IF71話 フグ美味しかった
記者やカメラマンやアシスタントの自宅やが所属していた雑誌社が家宅捜索を受け、その様子がテレビで少しだけ取り上げられた。
もっと大きく報じられるかと思ったけれどそこまでの事ではないらしい。政治家や官僚の不祥事には大きく騒ぐコメンテーターも薄くコメントする程度だ。同じメディア関係者だから庇っていたりするだとすると腹立たしい事だと思う。
事前に心構えがあればカオリは多少暴力的な事があっても大丈夫だという事が今回分かった。過信は禁物だけど、事前に分かっていても耐えられないのなら、カオリは外に顔を出す事出来ないと思ったほうがいいと考えていたから朗報だろう。
もしダメだった場合は、活躍していて有名人だけどメディアへの露出が少ないスポーツ選手となれば良いと思っていた。企業のマスコットキャラクターとしの価値を上げるなら露出が多いほうが良いのだろうけれど、ハルカさんの病気の手術が国内で受けられ、お金に困らなくなっているので、無理をする必要はなくなっているからだ。
警察の捜査状況は俺達には伝わって来ないためどうなっているのか分かっていない。けれど共和通信社の社長が謝罪会見をして、記者を解雇しカメラマンとの契約を解除した事を発表した。そのため、雑誌社が不祥事があった事を認めなければならなくなっている事だけは分かった。
そんな中、シオリは俺の通う高校を願書を出した。姉妹校を志望する可能性も考えたけれど、ユイと同じ高校に通うという約束の方を優先したらしい。
△△△
2月3日は俺の誕生日だ。前世と同じなのはゲームでその誕生日を入力していたからだろう。
俺の誕生日は節分と同日という事もあり、親父の打ったそばを食べたあと年齢の数だけ焼き大豆を食べるという変な誕生会になっていた。恵方巻を食べる方がまだ誕生日らしいけれど、恵方巻はこちらの世界の日本では定着していないらしい。そのためスーパーの総菜コーナーに、前世で俺が働いていたスーパーのように大量の太巻きが陳列されているといった事も無かった。
それにしても、節分にそばを食べるという習慣は前世には無かった。この世界の江戸時代に節分にそばを食べる習慣が作られた事は分かっている。もしかして11日後にあるお菓子業界の陰謀行事のように、江戸時代にそば業界が陰謀を張り巡らせたのだろうか。それとも俺が知らないだけで前世でも同じように節分にそばを食べる行事があったのだろうか。
今年の2月3日は土曜日で、人が集まりやすい日ではあったため、誕生会は例年に比べて簡素に済ませて貰った。シオリの受験が近いので浮かれるべきではないと思ったからだ。
親父からは例年のごとく図書券を貰い、カオリからストップウォッチ機能があるマラソン選手が愛用しているらしい軽量な時計、シオリからプリンの詰め合わせを貰った。そして例年と違い、サクラがカオリに連れられて参加していた。サクラは俺に「色んな意味を込めたから」と言ってラッピングされた箱を渡して来た。
誕生会が終わった後、箱を開けたら中に入っていたのはチューリップの球根だった。「色んな意味を込めたから」と言う通り、色んな色のチューリップの球根があるようだった。
植物図鑑でチューリップの花言葉を調べたら「博愛」「おもいやり」と書いてあった。色によって違う花言葉があるらしいので、色んな意味とはその事かもしれない。例えば赤は「愛の告白」、白は「待ちわびて」、ピンクは「誠実な愛」、オレンジは「照れ屋」という花言葉になるらしい。確かにサクラが小学校の時から俺の事が好きだったというなら、その花言葉は非常に的確に心情を現している事になるだろう。
「結婚を求めるという意味では無いかしら?」
「チューリップにそんな花言葉があったか?」
「プロポーズの事を求婚というでしょ?」
「チューリップの球根と掛けている訳か」
「そうよ」
翌朝、カオリからサクラから貰った箱の中に何が入っていたのか聞かれたので正直に答えたら、それがサクラから逆プロポーズだと指摘された。
「さすがにそれは考え過ぎじゃないか?」
「サクラって演劇鑑賞が趣味だから、そういったダジャレ的な表現が使われた脚本の作品があったかもしれないわよ?」
「・・・なるほど・・・」
