IF62話 とても冷たい
シオリが権田のグループと合流してしまったので、俺達はシオリを置いて店を出た。権田は義を重んじる奴だし、シオリは滅多なことが無い程度には護身術が使える奴なので大丈夫だろう。
「じゃあまた明日ね」
「あぁ」
明日は新春学校別駅伝の日だ。俺と依田は朝8時には総合運動公園に集合してスタート地点に向かうバスに乗る必要がある。
大会は市内の高校だけが出場する大会だけど、58校あるため結構大規模なイベントになっている。京都の方で2日間かけて開催される大学の駅伝の様なテレビ中継はされるようなものではないけれど、地元の新聞のスポーツ欄には掲載される程度には地元で認知されている。
「シオリ、凄かったわね・・・」
「あぁ・・・」
シオリに触発されたのか、ユイもジュンについて行ってしまったため、帰りは俺とカオリの2人だけになった。ユイもこの辺の地理もかなり熟知しているし、ジュンはその辺の素人に負ける様な奴じゃないので任せても大丈夫だろう。この街は治安が良いので、市外からも多くの人が繰り出してくる神社の方に行かなければ、そこまで変な奴は出没しないはずだ。
「あら?サクラじゃないかしら?」
「あぁそうだな」
ショッピング街の方を歩いていると、サクラが丁度閉店している桃井生花店の裏手から出て来た。お洒落な格好をしているので初詣にでも行くのだろう。
「明けましておめでとう」
「今年も宜しくな」
「明けましておめでとう・・・」
顔を顰めて不機嫌そうな声を出すサクラのこの態度を見て、俺の事を好きだなんて察するのは無理だと思うのだが・・・。
「これから初詣か?」
「えぇ・・・」
「一人だと危ないわよ、ついて行きましょう?」
「それもそうだな」
「えっ!? そんなの良いわよっ!」
「サクラは可愛いから一人だと心配なのよ」
「そうだぞ?もう少し自覚を持った方が良いぞ?」
「何で・・・」
何で泣きそうな顔をする・・・俺といるのがそんなに嫌なのか?
「私とミノルが一緒にいるのを見るのが辛いのは分かるけど、それでも一人では行かせられ無いわ」
「なっ!」
「えっ?」
俺といるのが嫌だから泣きそうなんじゃないのか?
「私とサクラは親友なんだから分かるわよ?」
「なっ・・・何を言っているの!?」
「サクラもミノルが好きなんでしょ?」
「はっ・・・はぁ!? そんな訳ないでしょ!?」
サクラが真っ赤な顔で否定しているんだが本当に合っているのか?
「サクラは本当に不器用なんだから・・・」
「・・・うぅ・・・うぁぁぁぁぁん」
カオリがサクラに抱き着くと、サクラはカオリの胸の中で泣きだした。一体どういう事なんだ?
△△△
「俺がいるのが嫌なら離れてついていくぞ?」
「ミノル・・・」
「もうっ・・・何でこいつこんなに鈍感なのよ!」
サクラが静かになったのでそういったのだが、サクラは急に俺の方を向いて怒り出した。
「ミノルなんだし仕方ないわ」
「私がどんだけアピールしてたと思ってんのよ・・・」
「えっ?アピール?」
本当にカオリの言った通りにサクラは俺が好きだったのか?
