IF61話 押し切る気か?

 初詣をしてそのまま解散というのも勿体ないと思ったので、バスで帰る人を見送りがてら、早乙女の家がやっている喫茶店に行くことにした。


 早乙女の家は、元々個人経営の喫茶店だったが、駅の北口から正面に見えるという立地の良さもあり、5年前に全国チェーン店と破格な条件の契約の提示を受け、加盟店契約をして店内の改装をしていた。

 個人店時代に作っていたケーキを提供しつつも、チェーン店ならではの店内の明るさと知名度の良さを獲得し、ドリンクバーや軽食メニューなどが充実する事によって、常連層だけではなく飛び入りの客が入りやすくなったため、かなり客足が伸びて景気が良くなったと聞いている。

 もちろん元々の落ち着いた雰囲気を好む客からは前の方が良いという声もあったそうだけど、そういう客でも毎日のように来る訳では無いので、利益という面では今の方が圧倒的に良くなったそうだ。

 前世では、全国チェーンのフランチャイズのオーナーはかなり大変だという噂を聞いた事があったけれど、自前の物件で、キッチンスペースがそのまま流用できた事で、初期投資がかなり抑えられた事もあり、利益を借金の返済に充てるという事が殆ど無く大変だという事は無かったらしい。


「結構混んでいるね」

「正月はファーストフードとこの店ぐらいしかやってないからな・・・」

「普通は家族でお節を食べるものだものね」


 前世では独り身だったため、正月にお節料理を食べるなんて事はなく、スーパーの店長として2日の新春初売りのために店で陳列の並び替えなどをしていた。だからカオリが言う「普通は家族でお節を食べるものだものね」というのは、温かい家庭を持つ家の普通でしかないと俺は知っていた。

 実際に電気や水道やバスや電車を提供している社会インフラを担う会社などは、正月の今でも働いていたりする。正月だからといっても日本の全ての人が正月を満喫出来ている訳ではないのだ。


「どうしたの?」

「あぁ、喫茶店の人もそうだけど、電気会社の人とかバスの運転手とか、そういう人は家族でお節を食べたり出来ないだろうなと思ってさ」

「それもそうね・・・」


 カオリは自分の普通が全てでは無い事にすぐに気が付いてくれたようだ。

 カオリは優秀過ぎるためか、自身が認めたもの以外への関心が薄い傾向がある。そのため時々こうやって周囲が見えていない事があった。


「教えてくれてありがとう」

「あぁ」


 カオリは俺からこういった普通の目線を教えられた時にこうやってお礼を言って来る。カオリはこういう所は素直で可愛いと俺は思う。そうでなければ天使のように綺麗な見た目でも、俺はカオリを傲慢なだけと思い、好きにはならなかったんじゃないかと思っている。


「今日は男達が奢るけど、まだ学生だしドリンクバーと一品ぐらいにしてくれよ?」

「わー! 太っ腹!」

「家にお節もあるし、私は軽いもので良いわ」

「一番高いのは何かしら」

「こっちのスペシャルジャンボパフェが一番高いよ」

「おっきい・・・、でも食べられそう」

「私お腹空いてたんだ~」


 9人もいるので10人まで座れるファミリー用の席が開くまで、少し待つことになってしまった。お昼を回っていたので多くの人が訪れていたようだ。


「俺はホットケーキセットにするな」

「僕も同じにしようかな」

「みんなでつまめるようポテトの盛り合わせを頼むよ」

「それならこっちのバケットセットも良いっすよ」


 何で男女で分かれるように座ってるんだろうか。相手がいない古関に気を使ったのだろうか。


「オルカちゃん、このスペシャルジャンボパフェにしよう?」

「うんっ!」

「これ、カオリお姉ちゃんと2人で食べてやっとだったよね?」

「えぇ・・・結構大きいわよ?大丈夫?」

「水辺さんは大丈夫」

「えぇ・・・すごく食べるもの」


 どうやら中学校時代からオルカは大食いだったようだ。ユイもその同類だというのを俺やシオリは同居しているので知っていた。何でこの2人は胸にあまり栄養が行かないんだろうな。


「オルカをジッとみてどうしたの?」

「いやよく食うなと思ってな」

「そうね・・・私は1人では食べきれないわ」

「カオリはもう少し食べても良いと思うけどな」

「少し太った方が良い?」

「そういう訳じゃないけど、カオリは運動しているのに食べるのが少な目だろ。この前テレビでもアスリートは女性でもすごく食べると言ってたんだよ」

「一回では食べられないけど少しづつは食べてるわよ?」

「チョコレートか?」

「えっ?」

「部活の練習前のカオリから甘い匂いがする時があるんだよ」

「そうだったのね・・・」


 かなり前に、手で口をふさがれた時にチョコレートの匂いがしたのを覚えていてそう言ったのだけれど、やはり口にしていたようだ。


「カオリってチョコレートが好きだったっけ?」

「食べたのはチョコレートじゃなくチョコレート味のブロック栄養食よ、だから別の匂いがする日もあると思うわ」

「なるほど・・・俺はたまたまチョコレート味を食べた日に気が付いただけなのか」


 当たった訳じゃなく、薄くカスっていただけのようだ。


「カオリも練習前はお腹が空くのか?」

「練習中にお腹が空くわね、1回に食べられる量が少ないからお弁当は少なめにしているのだけれど、練習前に食べておかないと、練習後に家につくまでお腹が鳴り続けちゃうのよ」

