IF60話 信念を持ち挑むべし
ユイが見たのは確かにオルカだった。依田と一緒にバスに乗って来たらしい。そのあとジュンが1人でやって来て、その1分後に駅前の方からケンタが今井と古関を伴ってやって来た。
ケンタだけなら鳥居前のバス停の方が家から近いのでそこで降りる筈だけど。今井と古関を伴ってやって来るためにバスターミナルで待ち合わせてくれたのだろう。
バス停の近くの歩道は狭く、バスが来るたびに神社に向かう人の流れが出来るので、俺達は少しだけ離れて待っていたけれど、振袖姿のカオリと身長が高いユイは目立ったらしく問題なく合流する事が出来ていた。
「あけましておめでとうケンタ」
「おめでとうミノル」
お互いに新年の挨拶をしたあと鳥居をくぐり少し長い階段を登って本堂の方に向かった。
「今井と古関を案内してくれたんだな。2人は神社の場所を知らなかったのか?」
「ううん、知ってはいたよ。でも夏祭りの時に女性だけだと危ないとミノルが言ってたからエスコートしたんだよ」
「なるほど、俺も気にするべきだったな」
「夏祭みたいな混雑はしてないから、必要なかったんだね」
「あぁ、正月はショッピング街の店も閉まっているし、露店も門前と境内の中ぐらいなんだ。初売りをする4日以降は凄く混むけどな」
「そうなんだね」
この世界の日本はまだ3が日までは休む店が多い。年中無休をしているコンビニエンスストアやディスカウントストアや全国チェーンの喫茶店などがあったりするので、前世で俺が働いていたスーパーのように正月も早く店を開くようになるんじゃないかと思う。
「受験生はしっかりと拝むんだぞ、ここは結構ご利益あるからな」
「はいっす」
「はーい」
「はいっ!」
この神社での初詣はゲームでもする事ができ、ヒロインに迎えに来てもらって一緒に行く場合と、自分だけで行く2パターンがあった。
お宮の前で主人公は「何を願おうか」かと考えたあと、「学業成就」「恋愛成就」「健康成就」の三択の選択肢が表示される。
学業成就を選ぶと勉強に関する能力が一律であがる。恋愛成就は一緒に初詣に来た相手の好感度があがり他のヒロインの不満度が下がる。健康成就は健康度が上がりストレスが下がる。
その選択肢を選んだ後にひくおみくじの結果によって上昇量が変わるけど、大凶を引いても多少は伸びるので、初詣に行く事はただのボーナスとなっていた。
俺は去年までカオリに追いつこうと思い学業成就を願っていた。ゲームでもカオリは能力値が高くならないとデートに誘っても応じてもらえず好感度も上がらなかった。カオリ攻略の際は、まずは能力値を上げることを優先することと攻略情報に書かれていたため、こちらでも俺はそれにならっていた感じだ。
現在、俺はカオリを攻略済みたいな状態になっている。けれど中学校の時のようにカオリに離されていけばカオリの心がまた離れていってしまうかもしれないと恐れている。だから今年も学業成就を願う事にしていた。
「何をお願いしたの?」
「いつものように頭が良くなりますようにって願ったよ」
「変わらないのね」
ゲームでは、主人公はカオリと初詣に行くと、「カオリと同じ事だよ」と言う。
カオリは好感度が高い場合は「そ・・・そうなんだ」と言って顔を赤らめ主人公との恋愛成就を祈ったと分かる描写があり、好感度がそこまで高く無い場合は、「健康は大事だものね」と、主人公に気が無い事が分かる描写になっている。
確かめれば良かったかと思ったけれどもう遅いだろう。来年も同じことをを聞かれたらそう返事を返そうと心に決めた。
「おみくじを引こう!」
「良いねぇ!」
「やっぱおみくじだよね」
「急ぎ過ぎて逸れるなよ~」
「ちょっと待っす!」
「ははは、新年から元気だね」
お祈りが終わって駆け出したシオリにつられるようオルカとユイが駆け出し、何も言わなくてもペアになっている依田とジュンがついていった。
「俺達も行こうか」
「えぇ・・・」
「今井さんも引く?」
「えぇ」
ケンタと今井はかなり仲が良くなっている様子が伺える。初々しい感じがあるので、日常の延長となっている俺やカオリより仲睦まじく周囲には見えるだろう。
「私だけ独り身なのよね・・・」
古関がポツリと呟いた独り言が聞えてしまった。
中学校の時の同級生であるオルカや今井が依田やケンタと仲良くしている様子を見て何か思う所があるのだろう。
