IF67話 選択

「パンジーに寒冷紗張るの手伝ってくれない?」

「寒さでやられた?」

「えぇ、霜枯れしてるみたいなのよ」

「正月寒かったからかな?」

「多分そうね」


 シャワーを浴びて朝食を食べたあと、リビングで朝のワイドショーを見ていたら、庭の手入れをしていたお袋から手伝いを依頼された。正月の日の寒波によって、庭に植えられたパンジーにダメージがあったらしい。

 パンジーは寒さに強い植物だし、腐葉土と藁で寒気を防ぐようにはしていた。けれど、水たまりに氷が張り風花まで起きていた元日の強い寒気には耐えられなかったようだ。

 ただ根はまだ元気な筈なので、風を防いであげれば、また元気に葉を茂らせ花も綺麗に咲いてくれる筈だ。


「朝からせいが出るわね。朝、走りにも行ったみたいだけど筋肉痛は大丈夫なの?」

「あぁ、もう大丈夫だ」

「それは良かったわ」


 寒冷紗がけも終わり、昼食の準備に入ったお袋の代わりに道具を片付けていたらカオリが庭にやってきた。

 田中家と綾瀬家の間には一応ブロック塀の仕切りがあるのだけれど、幼いころからシオリやカオリが塀を上り下りして庭を行き来したため、2人が落ちて怪我をしないようにと1ヶ所が取り崩されていた。けれど、そこからやって来るカオリを見るのは久しぶりなので昔に戻ったようで少し嬉しくなった。


「俺が筋肉痛だって事を誰から聞いたんだ?」

「昨日、ミノルが朝走りに行か無かったから遊びに来ていたシオリに聞いたのよ」

「なるほど・・・」


 昨日シオリが外出したのは気がついていたけれど、あれはカオリに会いに行ってたのか。もしかてシオリがサクラの事で意味深な事を言って来たから、サクラに会いに行ったのかと思ったけれど予想が外れたな。


「ミノルはさ、サクラから好かれて嫌だったりする?」

「っ!」


 サクラの事を考えていた時に、カオリに話を振られたため、動揺して変な声が漏れてしまった。けれど、俺はサクラに気がある訳ではないので、心を落ち着かせつつ、誠実に答えることにした。


「嫌という気持ちは無いな。むしろ光栄だと思う。ただカオリを悲しませる事はしたくないな」

「そうなの?」


 俺が少し動揺した事で疑われたのか、カオリは俺の目をジッと見ながら何かを考えていた。


「だからサクラを振らなければと思っているけれど、気まずくなって友達としての接点が無くなってしまったら寂しいなとは思ってるな。なんだかんだ言って、サクラはカオリの次に長い幼馴染だしな」

「・・・そう・・・」


 サクラは家が少し離れていたため、幼い頃にずっと一緒にいたというような幼馴染ではない。けれどサクラは小学校に上がる前からよく親父さんやお袋さんに連れられてカオリの家に来ていたし、その際にカオリに家にお邪魔していた俺やシオリとも面識を持っていた。


「私が悲しまないのなら問題はないでしょ?」

「悲しまない?」

「サクラを振らないで欲しいって事」

「ど・・・どうしてっ!」


 俺が動揺してしまったからサクラに気があると思われたのか?それでカオリが身を引く?それは絶対に嫌だぞ。


「サクラとも付き合ったら良いと思うの」

「・・・えっ?」


 一瞬何を言われているか分からなかった。けれど少しずつ意味を飲み込む事で、婚約者であるカオリから、不道徳な事をしろと言われている事が分かった。

 倦怠期の夫婦がスワッピングという、お互いの相手を交換して性行為をすると聞いた事があるけれど、既に倦怠期っぽい俺とカオリの間にもそういった行為が必要だと言いたいのだろうか。


「重婚は出来るのよ、それが認められてる国の国籍を取って結婚しちゃえばいいの」

「重婚!?」

「正月のあと調べたのよ」

「何でそんな事を・・・」

「だってそうしないとサクラに取られちゃう日が来るんじゃないかって思って不安だったのよ・・・」


 どうやらスワッピング的な事をしろと言われたと思ったのは俺の勘違いだったようだ。けれどカオリは随分と気弱な事を言っている。俺の知っているカオリはもっと自信家で傲慢なところがある女性だ。

