IF64話 タスキ

 新春学校別駅伝は平均8km距離を10人で引き継いでいくレースだ。総距離がフルマラソンの2倍ほどになるし起伏もあるので、先頭でも5時間はかかってゴールする。


 スタート地点は駅の南側にある総合運動公園で、そこを2周したあと一般道に出て海の方に向かう県道を走り、その後海沿いの国道を走って、県境となっている川沿いを上流部に向かう土手沿いの道を山側に向けて走り、その後上流部の集落で折り返したあと山の麓に沿う県道を抜け、その後は街の方に向かって走るらしい。


 先頭から30分以上遅くなると足切りで次の組がスタートしてしまいタスキが繋がらなくなるため、優勝を目指している高校以外はタスキを最後まで繋げる事を目標としている。

 ちなみに、うちの高校は12年連続でタスキを最後まで繋げられていないそうだ。


 俺は臨海側から川沿いを上がっていく4番目コースを担当している。2番目に長い区間で9.6km、少しづつ上がっていくコースなのでここ数年追い風区間になっている臨海部を走る9.8kmの1番長い区間より大変らしい。あくまでここ数年なので逆風が吹く年は遮るものがない臨海部を走るのは大変なんだそうだ。

 ただ俺の次の区間の人は6.7kmと1番短い区間だけど結構な坂を折り返し地点まで登っていくコースなので、そっちの方が大変じゃないか思ったりしている。雨の日の校舎の階段でのトレーニングだと俺よりも早くなるケンタならそっちの方が楽と言いそうだけどな。


 運動公園で開会式を受けたあと、4組のスタート地点に近い河口部にある駐車場に向かうバスに乗った。

 バスがそこの駐車場に到着するまで約45分でそのあと2時間以内にトップ選手がやって来るそうだ。その間に選手たちは柔軟したりアップしたりして体調を整えていく必要がある。


 相方がいないので自分なりに柔軟していると、姉妹校の生徒が近くにやって来た。


「一緒にストレッチしない?」

「いいね、一緒にやろう」

「僕は須藤ヨウタだよ、よろしくね」

「俺は田中ミノルだ、よろしく」


 俺は須藤と握手をするとお互いの柔軟を手伝っていった。


「うわっ・・・体柔らかいね」

「あぁ、柔軟は大事だって教えられてな」

「へぇ・・・田中君を陸上大会では見かけた事が無いけど別のスポーツしてるの?」

「このゴーグル焼けで分からないか?」

「あっ、水泳部か」

「そういう事」


 やっぱどこの水泳部員も目の周りだけ日に焼けないゴーグル焼けしてるよな。水泳部ではゴーグルの事をメンパと呼ぶのでメンパ焼けとか、パンダの逆に目の周りだけ白いのでダンパ焼けとか言ったりするけどな。


「須藤は陸上選手なのか?」

「うん、長距離を専門にしてるよ」

「本職か・・・」

「うん、だからこの区間任されたんだけどね」

「うちの陸上部は弱小だから俺がこの区間を担当だよ」

「ははは、でも田中君、結構走り込んでいるんじゃない?いい筋肉の付き方してるよ?」

「水泳部は冬場プールが使えないから走り込みばかりだよ」

「そうなんだ、うちの高校は室内プールあるから、水泳部が外で走るのはあまり見ないよ。僕の知っている水泳部員は冬場は学校のプールだけじゃなく、県営プールにも泳ぎに行っていると言っていたしね」

「そいつは県代表クラスだろ?俺はそこまで早く無いから県営プールに呼ばれないんだ」

「そういうものなんだ」

「あぁ、選ばれた選手はどんどん先に行くんだよ」

「そういう競技なんだね」

「あぁ」


 須藤は姉妹校の1年生で中学校の頃に全国大会の3000m走で3位となり、スポーツ推薦を受けて入学したそうだ。

 不良がいるというイメージがある高校だけど、須藤は随分と真面目そうだ。ヒョロっとしているのでああいう学校とかだとイジメとかのターゲットになりそうなのに、そういった様子は見られない。