「古関は彼氏とか欲しいと思うのか?」
「運命的な出会いがあると良いなと思ってるわ」
「それならおみくじの待ち人が大事になるな」
「そうね・・・」
古関は文化祭に卑猥な描写の作品を出すという描写がある事からムッツリスケベだと言われていた。けれど、ドラマCDでは運命の出会いに憧れていると独白し、図書館で主人公との出会いを語る所では、転んだところを助け上げられた事で運命を感じたと言っていた。
「大吉だっ!」
「私は中吉だった」
「小吉だよぉ・・・」
「吉・・・」
「ははは、僕も吉だ、一緒だね」
「大吉っす!」
とりあえず凶や大凶を引いた人はいないようだ。
「私はいつも大吉なのよね・・・」
「ほんと不思議だよね」
カオリはここでおみくじを引くと必ず大吉になる。ゲームでも、主人公が大吉を引くと同じだねと言われ、それ以外だと気を使われるので、必ず大吉を引く女だと言われていた。一応番号の書かれている棒の出るクジを引いてその番号に応じたおみくじを貰うので運の筈なのだけど不思議な事だと思う。
「8番だわ・・・」
「俺は21番だね」
売り子の巫女服の女性に渡された木製のクジを振って棒を出してその番号を伝えると、末吉と書かれた紙が渡された。
「末吉か・・・」
「やっぱり大吉だったわ」
「ほんとカオリはいつも大吉を引いて不思議だよ」
「えぇ・・・でもいつも引っかかる事が書いてあるのよね」
「どういう事?」
「去年は災いあるも好転するって書いてあったのよ」
「それって大吉なんだよね?」
確かに大吉でも中には人に注意を促すような事書かれていたりするけど、ハルカさんの病気があったから、何か暗喩していたのではと考えさせられてしまう。
「今年は恋愛の所に、相手と向き合うが吉って書いてあるのよ」
「向き合うのか・・・で何を向き合うんだろう?」
「・・・分からないわ・・・」
この神社のおみくじに書かれている事だ、俺とカオリは何か向き合った方が良い事があると考えた方が良さそうだ。
この世界に神様がいるのか良く分からないけれど、俺みたいな転生という不思議体験した存在がいるのだし、近い存在はいてもおかしくないように思う。カオリが大吉を引き続けるように、リアルであるのに、それでは説明が出来ない不思議だと思う事が時々ある世界だったりする訳だし。
「ミノルはどうなの?」
「俺のは末吉だからか、前途多難って感じの事を書いてあるよ。身を律して備えよとか、末に叶う努力せよとか、信念を持ち挑むべしとか、応援されている感じを受けるよ」
「なるほど・・・」
ほんとこの神社はちゃんと信じた方が良いよな。学業成就を願って能力値が上がっているのかは分かりにくいので不明だけど、俺が怪我で病院に行った時も、カオリとシオリがこので祈ってくれて俺は意識を取り戻したそうだし、奇跡を起こしてくれたのかもしれないしな。
俺は例年のように学業成就とついでに健康祈願のお守りを買って売店を離れた。カオリはおみくじが気になったのか、毎年買っている健康祈願の他に恋愛成就のお守りを買っていた。恋愛は成就しているから不要じゃないかと思ったけれど、何か不安な事があるのかもしれない。
「オルカは破魔矢を買ったのか」
「うんっ! カッコいいから!」
「なるほど・・・」
カッコいいという理由で破魔矢を買う人なんて初めて見た。普通は何か打破したい事がある時には破魔矢は買う物だぞ?
「ケンタは絵馬を買ったのか」
「うん、インターハイに行けますようにって書こうと思ってね」
「あっ・・・それいいな、俺も買って来るよ」
ケンタに言われて俺もインターハイ出場を祈願して書く事にした。
カオリに追いつくには五輪代表になるぐらいでなければならない。けれど3年生の夏に北欧で開かれる五輪に出るには、今年のインターハイで優勝し、国体でも上位に食い込むレベルだと周囲に証明しないと国際大会に出る事が出来ず、選考にもあがらない。
さすがにゲーム主人公の体なだけあって、高校に入ってから急激に記録を伸ばしている。けれど今年の夏までのそこまで行けるとは思えない。
おみくじには信念を持ち挑むべしと書いてあるけれど、カオリと婚約するという不完全燃焼のままゴールしてしまった事で、俺はハングリーさを失いつつある気がしているのだ。
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