頃から英語を学び続けていたし、英会話教師から発音も大丈夫だと言われていた。だからそちらはあまり心配していなかった。

 問題は高校での成績の方だ。うちの高校なら20位以内に入れば出願で撥ねられる事はない言われている。ゲーム通りなら達成出来るはずだけど、俺の努力次第である事には変わりない。


△△△


 3月14日に菓子業界の陰謀イベント第二弾の日に、駅前のデパートで購入した頂いたものの2倍程度かなと思うクッキーセットをみんなに贈った。

 ゲームでは1人のヒロインを選んで贈るという縛りがあったけれど、リアルなこの世界ではそんなものはなく、カオリ、サクラ、オルカ、ユイという4人のゲームヒロインに返すことが出来た。


「私へのお返しは無いの?」

「真田からは貰って無いだろ」

「下駄箱に入れたんだけどな」

「あれはお前が入れたのか!」

「まぁね」


 俺に下駄箱に入っていた手作りチョコは放送部の真田が作った物だったらしく、俺にお返しの確認をしに来た。


「宛名が無かったし用意していないぞ、あとなんか怖かったから食べてないしな」

「酷いっ! 一生懸命手作りしたのにっ!」

「その宛名の無いものが手作りというのが怖いんだよっ! 俺はラブレターを装った不幸の手紙が毎日のように下駄箱に放り込まれているんだぞ?」

「それはそれは御愁傷様、それで私へのお返しは?」

「する気は無いな」

「それは残念」


 真田は特に残念そうに見えない態度でそう言った。


「なぁ、俺に対して悪い噂を流してるのってお前か?」

「あっ、分かる?」

「あぁ、だってお前との噂だけ全くの事実無根だからな」

「さすがに気が付くか」

「もしかして「二股ゲス野郎」を広めたのもワザとか?」

「そうだよ~」

「何でそんな事をする?」

「君に対する興味・・・じゃダメ?」

「あぁ駄目だ、迷惑だからな」

「そっかぁ・・・」


 何なんだこの女は。


「君には同志になって欲しいんだけどなぁ」

「同志になりたいって奴が嫌がらせしてくるのかよ」

「うん、同志になれる相手か実験しなきゃならないじゃない?」

「実験かよ・・・」


 とりあえず真田はろくでもない奴だと分かった。


「「女の子は助けねばならん」のでしょ?」

「お前のような女の子がいるか!」

「いるじゃない・・・シクシク」

「全然泣き真似出来てないぞ?」

「悲しくないからね」

「ハァ・・・」

「ため息つくと幸せ逃げるよ?」

「確かにお前といると不幸になりそうだな」

「アハハ~そうかもね~」


 一体何なんだよ。


「今日は私が君に同志になって欲しいって思っていると覚えてくれれば良いよ」

「お前の目的は何なんだ?」

「それはまた後でね、もう君に実験はしないからさ、あまりやり過ぎて、そこのバッジの人に何かされたくないからね」

「ハァ・・・」


 真田はそう言いながら俺の目の前から去っていった。

 真田は権田家の事を知っているらしい。それなりの情報源があるのだろう。


 どうせこういうタイプは簡単には教えてくれない。けれど相手に考えさせてそれにより行動する様子を見て愉悦を感じるタイプだというのはなんとなく思った。


 △△△


 シオリの中学校卒業式の3日後に高校で終業式があった。

 その翌日に、田中家と綾瀬家は合同で家族旅行に出発した。

 家族以外ではサクラとオルカとユイとジュンと依田と権田が参加となっている。親父が妙にピリピリしているが事故らないで貰いたい。

 それにしてもシオリはよく権田を引っ張って来たな。それとも権田がよく来たというべきなのか?