確かに演劇の中なら変わった描写があってもおかしくない。特に関西圏で人気の新喜劇と呼ばれるお笑いを中心とした演劇にはギャグを多用するものが多いため、サクラもそういった演劇を見て影響されている可能性はあった。
「そんなにサクラの事を俺に認めさせたいのか?」
「えぇ、その方がいいもの」
カオリは、最近俺にサクラの事を認めさせようとプレッシャーをかけて来るようになっている。俺の誕生会に呼んだ事もそうだし、春休みに田中家と綾瀬家合同で行く予定になっている家族旅行のメンバーにサクラを加えたりしているのだ。
△△△
2月14日、お菓子業界の陰謀イベントがあった。
「はいチョコレート、いつものように手作りだから不格好だけど・・・」
「ありがとう嬉しいよ」
カオリとシオリは、小学校の頃から一緒に手作りチョコを作って俺や親父やマサヨシさんに渡していた。中学校の頃からは、その余りの材料で小さなチョコを作り、部活のみんなに義理として渡す事もしていた。
今年、シオリは権田に渡すために本命チョコを初めて作った。1つだけ、お袋が溜めているお中元やお歳暮の包装紙を剥いだ時の残り紙ではなく、どこからか綺麗な箱と包装紙を買って来て、それに手作りチョコレート詰めていた。放課後に権田家寄って行って渡して来たらしい。
シオリはすでに1人で権田家の屋敷に出入りするようになっていた。あちらの親分からも気に入られているらしく、この前は「フグ美味しかった」と言って帰って来た。そして帰宅した親父に、高校では部活に所属せず、権田の屋敷内にある道場に通いたいと言いだして、親父に悲鳴をあげさせていた。
権田家は将軍家の関係者だからなのか、独自の流派を持っているらしく屋敷内にそれなりの道場があるらしい。シオリは中学校では柔道部に所属し個人の部で全国大会にも出ていたけれど、田宮銃剣術道場の試合と違い体重別に分かれている事が実践的ではないと言って残念がっていた。
田宮銃剣術道場で学んでいるシオリにとって、格闘はスポーツではなく実践的だという思想があるからだろう。
柔道も昔は体重別というものは無かったらしい。ただこの世界の第二次世界大戦に相当する戦争の後に初めて日本で開催されたオンピックで、柔道が正式種目に採用された際に体重別という制度がルール化されたそうだ。その結果、格闘術としての柔道ではなくスポーツとしての柔道が広まった事で、競技人口を爆発的に増やしていた。
どちらかと言うと政府に批判的な政党は、日本の武道は実戦的で野蛮過ぎるといって柔道やレスリングや相撲を推進する活動をしている。銃や刀剣類の製造や所持をもっと厳格化すべきだという主張と同じ意味を持つものだろう。保守的な陣営を支持している人達は、そう主張する活動を続ける人達を、日本を軍事的に弱体化させたいのだと言って批判していた。
この世界の日本は無条件降伏をしていないのため確かに各地にある武道は実践的で荒々しい。刀剣類や銃器の製造をしており持ち歩く人もそれなりにいる。それが犯罪に使用される事も確かにある。
けれど年間の自殺者数じゃ前世の3万人超えだったけれど、こっちの日本は約6000人程度と5分の1程度になっている。刀剣類や銃器による犯罪による死者数も約3000人程度なので合わせても前世の自殺者に及んでいない。
市民がそういったもので委縮するというそういった政党の意見と真逆な結果だなと思っていて、俺はどちらかというとこの世界の日本の体制を気に入っていた。
「シオリは守られたかったんじゃなかったのか?」
「だからといって足手まといになりたくないじゃん」
その言葉を聞き、俺の後ろを「お兄ちゃん」と言いながら付いてくるシオリはもういないのかと思い少し寂しい気がした。娘を嫁に出す父親の気持ちはこういうものなのかもしれない。
ただ親父より権田の事は知っているので、「ギャ!」っと言って飛び跳ねたりはしなかった。
学校で本命らしいチョコをサクラからも貰っていた。
「ありがとうな」とお礼を言うと、赤く赤面してモジモジしながら「うん・・・」というサクラ。今までとは全く違う態度だ。普段からこれぐらい素直だったら俺もサクラの気持ちに気がついただろう。
俺の方はサクラに対する気持ちがないため、どうしたらいいのだろうかと考えてしまう。けれどこういう態度をされると、カオリとの間にはあまり感じなくなっている心の揺れのようなものを感じるのは確かだった。
