IF66話 遭遇しなかった
1月4日の夜明け前、まだ少し筋肉痛が残っていたけれど家を出て体をほぐしながらロードワークを始めた。軋む筋肉に無理はさせられないので非常にゆっくりと走っていくと少しづつ慣れて痛みがおさまって来る。だからと速度をあげてみようと思って力を込めると一気に痛みが走りまだ筋肉が疲労しているのだと教えてくれる。そんな自身の体と対話をしながらの走りだ。
今日は普段行かない高校の方に向かった。5作目に登場する宇宙人ヒロインがいるのか学校の裏山にいって確かめようと思ったからだ。少し無理をして走っているのもそれが理由だ。
だた学校まで約15kmあるので、往復すると普段走っている倍の距離になってしまう。今の体にはそんな無理をさせられない。しかし学校に到着した頃にはバスの運行時間になっているのでそれに乗って帰ればいつも同じ距離しか走らない事になる。学校から駅前区間までのバスは普段使用している定期券を使えば無料なので、無駄にお金を使う事も無かった。
いつもより早い時間に走るのは新鮮だった。普通の赤青の信号機が黄色の点滅信号になっていたり、明け方まで客を迎えているらしいスナックから、カラオケを熱唱している音が漏れ聞こえて来たりと、朝ではなく夜の気配が残っていたからだ。
50km走っているオルカはこんな気配の時から朝に移り変わっていく街を見ているんだなと思いながら走っていると、少しだけ足の痛みがさらに和らいていく気がした。
学校につき裏山登ると流星が流れていくのが連続で見えた。宇宙人はこの流星をみるために街の光が届きにくい学校の裏山に登ると遭遇する事になる。
遭遇ポイント行くとその人影があった。学校の女生徒の制服を着ている女性の人影だ。
この世界には宇宙人がいるんだと思うと、坂道を登って上がっていた心拍数がさらに跳ね上がり、耳の奥にドクドク自身の鼓動の音が聞こえて来た。
「君も空を見に来たのかい?」
俺は5作品目の主人公が宇宙人と遭遇する時のセリフを投げかけてみた。
振り向いた宇宙人は金髪碧眼で色白の美少女だった。薄暗いけれど肌の白さもあって無表情で冷たさを感じる表情である事もハッキリと見えた。学校では絶対に見かけ無い相手なのに着ている服は学校の制服なので、宇宙人の少女で間違い無いと確信できた。
宇宙人の少女は首を傾け制服のブレザーのポケットを弄った。それは5作品目の主人公と接した時に、記憶を消そうとする時の動作だ。ゲームではいくつか言葉をかわしてからその動作にうつるはずなのに早すぎた。
5作品目の主人公は記憶を失わない能力を持っていた。だからその宇宙人との遭遇を忘れなかった。けれど俺は1作目の主人公であって5作目の主人公ではない。話かける前に木の幹をガリっと爪で傷をつけて、記憶を消されても会ったという記録は残るようにはしたけれど、もう少しだけ色々痕跡を残しておきたい。
「待っ」
宇宙人の少女はニコっと俺に笑顔を向けたあと・・・。
△△△
宇宙人には遭遇できなかった。
元々そんな存在がいないのか、5作品目の主人公の生まれる時までいかないと遭遇出来ないのか、天文部に入って活動しないと遭遇出来ないのかそれは分からない。どちらにしても今の俺に確認する手段は無いと思った方が良さそうだった。
宇宙人に記憶が改竄されてしまう事も考えて、人影を見かけた直後に木の幹に腰の高さの位置で爪を使って傷をつけるという事を決めていたけれど、明るくなり始めた時に周囲の木を見て見てもそれらしい目新しい傷跡は残っていなかった。もちろん爪の間に木の削りカス的なものも残っていなかったのでそんな行動はとってない事が分かった。記憶の断絶も特に感じないので、当たり前といえば当たり前なのだけどガッカリした事は否めなかった。
