IF59話 体型の悩み

 元旦の朝は、少し暖かかった大晦日と違い、かなり冷え込んでいた。いつものようにうにロードワークに行く時間に目が覚めたのだけれど、昨日遅くまで起きていたため眠気があった事と、布団の外に出てしまっていた体が冷えてしまった温まりたいと思ったので、もう一度布団に潜り込んで二度寝をしてしまった。


 瞬間湯沸かし器の音がし始めた事で目を覚まし、窓の明るさにヤバいと思って布団を跳ね飛ばして時計を見た所、既に二度寝をしたあとから2時間も経過していた。お昼前に初詣に行く約束があったので、もうロードワークに行く暇は無いと諦めるしかなかった。

 寝坊から始まる正月とは、一年の計は元旦にありだとすれば幸先の悪いスタートという感じだ。悪い事が無いと良いけれどと思いながら、寝癖を手で撫でつけながら階段を降りて行った。


 リビングに入ると、ツヤツヤした肌のお袋が既にお節を並べ、お雑煮用のお餅が焼ける匂いがしていた。そしてゲッソリとした顔の親父が、既に紅白蒲鉾を肴に熱燗を飲み始めていた。

 命の危機的なものを感じると生存本能を刺激され性欲が高まるという話もある。親父もそういう状態になって、お袋と色々燃え上がったようだ。


 ユイとシオリは俺の10分後にリビングに入って来た。俺が布団を跳ね飛ばして起きた時に、シオリの部屋から2人の起きている気配がしたので、着替えや化粧に時間をかけたのだろう。ユイは色白の肌を保つため、しっかりと肌のケアをしているらしく、朝の支度が遅い傾向にあったのだ。


「あけましておめでとう」

「「「おめでとうございます!」」」


 リビングに入ったとこにそれぞれおめでとうを言い合ったけれど、全員が食卓に座った時にもう一度親父の音頭で新年のあいさつが行われた。


「これは俺と母さんからのお年玉だ、あとユイちゃんのお母さんからも、預かってるので渡しておく、無駄遣いしないように」

「わーい」

「良いんですか?」


 ユイの両親から俺とシオリにもお年玉があるようだ。娘を預かった感謝の気持ちだろうけど何か申し訳なく思った。


「カオリちゃんの分もあるから、初詣の後にでも家に呼ぶんだぞ?」

「あぁ」


 親父とお袋からカオリにお年玉があるのは毎年の事だ。俺やシオリもマサヨシさんから毎年貰っている。

 田中家も綾瀬家も実家と疎遠であるためか、お互いの家族が親戚のような感じになっていた。去年は俺とカオリが婚約者となり、名実ともに縁者となったので今後の関係はより深いものになっていくだろう。


「すごい数の年賀状・・・」

「殆どが仕事関係だよ、出し漏れが無いかチェックしないとな・・・」


 さすが親父は一部上場企業の中間管理職だけあって仕事上の付き合いをする相手が多い。年賀状の数は300枚を超えている。


「私もあとで年賀状を調べないと・・・」

「お兄さん早く帰ると良いね」

「うん・・・」


  義理とはいえ妹に早く帰れと思われてる立花って結構不憫だよな。自業自得なので同情はしないけどな。


「はいお兄ちゃんの分」

「サンキュー」

「あっ・・・里部から来てる。今年は同じクラスじゃないのに」

「返事なんて出さなくて良いだろ・・・」

「かな・・・」


 里部はシオリに妙に構って来る男子生徒だ。多分シオリの事が好きなのだろう。

 だけどシオリは里部の事が好きでは無かった。シオリだけではなく嫌味な言い回しを多用するので女子生徒の殆どから嫌われていた。

 俺は嫌味でもその人のためになることを言っているのなら良いと思う。でも聞く限り里部は他人の揚げ足取りをしているだけの奴だった。


「返して来なかったって言ってくるんだろうな」

「勝手に送って来て気持ち悪いって言えばいいだろ」

「それもそうだね」


 勝手に送ってきたのに感謝を要求されるっていうのも変な話だからな。感謝される自分というのは本人の妄想の中にしか存在しないという自覚を持ち、そうなってしまっている自分を省みるべきだろう。


「俺は出してない人からは来てないな」

「じゃあお兄ちゃんは0枚ね」

「あぁ、どうせ親父のが余るだろ」

「そうだね・・・」


 親父は出していなかった人から来た場合に備えて沢山予備の年賀状を買っていた。毎年50枚ぐらい余らせてしまっている。


 親父は欠伸をしながら4つの山に年賀はがきを仕分けしていた。私的ものと仕事のものと出した相手と出してない相手で4種類に分けると昔聞いた事があった。


 お袋は「もう孫が出来た同級生が出てきちゃった」とか「姓が変わるの何度目かしら」と呟きがら1枚1枚ハガキを読んでいた。


 シオリは既に下二桁の番号順にハガキを並べ始めていた。シオリは既に小学校の頃に5枚だけの自分宛ての年賀ハガキから1等を当てていて、今リビングにある、お笑い芸人がふんどし一丁で雪にダイブしている様子を映している大きなテレビを貰った。シオリはその時の味をしめて、毎年当選番号の発表日を楽しみにしている。


「オルカは絵がうまいな」

「うん、オルカちゃん昔から絵が得意だよ」


 オルカの年賀状は紋付袴を着たネズミの絵で、写実的なリアルな絵だった。シオリ宛のものと同じ縁取りだけど彩色に差異があるので、プリント機で刷ったものに水彩絵の具で色付けをしているようだ。


