IF65話 山の神

 土手が風を遮ってくれているためか、風が少なく非常に走りやすかった。11月に新調したランニングシューズも足にフィットしてしっかりと地面蹴れている。

 スタート地点から離れると応援している人は殆どおらず、時折「頑張れ〜」という声援があるぐらいだった。


 元第3集団は間延びしてしまっていた。最初の1kmで3人を連続で抜いたあとは、1人づつ前にいる人と追いかけるといった感じだった。ただ追い抜く目標が目の前にあるのは走りやすかった。それを続けて行くうちに5km時点で第3集団だった人たちのトップらしい5人に合流する事が出来た。

 ただこの集団のまま行くとタスキが切られそうな気がしたので俺はそのまま集団を抜けて前に出た。前に走る人がいないので、自分との戦いとなってしまった感じだ。


 第3集団から俺について飛び出したのか、後ろから人の息遣いが聞こえていたけれど6km地点で聞こえなくなった。しかし段々と道路の傾斜を感じるようになり8km時点の少し長めの上り坂で自身のスタミナが急速に削られているのを感じた。息も段々乱れて来ている最初のハイペースが祟ってしまったようだ。

 ここでペースを落として第3集団の先頭に追いつかれればタスキは繋がらない気がしていた。そう思うと力が湧いてきてペースを落とさずにいられた。幸い坂はなだらかになり息の乱れは少しづつ落ち着いていった。

 けれど、9km地点でさっきの坂より急な坂が始まった。コースの下見では車から見ただけだったためそこまで急で長い坂だと思わかなかった。しかし、実際に走っていると想像以上に急だと感じた。ただ第2集団から千切れたらしい人が前を走っているのが見えていたので目標が出来ていた。


 やはり前に誰かいて追いかけるというのは走りやすかった。その人は坂道にやられてかなりペースが落ちているようで、どんどん背中が近づいて来る事がありがたかった。

 その人を追い抜いたあとゆるいカーブを曲がると次の組のスタート地点が見えた。スタート地点に並んでいない選手がいるので一斉スタートするまでにはまだ世余裕があるようだった。


「ラスト!」

「頑張れ!」

「ミノル〜!」

「22分30秒!」


 応援してくれる人の声が聞こえる。俺の名前を呼んだのはオルカか?


「頼んだ」

「任せて!」


 俺がタスキを渡したのは依田だ。選手10人の中で坂道に1番強かったのが依田だったからだ。


 俺はゴールして倒れそうになったところを毛布を持った係員に抱きとめられた。そのまま道路に倒れて大の字になってしまいたかったけれど、他の走者の迷惑がかかってしまうためかさせてくれないようだ。


「32分18秒、田中君、今のところ区間2位の走りだよ?」

「1位・・・は・・・須・・・藤か・・・?」

「うん31分14秒」


 俺がスタートした時より係員のカウントが1分程度遅い時間を言っているのが聞こえたのでそうじゃないかと思っていた。


「さすが・・・全国・・・3位・・・だな・・・」

「今の所、区間3位はあそこの彼なんだけど、県大会で1万メートル4位だった人だよ?」

「全国には・・・行った・・・のか?」

「ううん、県大会止まりだね」

「そっか・・・」

「田中君、水泳より陸上が向いてたりしない?」

「水泳で・・・追い抜きたい奴が・・・いるんだ・・・」

「そっかぁ・・・」


 息が整って来たので体育座り状態から立ち上がろうとしたら須藤が手を差し出して来たので、手を掴んで支えてもらいながら立ち上がった。


「回復結構早いね」

「長距離型の種目に出てるからな」

「なるほどね」


 立ち上がってゴール地点を見ると足切りスタートの選手が走り出す所だった。


 第3集団のトップにいた選手と同じウェアを来た選手がいたので、やはりあのトップ集団にいたら足切りになっていただろう。


「ミノル、お疲れ様」

「おう、すごく疲れたぞ」

「あれ?また可愛い子だね」


 道路を渡って来たのかオルカがいつの間にか俺の傍までやって来ていた。


「彼女は俺がタスキを渡した奴の恋人なんだ」

「なるほど・・・頭のいい高校は恋人が出来やすいのかな?」

「俺の妹は須藤の高校の奴に片思い中だぞ」

「そっか・・・、僕に彼女が出来ないのは僕の問題か・・・」


 須藤は顔の印象が薄い感じがするけれど、整った顔立ちをしているし性格もいいように感じる。本人が積極的に動けば恋人ぐらいすぐに出来ると思う。


「俺の身近で恋人欲しいって言っている女生徒は1人だけだな」

「もしかしてフミちゃん?」

「もしかして紹介してくれるの?」

「いいや、運命の出会いを待っているようなロマンチストな子なんだよ。頑張って運命の人になってくれ」

「フミちゃんはすごく美人さんだよ?胸も大きいし」

「それは是非運命の人になりたいね」

「胸が大きいで反応したらオルカに悪いだろ」

「あっ! ミノル! 酷〜い!」

「美人さんで反応したんだけどね、うんでもオルカさんごめんなさい」

「お前紳士だな・・・」

「フミちゃんも優しい人だしきっと合うよ?」


 オルカは勘が鋭いけどこれは当たらないだろう。

 須藤は県外からやって来たスポーツ特待性らしいので寮に住んでいるのだろう。という事は現在の生活圏は駅前の方になる。隣市に接する学区を持つ成美中出身の古関とは住む場所が離れているので偶然に出会う事は難しいだろう。


△△△


 俺達の高校のタスキは第7走者で途切れてしまったらしく、13年連続タスキが繋がらない事になってしまった。それでも去年は第5走者で途切れたそうなので結構健闘したと言えるだろう。


 優勝したのは姉妹校で、2位と1区間分ぐらい離してゴールしていた。

 どうやら依田の組で山の神と言われる上りのエキスパートがいたらしく、そこで2位以下を大きく突き放してそのあと独走していたらしい。

 そんな山の神のいるコースでも足切りにならず走り切った依田も俺と同じ区間2位の快走で、第2集団トップに追いつき、山の神と30秒差というタイムでタスキを渡したらしい。

 前世で新春に中継される駅伝では、最高地点の急坂を快速で走る人を山の神といって称賛していた。こっち世界でも同じ称号を考える人はいるらしい。


 区間3位まで表彰状が貰えるらしく、俺達の高校では俺と依田が受け取った。

 その後閉会式があったのだけど、開会式に比べて10分の1ぐらいの人数しかいなかった。

 現地からそのまま帰った人や、交通規制が始まる前に運動公園から出ていった人などがいたので、それが理由だろう。


 無理をして走ったからか、筋肉痛が始まってしまった足を引きずりながら家まで帰った。微妙に家が近いことで、タクシーを呼ぶとか車で迎えに来てもらうとかいう気持ちにならなかった事が恨めしかった。


 お風呂で温めて良くほぐさないと、筋肉痛が酷くなってしまうだろう。それでも明日はかなり痛い筈なので走るのは無理じゃないかと思う。ただ明後日までには軽くロードワークが出来るようになっておきたい所だ。

 心肺機能は、1日休むと取り戻すのに3日かかると言われている。個人メドレーはスタミナが結構大事な種目だ。カオリに追いつくためにもそちらを衰えさせるわけにはいかなかった。

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