5作目は迷走作と言われ酷評されたけど、俺はその無表情キャラの宇宙人ヒロインが、最後でエンディングで笑うシーンは結構好きだったのでそれをリアルでも見てみたいと思っていた。
結局俺は宇宙人の遭遇ポイントで夜が明けるまで数多くの流星が流れるのを楽しんだあと裏山を降りた。
いい景色を見れたからか、足に筋肉痛が残っていた事が嘘かのように体が軽快になっていた。
「あれ?こっちで走ってるなんて珍しいね」
学校の裏山から降りたあと体の調子を確認しながら走り始めたら、偶然オルカと出会った。オルカの息は結構弾んでいるので既にそれなりに走っている筈だ。
「今日は流星群を見ようと思って街の灯りが少ないこっちに走ってみたんだよ」
「流星群って?」
「あぁ、さっきまで学校の裏山に行ったんだけど、10秒に1個ぐらいのペースで流れ星が見えてたぞ」
「わざわざ学校の裏山に登ったの!?」
「あぁ、この辺で天頂付近の空を観測する時、一番街の灯りの影響が少ないらしいぞ」
「へぇ・・・そうなんだ・・・」
「天頂付近の空を観測する時、学校の裏山が一番街の灯りの影響が少ない」というのは、ゲームの5作目にお助けキャラからデートスポット情報として教えられるものだ。ただ基本的にヒロインとのデートは昼間にしかしないので、その時点では全く役に立たない情報だった。
けれど誰かヒロインを攻略した後のセーブデータがある状態でスタートをし、主人公を天文部に入部させ、しっかりと部活動をすると、1月の流星群の日に学校の裏山に行くかどうかの選択肢が出て来る。そして裏山に行くを選択すると、宇宙人のヒロインに遭遇する事が出来るという流れになっていた。
「筋肉痛は大丈夫なの?」
「酷かったらバスで帰るつもりだったんだが・・・なんか調子が滅茶苦茶いいみたいだ」
「じゃあ一緒に走る?久しぶりに城址公園に行こうと思ってたんだよ。ミノルの家の前を通るからそこまで一緒に走ろうよ」
「もう結構走っているんじゃないのか?」
「いつもの三分の一から、城址公園まで行って中をぐるっと一周して帰って来れば丁度いいぐらいだよ」
ここから城址公園まで15㎞はある筈だから、そこまでの往復で30㎞が3分の2・・・。確かに50㎞ぐらい走ってるんだな。本当に化け物みたいなスタミナだ。
「依田は良いのか?」
「うん、筋肉痛がまだ酷いから今日まで休むって」
「山登りはきつかったか」
「うん、ミノルが頑張って繋いだのに、自分でタスキを切ったら申し訳ないって必死だったんだってさ」
「考えてた事は一緒か」
「ミノルもそうだったの?」
「あぁ、おかげで依田と同じく区間2位だったぞ」
「うん依田くんから聞いたよ。ミノルは陸上の方が向いてるんじゃ無いかって言ってた」
「俺はカオリを追い越さなければならないからな」
「うん、頑張ってね、すごく手強いよ」
「あぁ、それはよく知ってるよ」
足の疲労は全く感じなかった。筋肉痛も完全に治ってしまっているようだった。
「ペース結構早いけど大丈夫なの?」
「あぁ、1日休んだからか、滅茶苦茶調子良いんだ」
「それだったらペースあげるよ、最近依田くんと早いペースで走ってるんだよ」
「あぁ、依田と走ってる時のペースにしてくれ」
「じゃ行くよ!」
明らかに俺にはオーバースピードだったけれど問題なくついていけた。
「ミノルも早くなってるんだね」
「あぁ、俺は高校に入ってから成長期に入った感じだからな」
「そっか・・・カオリに追いつくのも早いかもしれないね」
「そうだと嬉しいな」
正月が酷いスタートで不安だったけど、あんな日がずっと続く訳じゃないよな。親父とお袋も翌朝には仲直りして、お雑煮が灰皿ではなく普通のお椀によそわれてたからな。