「あそこって不良が多いだろ?須藤みたいな真面目そうなタイプは大変じゃないのか?」

「別にそんな事ないよ、特に僕のクラスは番長が睨みを利かせてるからね」

「番長?」

「うん、なんか地元のヤクザの親分の息子で、怖い雰囲気をしてるけど、イジメとかそういうのが大嫌いみたいなんだ」

「・・・なるほど・・・」


 番長って権田の事だろ、というかあいつ俺とタメだったのか。そういえばゲームで不良たちと戦闘になって勝つと「番長に報告だ!」とか言って逃げていくな。不良は1年から3年までランダムで登場するし、報告を受けてる番長は同級生っていうのは納得ではあるな。

 でも、木下達は権田を「リュウタさん」と呼ぶし、昨日ファミレスで会った奴らは「リュウ兄」と呼んでいた。だから権田が高校で番長をしているというのは俺の頭からすっかり抜け落ちていた。


「ストレッチはこれで良いかな、じゃあ田中君ありがとう、レースでね」

「あぁ、お互いに頑張ろうな」


 そういえば立花はどのクラスに入ったんだろうな。権田から、カオリの事を立花から聞いたと言っていので同じクラスになっているのかもな。

 須藤の言う通りイジメの無いクラスなら、立花の悪い噂が姉妹校に出回っても酷い目にあったりはしないだろう。結構馴染んで元気にやってるかもしれない。


△△△


 前の組の先頭がスタートしたという連絡を受け、駐車場からタスキを繋ぐスタートラインに向かった。テレビ局のカメラがあるのは、地元のローカルニュースとかで取り上げられたりするのかもしれない。スタートラインの周囲だけだけど、応援する人が結構いる。よく見ると親父やお袋やシオリの他、カオリもいて俺に向かって手を振っていた。


「ご家族かい?」

「両親と妹と婚約者だな」

「あぁその指輪の・・・ってあの凄く綺麗な人!?」

「あぁ、俺の婚約者だ」

「何か君にはすごく負けたくない気分だよ」

「残念ながら須藤の学校はトップ集団で、うちの高校は第3集団の団子の中を走っているよ」

「くぅ〜、これは君の受け取ったタスキを切る勢いで走らないとね」

「やめてくれよ、そんな嫌がらせ」


 第3集団はトップより15分遅れているらしい。30分程度で走り切るのでその差が維持されているのなら俺の所で切られないと思うけど、さらに差が空いて俺がタスキを受け取ったら分からないだろう。20分差になっていれば第3集団から抜けて8分差で走っているらしい前の集団に追いつくつもりで走らないといけないかもしれない。


 トップ集団を走る学校は3校らしく須藤も呼ばれていった。

 俺も15分後に備えて体に血液を行き渡らせるようアップしていく。

 風があるので対向車線側にいる応援者の声はハッキリとは聞こえないけど、家族からの「ミノル!」という声や「お兄ちゃん!」という声は聞き分けられた。


 約10分後に第2集団らしい8校が呼ばれ、17分後に第3集団の21校が呼ばれた。第3集団は向かい風の影響を受けて切れ切れとなっているらしい。第3集団の先頭が18分差でタスキを繋ぎ、そのあと来る高校に合わせてスタートラインに立っていく。

 俺の高校はまだ呼ばれない。20分遅れの時間で呼ばれたら、陸上部2年の先輩が少しフラつきながら走っているのが見えた。


「ラストスパートです!」


 向かい風にやられたのか相当疲労しているようだ。


「お疲れ様です!」

「すまん」


 タスキを受け取った時点で係員が先頭から21分30秒の差をカウントをしていた。これはマジに振り絞らないとタスキが俺で切れてしまいそうだ。


 カオリの「ファイト!」というハッキリと通った声を背に俺は予定よりハイペース気味に足を回転させた。

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