「俺にはサクラが不機嫌になっているようにしか見えないんだが?」
「はぁ・・・ミノルが悪いわ」
「もっと乙女の機微に敏感になってよぉ」
サクラは泣き止んだと思ったけどまた目から涙を流し始めた。ハンカチを渡したら、思いっきりそれで鼻をかまれてしまった。
「サクラは不器用すぎるのよ、素直になっていたら私とミノルが婚約する前に、ミノルを落とせてたかもしれないわよ」
「そうよ! 2人の距離が離れていってると思っていたのに、急に婚約って何なのよっ!」
「あー、あれはハルカさんを助けるために必要だったんだよ・・・いらなくなったんだがな・・・」
「私はそれでミノルが必要なんだって気が付いたわ」
「ハルカさんって病気してた件?」
「あぁ、治療に大金が必要になったんだが、他人が一緒に背負えるような金額ではなくてな。親父が俺とカオリを婚約させて家族にするって話を始めたんだよ」
「私はお母さんの件ですごく追い込まれて、その時にミノルに支えられて、ミノルが私には大事なんだって気が付いたのよ」
「何よそれぇ・・・うわぁぁぁぁん・・・」
「何よそれと言われても本当の事だしなぁ」
立ち止まって話をしているため体が冷えてしまい寒かった。カオリとサクラは抱き合っているから多少は温かいかもしれないけど俺は違う。それに、ほとんどの店が開いていないため普段より少ないとはいえ、駅の方から神社に向かっている人がいるためそれなりに人通りはある。あまりこうやって話す場所では無いだろう。
「サクラとは話したい事があるわ、今日私の家に泊まらない?」
「うん、泊まる・・・」
「じゃあ行きましょう?」
「うん、行く・・・」
俺を無視したように神社に向かって歩いていくカオリとサクラ。うーん・・・サクラが俺を好きって言うのはさっきの話しぶりから本当らしいけど、この態度でそれを察するというのはやっぱ無理だぞ。
「やれやれ・・・」
前世で異世界転生して特別な能力を得てハーレムを作る作品の主人公が、自身の周りで自身を取り合う女性陣を見て「やれやれ」と言っていて、やれやれ系主人公うぜぇと読者から批判されていたけれど、俺の状況でもそう言われるのだろうか。
俺はゲームの主人公として生まれたけれど1を聞いて10を知る様な天才では決してなく、チートだと言われるほどの運動能力も持っていなかった。
もちろん前世より恵まれた体と頭脳を持っている事は自覚している。前世の知識によって効率よく学ぶことが出来ているとも思う。けれど努力した分だけしか身につかないし、サボればその分頭も体も鈍ってしまう。
学校で1,2を争う美少女の2人から好かれているという現在の状況は出来過ぎている気はする。周りから見たらチート持ちのハーレム野郎だと言われても否定できないだろう。
「やっぱり分からない・・・」
俺の呟きが気に要らなかったのか、急にサクラが振り返ったと思ったら、近づいて来て俺の太もものあたりを蹴って来た。明日駅伝があるから足に攻撃するのは無しにして欲しい。
「気が付かなくて悪かったよ、もっと分かりやすい態度じゃないと俺は分からない」
サクラはもう一度振り返って、俺の方に近づいて俺の太ももを蹴って来た。
「明日走らないといけないから、足を蹴るのは勘弁しろよ」
サクラはまた振り返って、俺の方に近づいて俺の胸の辺りを叩いた。
「ゴホッ・・・なぁ・・・カオリ、サクラが不器用ったって、こんなのじゃ俺は気が付かないぞ」
サクラは再度振り返って、俺の方に近づいて俺の唇にキスをした。胸を叩かれても呼吸が苦しくならないよう、体を硬直させたので、不意のその行動を避ける事が出来なかった。
「ちょっと! さすがにそれは反則!」
「分かりやすくしたのよ!」
「私だってまだなのよ!?」
「小学校の時にしてたじゃない!」
「そんなのノーカンよ!」
「ノーカンじゃ無いわよっ! 私は思い出す度に悔しい思いをするんだからっ!」
「それならちゃんと好きだって態度をしなさいよっ! 不愛想になっちゃうからミノルが気がつかないのよ!」
「仕方ないじゃないっ! 私はこんな性格なんだからっ!」
何か、ずっと昔カオリとシオリが喧嘩をしていた時の事を思い出すな。俺の事で喧嘩しているのに、俺の事を無視する所がそっくりだ。
俺はカオリに近づくと抱き着いた。
「ギャー! 何見せつけてんのよ!」
「ミノル・・・」
「俺はカオリの事が好きだからな」
「ちょっと! 私はファーストキスしたんだけどっ!」
「私も好き・・・」
「カオリ・・・」
俺が顔を近づけるとカオリが目を閉じて受け入れてくれていた。
「させないわよっ!」
「うおっ!」
「キャッ!」
思いっきり背中を蹴られて倒れそうになった。振袖姿で足の踏ん張りがきかないカオリも俺につられて倒れないよう、俺はカオリを押しつつ、自分だけが倒れるようにした。
「ちょっと! 邪魔しないでよ!」
「邪魔されたくないなら私の前でしないでよっ!」
「サクラが先にやったんじゃない!」
「良いでしょ!?少しぐらい譲ってよ!」
倒れた俺の事を心配してくれないのかな。カオリに手袋を渡してしまっているので、地面についた手がとても冷たいのだが・・・。
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