 カオリは版画でケンタはワープロ印刷っぽいものだった。他にも田村のように筆ペンによる文字だけのものや、サクラのように花形の小さなスタンプを大量に押して綺麗なデザインにしているものなど人により色々だった。


 俺はいつも太陽の絵と謹賀新年の文字とその人に宛てた言葉を添えていた。

 今年は前世で好きだった連凧をあげるCMを流す線香のパッケージの絵に太陽を描いた、富士山の脇から上がる太陽にしておいた。

 現在住んでいる地域では方位的にあり得ない太陽と富士山の配置になるけど、1富士2鷹3茄子というぐらいの縁起物だし良いだろう。


「お兄ちゃん、そろそろ出かける準備をするね」

「もうそんな時間か」


 朝が遅かった事もあり9時半を回っていた。11時に「鳥居前」という神社に1番近いバス停に集合なので、家からはとても近いけれど、準備に時間のかかる女性陣は支度をしておいた方が良いだろう。

 特にユイは外出時には露出部に日焼け止めクリームを塗ったりチークやリップを塗るので、冬場は洗顔程度で済ましてしまうシオリより時間がかかる傾向にある。それにカオリはハルカさんに振袖を着付けして貰ってから出てくる筈だ。歩くのに時間がかかるので、少しだけ時間がかかると思って出ないと約束の時間に遅れる可能性があった。


△△△


「少し風強いね」

「あぁ、空は晴れてるのに雪がチラついてるよ。どこからか風で飛んで来てるんだろうな」

「寒そう・・・」

「ちゃんと暖かくした方が良いね、ちょっとタイツ履いてくる」

「ユイはもう1枚羽織ったほうが良いかもな、俺のセーター着るか?」

「借ります」


 本当はシオリに女物のセーターを貸すよう言うべきだけど、小柄なシオリと違ってユイは俺より身長が高く体格も大きいので入らない。

 俺が持ってる白いセーターは、女性が着ても問題ないデザインなのでユイに着てもらっても大丈夫だった。


「袖の長さは良いようだな」

「ミノルさんの方が肩幅があるみたいです」

「ちょっとブカっとしちゃてる感じか?」

「少しだけ・・・でもコートの中だし問題ないですよ」

「そうか・・・」


 手の長さは俺よりユイの方があるらしい。俺の方が肩幅があるから袖の位置は丁度良くなる感じだ。

 俺の方が胴体の幅があるって事だろうけどそこまでブカっとしないのは女性ならではの膨らみがあるからか。

 スレンダーな見た目だけど、全く無いわけではないだろうしな。


「お待たせ・・・ってお兄ちゃんセーター貸したんだ」

「あぁ、シオリのものじゃ入らないと思ってな」

「それもそっか、ユイは大きいもんね」

「モデルみたいに手足が長いって感じだな」

「いいなぁ・・・」


 シオリは早乙女ほどじゃないけど小柄だからな。


「でもシオリは胸の大きさがあるから・・・」

「・・・みんな違ってみんな良いだ・・・」

「そうだね・・・」


 体型の悩みはみんな色々あるよな。


「明けましておめでとう」

「おめでとうカオリ」

「おめでとう・・・振袖綺麗・・・」

「明けましておめでとう、今年もバッチリだねカオリお姉ちゃん」


 俺達が防寒をもう一度整えて家を出ると、体型の悩みがなさそうな幼馴染が家から出て来た。

 今年着ている振袖は濃い赤地のもので、去年までの朱色のものより落ち着いていた。ゲームでのカオリが初詣の時に着ているものにソックリなのは、本当に不思議な事だと思ってしまう。


「親父が初詣終わったらお年玉貰いに来なさいってさ」

「うちのお父さんも言ってたわよ」

「了解」


 カオリの隣に並び駅の方に向かって歩こうとすると、シオリが俺の袖を引っ張って「お兄ちゃん」と小さく言った。

 なるほど・・・カオリを褒めろって事ね。


「カオリ、去年より落ち着いた色で似合ってるよ」

「ありがとう」


 素っ気ない答えだけど、耳の方が赤くなっているので照れているのが分かった。


「そこの水たまり凍ってるな」

「夜、冷え込んでたものね」

「耳とか手、冷たく無いか?」

「えぇ・・・少し手が冷たいわ」


 カオリは薄い手袋をつけているけど、それだけでは指先の冷たさは防げないようだ。


「俺のもので不格好だけどつけてよ」

「ミノルは冷たくないの?」


 俺はカオリに毛糸の手袋を渡した。振袖には似合わないデザインだけど、神社に行くまでなら多少の不格好さは良いだろう。


「俺はコートのポケットに手を入れるから大丈夫だよ」

「ありがとう・・・」


 風が強く寒いからか、人通りはそこま多く無かった。けれど神社に近くなれば人通りもあって露店も出てきた。


「あっ! オルカちゃんだ! おーい!」

「えっどこだ?」


 ユイがブンブンと手を振ると、遠くに見えるバス停の方から手を振る人影が見えた。


「あれオルカだって分かるか?」

「そう言われればそうだって思う感じかしら」

「そうだよな・・・」


 一応俺も視力は1.5あるんだけどな。それでも手を振っているのが確実にオルカだとは判別出来ない。あれがオルカで手を振り返しているというなら、ユイやオルカはサバンナのハンター並みの視力をしているのかもしれない。

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