 最近のカオリは木下達と接触した時の事で自信を喪失し臆病な性格になっていると思うけれど、ここまで変わるのだろうか。もしそうなら、俺が動揺してしまった事はカオリの自信をさらに失わせる事になっただろう。


「サクラも、ミノルとの事は諦めていたから、その提案は嬉しいって」

「ちょっと待って、いつそんな話をしたんだ?」

「正月、サクラがうちに泊まったでしょ?」

「その時に話したのか?」

「えぇ・・・」


 なんだ?カオリの話にサクラは合意しているのか?


「カオリ、俺が動揺したのは、朝シオリから変な事を言われたからなんだ」

「・・・シオリに何を言われたの?」


 まずいな、シオリに言われたのは、シオリがカオリよりサクラの味方だと取られかねない言葉だ。


「振るならちゃんと振ってと言われたんだ・・・・」

「その言葉で何で動揺するの?」

「どう振れば良いのかと考えていた時にカオリに話しかけられたから動揺したんだよ」

「そう・・・」


 カオリはさらに俺の目をジッと見ていた。別にやましい事は何もないのに、焦る気持ちが湧いて来てしまう。


「カオリ、少し冷静になった方が良い。カオリの提案は、世間一般では許される事じゃない」

「許される様になれば良いの?」

「いやそういう事じゃ無くてな?」


 カオリと微妙に話がかみ合っていない。こういう時はカオリが頭を早く回転させ過ぎて俺がついて行けなくなっている時だ。


「実は私に田宮本家の養女にして、婿を取らせようって話があるのよ」

「養女?」

「骨髄のドナーになってくれた叔父さんが、次の田宮本家の当主なのだけど、その人は子供が出来ない体質だったそうなの」

「次の後継者がいないって事か?」

「えぇ・・・」


 子供が出来ない体質か・・・。

 そういえば、前世でパートのおばちゃんたちのアイドルだった大学生のアルバイトの男性と恋仲になったあとパートを辞めた女性が、おばちゃんたちから、旦那がそういう体質だったのに、子供が出来てしまった事で不倫がバレて離婚した女だという噂が立てられていたな。


「その話を受けるつもりなのか?」

「お母さんが嫌がるだろうし、受けるつもりは無いわ。でもミノルが世間体を気にするなら、ミノルを重婚が出来るようにする手段もあるって言いたかったの」

「華族になったカオリの婿になれば、俺も華族になるって事か?」

「えぇ」


 華族になれば確かに重婚は出来る。けれど、入り婿が側室を持ったら、それはそれでかなり世間体が悪い事の様に思う。


「入り婿なのに、2人目の奥さんを貰ったら色々言われそうだって思ってるのかしら?」

「それだけじゃなく2人目の奥さんになる人も肩身が狭い思いをするだろ」


 俺は小学校の時にクラスの奴から苛められて泣かされていたサクラを思い出して胸がズキっと傷んだ。


「そうね・・・、でもそんなの気にしなければ良いじゃない」

「権田によると、華族は面子を重んじるらしいぞ?気にしないでは通らないだろ」

「そうなったら、お母さんみたく家から出ちゃえば良いのよ」

「おいおい・・・」


 ハルカさんの命まで救って貰った相手に、それは随分な不義理な事だろう。


「あくまで例えよ、元々受けるつもりはない話だから」

「そうか・・・」


 仮定の話なのに、随分と現実的な事として言って来るので、そうなったらこうなるだろうと想像してしまった。その想像ではサクラが田宮本家にいる姑的な人にいびられて泣いているのに、入り婿である俺は発言権が低くて庇ってあげられなくて悔しがっているというものだった。


「幸せになれないなら、俺はそんな選択はしないぞ?」

「えぇ・・・、でもサクラは私の親友なの。あの子と争いたくはないし、あんな姿は見たくないの・・・」

「・・・そうか・・・」


 俺もサクラが泣く所は見たく無い。すごく胸が苦しくなりそうだからな。

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