IF57話 禁煙
「いらっしゃーい」
「お邪魔します」
「寒いだろ、早く入って温まりな」
「いまお節作ってるんだよ〜」
「うちで作ってたのを少し貰って来ました」
「それは気を使わせたね」
終業式から始業式の間、立花が家に帰って来るとの事で、顔を合わせないようにとユイが家にやって来た。うちからなら初詣も通いやすいし丁度いいだろう。
「うわっ! 黄色い!」
「これ錦玉子だよ」
「手作りするとこんな感じなんだ〜」
「ユイカさんの錦玉子、私好きなんです」
ユイは家からタッパーに入れられた手作りの錦玉子を持って来ていた。
錦玉子というと、この時期スーパーでカマボココーナーに置いてある黄色いカマボコの亜種っぽいものだと思ってたけど、上が黄色で下が白という四角いものも錦玉子というらしい。
「それで何を作ってるの?」
「渡島漬けだよ、今、昆布とスルメをハサミで細く切ってるの」
「へぇ〜」
渡島漬けとは人参と昆布とスルメを千切りにしたものを、醤油や味醂の付け汁に漬けたものだ。しかしお節料理にする時にはこれに数の子を入れて漬ける。
多分前世で松前漬けと言われたものじゃないかと思う。親父やお袋の故郷のお節という訳ではないけれど、親父が好きなので、うちのお節の一品に入れるようになっている。
「結構握力使うね」
「うん昆布もスルメも結構硬いんだよ」
キッチンバサミはうちには4本あるけれど、その理由はこの渡島漬けを作るためだ。
昆布やスルメは硬いままキッチンバサミで切るのだけど結構力がいる。1人でやるのは大変なので家族4人チョキチョキ切るために4本用意されている。
「シオリ・・・この昆布少し太いぞ」
「はーい」
昆布よりスルメの方が硬いので俺が担当している。ハンドグリップで握力鍛えているけど、キッチンハサミは握りが細くて指に食い込むので痛くなってしまう。だから時々指をプラプラさせて休めながらスルメを細切りにしていった。
「はいこの中に入れて」
「はいよ」
お袋がキッチンから細切りにされた人参の入ったボールを持ってきたので、それに半分ぐらい切り終わったスルメと昆布を入れた。
「ユイちゃん手伝わせちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、こうやってみんなでお節作るの楽しいですよ」
「あらそう?じゃあ筑前煮と昆布巻を一緒に作る?」
「はい!」
「シオリより素直ね、うちに欲しいわ」
うちに欲しいって、ユイを俺と結婚させたいって事か?その発言をカオリが聞いたら「私は嫁として相応しくないと思われてる」とか言い出して、嫁姑問題に発生しそうだ。
「でも結構作るんですね」
「お隣の家の分も作ってるからよ。ハルカさんが退院したばかりでお節作るどころじゃないでしょ?」
「なるほど・・・」
ハルカさんはクリスマスの翌日に予定通り退院した。定期的に通院して検査受ける必要はあるけれど、医者から、綺麗に定着したので大丈夫でしょうと言われているそうだ。
ただ、雑菌類が多い刺し身や果物など火の通っていないものや、酒やタバコなど免疫力を下げるものや、甲殻類や卵など、アレルゲンになりやすい食事はしばらく控えるようにと言われているらしい。
だからお節をお裾分けしても、ハルカさんは口に出来ないものがあるのではと思う。
マサヨシさんはハルカさんのために禁煙を始めていた。タバコの煙は免疫力を下げると言われかららしい。今まで何度も失敗しているチャレンジらしいけど、今回は長続きしているそうだ。
それに影響されたのか、親父はお袋から、家と車の中は禁煙と決められてしまいショボーンとしていた。タバコの先から出てくる副流煙が身体に悪いという特集を昼のワイドショーでやっていたそうで、やめて欲しいと思ったからだそうだ。
全面的な禁煙にならなかったのは、親父が「喫煙時のコミュニケーションは飲酒と同じぐらい営業には大事だ!」と言って抵抗をしたためだ。最初は家での禁煙に抵抗していたけれど、3回目の発見らしいスナックのマッチが原因で、灰皿カレーライスマッチ添えを出されて降伏していた。
前世では分煙が叫ばれ、電車や公共機関の建物内の全面禁煙が当たり前だったけれど、こちらの世界ではまだそういう時代になっていないようで、駅のホームでは多くの人がタバコを吸い、電車にも喫煙車が残っていた。
タクシーの車内や喫茶店内がタバコ臭いのは普通だし、歩きタバコする人も多く見かける。
タバコも1箱180円から230円程度で売られていて、前世で俺が死んだ時に比べて半額以下だ。