「せっかくですし、駿河県でサクラエビを堪能しませんか?私の知り合いが料亭をしていましてそこで食べる事ができるのですが」

「サクラエビって乾燥されて売られている奴かい?」

「今は旬なので、産地では生のサクラエビが食べられます」


 車に荷物を積んでいる時に権田が駿河県に寄る事を提案してきた。普段に比べて随分と丁寧な口調をしている。このような口調の権田を見るのは、権田の屋敷に招かれて以来になる。俺の両親に気を使っての事なのだろう。


「サクラエビは深海性のエビで、深い湾を持つ駿河湾の沿岸でしか漁獲されていません。我々がこれから向かう越中県にも、シロエビというそこでしか漁獲されていないエビが旬を迎えています。そのエビと比較出来るいい機会となるでしょう」

「そ・・・、そうだね」


 権田のプレゼンを聞いた親父とマサユキさんの喉がゴクリと鳴った。なかり魅力的な提案なのだろう。


「どちらにしても三河県あたりで休憩を取る計画になってたし、良いんじゃないかな?」

「そうですね。少し手前ですが、駿河県で休憩という事に問題は無いでしょう」


 マサユキさんが賛成した事で駿河県のインターチェンジから降りて権田の知り合いがしているという料亭に向かう事が決まった。


 綾瀬家の9人乗りワンボックスカーにはマサヨシさんハルカさんとカオリとサクラとオルカと依田とユイとジュンが乗り込んだ。男性3名で女性5名という華やかなメンバー構成だ。

 それに対して田中家のセダンは親父とお袋と俺とシオリと権田という男性3名で女性2名という華やかさが幾分劣ったメンバー構成となっていた。

 親父が運転席でお袋が助手席、お客様である権田が車内では最も上座となる運転席の後ろでシオリがその隣で俺が助手席の後ろ側。

 親父がバックミラー越しに「何かあったら頼むな」的なチラチラした目線を向けて来るのが悲哀を誘った。


「権田君は何かスポーツをやってるの?」

「格闘術を少々」

「とても強そうだね」

「はい、腕には覚えがあります」


 親父にアイコンタクトを受けているけれど、お袋が持ち前の主婦力を発揮して権田に質問しているので、俺が出来る事は無かった。


「それにしてもこのパンフレットの宿ってすごそうね、私達が泊まって良いの?」

「白川は私の家の分家がかつて所領していた縁がある土地です。その宿も知り合いが管理してまして、その縁で簡単に借りる事が出来るんです」

「へぇ~分家が所領って権田君の家ってすごいのねぇ」

「えぇ、それなりの名家になりますから」


 それなりどころじゃ無く、将軍家に近いスーパー名家らしいけどな。


「リュウタさんの屋敷には大きな池がある庭園があるんだよ~」

「へぇ~あの塀の向こう側にそんなものがあるのね」

「お客様の目を楽しませる事が大事ですから」


 塀の向こう側って刑務所の中みたいな表現だな。決してそうではないのは知っているけど、権田は最近お務めが明けた人に聞こえてしまうだろう。そしてそれは権田の見た目からかなり説得力を持って聞こえる事だろう。


「今度家にご招待させて下さい」

「まぁ楽しみねっ!」


 バックミラー越しに親父が「マジかよ」という目をしているのが見えたけど、シオリが嫁入りして身内になる可能性が高そうな状態になっているから、腹をくくって行った方が良いと思う。


「あら、もう駿河県に入ったのね、高速だと早いけど景色を楽しむ余裕は無いわね」

「ほらあそこに富士山の先っちょが見えるよ・・・ってトンネル入っちゃった」

「景色は下道の方が良いわね」

「でもすごい時間がかかるんでしょ?」

「そうねぇ・・・それに急な曲がり角が続いて結構怖いのよ。特に冬場は路面が凍結してスリップした車が多くて怖いわ」

「あっ、正月の時にテレビでやってた」

「そうそう、正月は冷たい風が強い日だったものね」


 あぁ、確かに正月は風も冷たいし、地面も冷たいし、リビングの床も冷たいし、親父の目線も冷たい日だったな。


 うん、親父は何か訴える事があるのかチラチラとバックミラー越しに視線を送ってくるけど、ちゃんと前を見て走ろうな。マサヨシさんの車はなるべく見失わない方がコースを間違って無いって安心できるだろ?地図を見るのが苦手なお袋のナビはあまり当てに出来ないぞ?

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