義理チョコは、お袋とシオリとオルカとユイの他、水泳部女子一同という物を貰った。
その他には下駄箱と机の引き出しに放り込まれていた差出人不明なチョコレートが各1つづつあった。
差出人が書いていないので、最近のラブレターに偽装した不幸の手紙の犯人からかもしれないと思い、申し訳ないけれど手作り製だった下駄箱の方は食べずに捨てさせて貰った。中を見たら結構綺麗に作られていたので男が作ったものでは無いと思うけれど、差出人の名前が無いのは気持ち悪すぎた。
△△△
バレンタインデーの1週間後にシオリとユイの入試本番があり、その翌週に滑り止めである公立高校の入試があった。シオリは自己採点では充分合格圏内の点数を出していたので名前を書き忘れるとか面接で大失敗するとかしていなければ、俺の後輩になってくれるだろう。
ユイの方は自己採点でボーダーラインギリギリだったらしい。今和泉から、立花の醜聞についてはユイは被害者の立場であるで内申点で減点しない事と、バスケ部のキャプテンとして県大会4位まで引っ張ったという実績や、女子バスケ部の次期キャプテンだと言われている早乙女が是非欲しいと評価している事は、プラス材料だと言質を取っていたので、合格するのではと思っている。
△△△
3月に入り、シオリにとっては滑り止めとなる公立高校の受験日があり、その1週間後に俺が通う高校の合格発表があった。そして学校に張り出されたボードにシオリとユイとジュンから聞いていた番号があるのを確認して、一緒に見に行ったカオリやオルカとハイタッチをかわした。
カオリが最近会社から持たされたという携帯電話を借りて親父とお袋と田宮銃剣術道場に報告をした。ユイの家にはオルカが携帯電話で連絡していたので、今夜はユイの好きなものが食卓に並ぶんじゃないかと思う。
掲示板の前にはカメラでそれを撮影している男性がいた。子供の合格発表が気になっている親御さんとかなのだろうか。
「張り出されたあとなら、職員室で番号が書かれた紙が貰えるらしいですよ」
「えっ? あぁ、ありがとう、それは知っているよ。私はこう見えても中学校で教頭をしていてね、学校にも番号はFAXで送られてくるんだが、こうやって合格発表の日にボードを撮影するのを昔からしているんだよ。私の趣味のようなものでね」
「そうなんですか」
何かこの先生がいる学校が羨ましいな。俺が通ってた小学校の教頭は虐められていたサクラよりイジメてた男子を擁護したし、中学校の教頭はセクハラしてきたカオリにセクハラをしてきた教師を擁護してその件をもみ消そうとした。
こういう教頭がいる学校ならきっといい生徒がいっぱいいるんじゃないだろうか。
例えば高校に一番近くにある開山中学校出身の依田によると、そこの教頭は、小学校の段階で男子と女子の間に対立が起きていて仲が悪い事を憂いて、「きちんと挨拶しましょう! 悪い事をしたらゴメンなさいって言いましょう!」という挨拶と謝罪をする運動を始めた人なんだそうだ。
確か小学校の時にその小学校から転校して来た奴がスカートめくりを流行らせて、クラスによってはかなり男女の仲が悪くなっていた。サクラもそのスカートめくりがエスカレートした虐めの被害者となり泣かされていた事があった。
俺達の中学校でもその挨拶運動がやってきて、小学校のスカートめくりの流行以降ギスギスし、中学校まで引きずっていた男女の仲を結構改善させていた。
仲が悪くても同じ学校の生徒同士なのだから無視をするのではなく大きな声で挨拶をするというのは、関係を改善する効果が確かにあった。そして謝罪をしやすい環境を作って、あの時はごめんなさいと言えるようにする事でギスギスしにくくなっていた。
例えば丹波は、中学校3年の時に、早乙女に対して「胸の無い女は女じゃねぇ!」と暴言を吐いた事で女子たちに総スカンを食らった。その時も、その挨拶運動によって男女仲が改善されて無かったら、丹波は早乙女に謝罪する事が出来ず、かなり険悪な状態になってしまったのではないかと思う。
その男子生徒と女子生徒の仲が改善した事で、緩んだ空気が生まれ、カオリにセクハラに走った担任が出たり、ストーカーに走る生徒が出たのかもしれないけれど、それを除けばその挨拶運動はとても良いものだった。
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