俺も前世では長い間ヘビースモーカーをしていて、喫煙者へ冷たい目線を向ける社会になっていく事を認識して、かなり苦労して禁煙した口だった。だから親父が抵抗する事も理解出来た。喫煙は薬物中毒と同じで、それを経つことはものすごい忍耐力が必要だからだ。俺は禁煙時の苛立ちを食事にぶつけてしまったので、その時体重が一時的に15kgも増えてしまっていた。親父は最近お腹周りがプヨって来ているので体型が完全に中年化してしまうかもしれない。
「お袋終わったよ」
「はーい、じゃあ次は鞘インゲンの筋取りお願い」
「はいよ」
キッチンに千切りされた人参と昆布とスルメの入ったボールを持っていくと、お袋はそれを受け取って、切れてしまっているため安売りされていた数の子を手でポイポイ千切って入れたあと菜箸を使って混ぜ始めた。
「ユイちゃんとシオリは、まず筑前煮を教えるから来なさい」
「「はーい」」
俺はお袋から受け取ったさやいんげんの入った袋を持ってテーブルにいくと、キッチンバサミで頭とお尻の部分を切ったあと筋を手で引っ張り取り除くという作業を始めた。
新年まであと4日、田中家お節作りはまだ始まったばかりだった。
△△△
「はいお袋からお節のお裾分け」
「この量はお裾分けとは言わないわ」
「じゃあお届け?」
「そっちの方がしっくり来るわね」
お重ではなくタッパーに入れられているのでお届けという感じではないのだけど、3段のお重に入れても充分ぎっちりとなる量があるのでお裾分けとは言えないかもしれない。
「カオリ、外で話して無いで入って貰いなさい」
「はーい」
奥からハルカさんの元気な声が聞こえて来た。具合はかなりいいようだ。
「気がきかなかったわね、入ってお茶でも飲んで」
「良いのか?」
「そこまで気を使わなくて大丈夫よ、入って」
外から持ち込んだ菌をなるべくハルカさんに接触させない方が良いだろうと思い、そのままお節を手渡したら帰る予定だったけど、大丈夫だと言われたので寄る事にした。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
カオリ家はかなり殺風景になっていた。何故だろうかと思ったけれど、すぐに観葉植物と金魚が飼育されていた水槽が無くなっているからだと気がついた。雑菌の繁殖源になる可能性考えて撤去されたのだろう。
リビングに入るとハルカさんが座卓の前に座り老眼鏡をかけて編み物をしていた。かなり長いのでマフラーでも編んでいるのだろう。
「加減はいいようですね」
「えぇ、元気なのよ、でも人混みは避けるように言われてるし、免疫力が下がらないよう疲れすぎないようにって言われてるから動けないのよ」
「それで編み物ですか」
「えぇ、マフラーよ。あと合わせた手袋とニット帽を作るわ。ミノル君やシオリちゃんの分も作るからね」
「良いんですか?」
「えぇ、暇があるから一杯作れちゃうのよ」
暇というよりその編み上げる早さの問題じゃないだろうか。ハルカさんは俺の方を向いて会話をしながらも、とても早い手つきで編み棒を動かし続けていた。
カオリは複数人の会話を聞いて理解できるマルチタスクな頭をしているけれど、どうやらそれはハルカさんから受けた遺伝らしい。
田宮本家というのは、もしかしたらそういう優秀な血の家系なのかもしれない。遠い分家の次男であるジュンも、中学校で学年首位の頭脳を持っているが、田宮の血によるものだとすれば納得だ。
「お茶よ」
「ありがとう」
カオリが急須と湯呑みと和菓子が乗ったお盆を持ってキッチンからやって来た。うちだとお茶の受けといえば煎餅やおかきが入った袋がら直接ガサガサと出す感じだ。ハルカさんの経歴を知ることで、こうやってカオリの仕草にも、うちとは違う育ちの良さを感じるようになった。
「プリンが良かったかしら?」
「それはシオリとユイが来た時にだな。俺はこっちの芋きんつばの方が好きだよ」
「それは良かったわ」
うちは、ユイの影響でお菓子のプリン率がかなり高くなっている。シオリに至っては1日1個で食べるペースだ。
俺は味の好みがが前世を引き継いでいるのか渋目のお菓子が好きなので、和菓子の方が口にあう。まぁそれよりも、ハードな運動部に所属していて大量に汗をかくからか、煎餅や落花生などのしょっぱい系のお菓子の方がもっと好きなんだけどな。
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