△△△
「お帰り」
「ただいま」
「結構長く走ってたみたいだけど、足はもう良いの?」
「あぁ、問題無かったな」
「そっか・・・」
結局オルカと城址公園まで付き合って走り、オルカの帰路に合わせて俺も家に入った。
学校の裏山で休んだけれど、合わせた距離はフルマラソンを超えていると思う。調子が良すぎて驚くぐらいだ。
「お兄ちゃん、まだカオリちゃんの家に行ってないでしょ」
「あっ・・・忘れてた」
マサヨシさんからお年玉を渡すという伝言を受けていたっけ。元日のあの慌ただしさと、2日の疲労と、3日の筋肉痛によってすっかり頭から飛んでしまっていた。
「マサヨシおじさん今日から仕事だからもういないよ、お年玉はハルカおばさんが預かってるって」
「それは申し訳ないことしたな、後で店の方に行って挨拶しておくよ」
「ふーん・・・ショッピング街か・・・」
「ショッピング街がどうかしたのか?」
「サクラお姉ちゃんに会いに行くのかと思ってさ」
「そんな事はしないよ」
「でもきっと待ってるよ?」
「いや、だからって会いにいったらだめだろ・・・」
俺はカオリの婚約者だしな。
「もっと柔軟で良いと思うよ?だってこのままだとサクラお姉ちゃんと疎遠になっちゃうよ?」
「・・・」
それは寂しいな。なんだかんだといってカオリの次に長い付き合いのある幼馴染だしな。
「私はお兄ちゃんの味方だから」
「何がだ?」
「私はサクラお姉ちゃんも応援していたんだよ」
「カオリじゃなくか?」
シオリはカオリと仲が良いので、俺とカオリが恋人になる事を応援していると思っていた。
「だって、お兄ちゃんって背伸びし過ぎて見ていられなかったんだもん」
「サクラだって十分高値の花だぞ?」
「でも、サクラお姉ちゃんは、中学校の時のお兄ちゃんを好きでい続けてくれてたんだよ?」
「まぁ、そうだったみたいだな」
俺はカオリばかり見ていて、サクラの気持ちに全然気が付いていなかったんだけどな。
「それで、シオリはサクラを応援して、どうするつもりだったんだ?」
「何も?ただサクラお姉ちゃんが可哀想って思って応援したかっただけだよ」
「なるほど・・・」
判官びいき的な奴か・・・。
「サクラお姉ちゃんは、可愛くて一途で優しい女の子なんだよ」
「ずっと俺だけに無愛想だったんだぞ?」
「でもそれは不器用なだけだって知ったんでしょ?」
「まぁな・・・・」
鈍感な俺に不器用なサクラ。相性が最悪だったという感じだろう。
「お兄ちゃんって、時々お父さんよりお父さんみたくなるじゃない?」
「そうか?」
前世の年齢も加算したらそろそろ80歳だし、普通の高校1年生よりも随分と老生している事は仕方ないだろう。
「サクラお姉ちゃんって、お爺ちゃん子だから、お兄ちゃんみたいな人と相性が良いと思うんだよね」
「俺には既にカオリという婚約者がいるんだぞ?そんな事言われたってどうしようもないぞ」
「そうなんだよねぇ・・・、カオリお姉ちゃんが急にああなるなんて思わなかったしね」
「それは確かにそうだな・・・」
「振るのならちゃんとしてあげてね」
「あぁ・・・」
サクラを振るのって、下駄箱に時々投函される俺に対する告白の手紙に対しての返事と同じように、お断りの手紙を書いて渡すって訳にはいかないよな。
今世になって、面と向かって告白される事が無い訳ではないけれど、その場で断ってきた。だから、ああやって不意打ちの様に告白されてそのままになってるのは初めての事で、どうしたらいいのか分からなかった。
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