「鳴るだけ?」

「えぇ・・・だけど、ミノルの聞かれるのが恥ずかしくて食べだしたのが癖になってるのよ」

「えっ?それっていつから?」

「中学校1年の時からよ、小学校の時のスイミングは土曜日のお昼のすぐあとだったし、練習時間も2時間ぐらいだったじゃない。だからお腹が鳴るという事は無かったのよ」

「なるほど・・・」


 中学校1年の最初の頃は、カオリは俺に対してあの落胆した様な目を向けたりはしなかった。食べだした頃は、お腹が鳴ってしまう事を恥ずかしく思う程には俺に関心が残っていたのだろうな。


△△△


 注文をしてドリンクバーで飲み物を頼んだあと、頼んだ品が来るのを待っていたら、店内に権田が入って来た。権田の周囲にいるのは俺の知らない奴なので、正月に帰省してきた友達とかだろうか。


「リュウタさん!」


 同じく権田を見つけたらしいシオリが席を立って権田の方に向かっていった。通路の向こうからシオリとオルカとユイが注文したらしい巨大なパフェ3つをお盆に乗せたウェイトレスとすれ違ったけれど目に入っていないようだ。


「明けましておめでとうございます!」

「おっ・・・おう、おめでとうな」


 うーん・・・権田は赤面して照れてるな。もうシオリに落ちる寸前って感じか?


「リュウ兄、この可愛い御仁は誰です?」

「リュウタさんの恋人のシオリです!」

「なっ!」

「そうなんすか!!? じゃあ俺らの姐御っすね!」


 リュウニィ?あぁ・・・権田の名前はリュウタだったな。つまりリュウ兄って事か。そんな呼び方をするという事は、彼らも舎弟なのか?木下達とは随分と雰囲気が違う奴らだが。


「もうリュウタさんたら恥ずかしがって」

「はっ・・・恥ずかしがってねぇよ!」

「こんなリュウ兄初めて見やすね」

「そうなんです! リュウタさんは恥ずかしがりやなんです!」

「おっ! お前っ!」

「ヒュー、これは新年からめでてぇや!」


 おいおい、シオリが権田を押しきりそうだ。権田も否定しないと本当に恋人だと認知されてしまうぞ?


「あの方がシオリっちと恋仲ってほんとっすか?」

「俺も初耳だよ」

「でも否定してないっすね」

「そうだな・・・」


 なんか状況的に既成事実が成立しそうだな。


「ねぇこれ食べて良い?」

「あぁ食べてくれ」


 注文したものが揃ったけれど、揃ってから食べようと思っていたようで、待っている様だ。


「シオリちゃんのパフェ持っていく?」

「あぁ・・・」


 俺はシオリが気になり過ぎて少し上の空気味でオルカに答えた。


「ミノルもホットケーキが冷めるわよ?」

「カオリは気にならないか?」

「気になるけど・・・あなたの妹だもの、きっと相手が折れるまで押し切るわよ」

「俺の妹か・・・」


 俺も一途にカオリを追い続けたからな。シオリも同じ血だと思えばその通りか・・・。


「シオリ~、パフェ来てるけどどうする?」

「お兄ちゃん食べて~」


 すっかり権田の集団に溶け込んでしまったようで、こちらに戻る気はないようだ。


「量的には食べられると思うけど・・・甘そうだな」


 今井や戸籍に目を向けたけど、各々が注文したケーキだけで充分らしく、首を振って否定の意思を示した。ケンタや依田やジュンも甘いものは得意では無いのか、同じだ。


「私と食べましょ?」

「それしか無いか・・・」


 俺は店員にパフェ用のスプーンをもう一つ持ってくるようにお願いしてカオリと少しづつ食べた。思ったより甘さが抑えられていて食べやすく、なんとか食べきる事が出来た。俺もお袋から燃費が悪いと言われている大ぐらいだから何とかなったけれど、もう家に帰ってからおせち料理を食べたいとは思わないぐらいお腹に溜まってしまっていた。

 早朝のロードワークが出来なかったので、家に帰ったら行こうと思っていたけれど、しばらくお腹を落ち着かせないといけないだろう。

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