IF55話 鈍感系主人公

 クリスマスイブの日は終業式前で平日であるため、学校では普通に授業がある日だ。けれど、浮かれている生徒がいたり、そんな生徒にやっかみの目線を向ける生徒がいたりと、学校内の空気は少し違っていた。

 本来は終業式を待たず父親の元に行く予定だったオルカも、依田とのデートに浮かれている1人だ。移動教室の時にニヤケながら廊下の外の窓の外を見ているオルカを見かけてしまった。いったいどんな事を想像しているのやら。


 ゲームの後継作では、お嬢様系のヒロインのクリスマスパーティーに誘われるというイベントがあったけれど、1作品目にはそういったものはなく、好感度の高いヒロインがいた場合に、学校で駅前からショッピング街までのイルミネーションを見に行こうと誘われるというイベントになっていた。


 俺とカオリは学校から帰ったあと、私服に着替えて一緒に駅前に出かけた。お袋から、早乙女の実家でもある喫茶店で注文していたケーキを取って来るように言われていたし、それをカオリに言ったら「ついでに駅前のイルミネーションを見に行きましょう」と言われたからだ。


 ゲームでは1年目にカオリの好感度を上げるのはかなり難しい。俺も前世のゲームプレイでカオリを駅前のイルミネーションに誘えたのは3年目の時だけだ。

 ゲームでは、スタート時に主人公の名前を「全員デレデレ」とするとヒロインと好感度が高い状態で固定化され、あだ名を「コアラッコ」にすると能力値が高い値になるという隠し要素があり、それをすれば1年目からそのシーンを見れる事は知っていた。

 しかし産まれた時に名前は決まっていて変えられないものだし、周囲に「俺の事はコアラッコと呼んでくれ」という恥ずかしい事を言いたく無いので、現在の俺にあだ名は無い。強いて言えば、シオリと仲が良い事から「シスコン」と呼ばれる事があるぐらいだ。


 今年は、カオリが田中家のクリスマスパーティに参加する事になっていた。

 マサヨシさんは店を閉めたあと、今日から無菌室から一般の個室に移動したハルカさんの病室でクリスマスを祝うようで、カオリが夫婦水入らずにしてあげようと遠慮したからだ。


 とはいえ、田中家のクリスマスパーティはそこまで盛大に祝うものでは無い

 シオリが小学校4年生あたりでサンタクロースの存在を信じなくなっているし、中学校に入ったあたりから玩具への興味がなくなっているので、ご馳走を食べて1万円分の図書券を貰うのが3年前からの田中家のクリスマスパーティになっていたからだ。それに今年はシオリが受験生だ。去年も俺が受験生だった事もあって、盛大なものでは無くなっていた。


「あら?そのジャケットは始めて見るわね。似合ってるわよ」

「ありがとう。カオリのその白いコートも可愛いな。普段はシックな感じを好むから、そういうのは珍しいけど似合ってるよ」

「ありがとう」


 珍しくカオリが顔を赤らめ、俺と腕を組んで来た。カオリは綺麗と言われる事は多いけど、可愛いと言われる事はあまりないので、こういった褒め方をされた事が恥ずかしかったのかもしれない。


「そのニット帽も可愛いな。横の垂れ下がってるのはウサギの耳をデザインしているのか?」

「えぇ・・・」

「もしかしてオルカに選んで貰った?」

「えぇ・・・良く分かったわね」

「いつものカオリが選んでいる感じじゃ無いからな」

「えぇ・・・オルカに選んで貰ったけど、私も少しだけ昔の私に戻りたかったのよ」


 そういえば小学校の時にお気に入りだった格好に似てもいるな。


「そっか、いつもと違うのに違和感を感じないなと思ったら、小学校4年生ぐらいの時好きだったコートとニット帽に似てるのか」

「覚えてるの?」

「あぁ、覚えてるよ」


 俺がカオリに水泳で抜かされてベッドに顔を押し付けて泣き叫んだ翌日に見た格好だからな。


「当時は白い耳当てもしてたな」

「懐かしいわね・・・」


 小さい頃のカオリは結構寒がりで、冬場はモコモコした格好をしていた。けれど中学校時代から大人っぽい格好を好むようになって。冬場もシュッとしたスマートなコートを着るようになった。


「昔のカオリはモコモコした厚着だったもんな」

「今も寒いのは苦手なのよ?」

「そうなのか?急にスマートな格好をしなくなったから大丈夫になったと思っていたよ」

「保温性の良いインナーと厚手のタイツを着て我慢しているのよ」

「我慢?」

「えぇ、モコモコした格好は、子供っぽいと思ったのよ」


 中学生が子供っぽい格好して何が悪いのだろうか?


「中学生はまだ子供だろ?」

「うん・・・でも背伸びしたかったの。それとサクラと被ってしまったし」

「なるほど、確かに小学校の頃のカオリとサクラは似たような服を選んでたな」

「うん・・・」


 最近のカオリはサクラの話をすると機嫌を悪くなったけど、自分から振ってきたという事は大丈夫になったのかな?


「ミノルってサクラが好きだった事ある?」

「それは恋愛対象としてって事か?」

「うん・・・」

「無いよ」

「そうなんだ・・・」


 何でそんな事を気にするのだろう?学校でされている悪い噂のせいだろうか。


 ショッピング街は様々な飾り付けがされ、クリスマスソングが流れていた。12月の初め頃から人の購買意欲を刺激する空気を作っていたけれど、今日はサンタの格好をした売り子が声を張り上げていたり、店の外側に露店のようなものを広げていたりと最後の追い込みをかけている様子があった。

 クリスマスケーキが入っている箱らしいものを持って足早に歩いているサラリーマンっぽい男性や、ベビーカーを押した男性とその男性に寄り添ってショーウィンドウを指差している女性、父親らしい男性に肩車された小さな女の子と女性と手を繋いで歩く男の子の4人家族。

 様々な形で今日を楽しもうとしている人達がショッピング街に繰り出していた。


「今日はすごい活気だね」

「外を出歩く人が多いようね」


 普段なら閉まっている時間なのに玩具屋が開いていた。子ども用の玩具を買いに来る父親が来るのを待っているのかもしれない。


「サクラの家も開いているわね」

「花をプレゼントする人が多いのかな?」

「確かに多そうね」


 桃井生花店の店頭にはポインセチアが多く並べられていた。上の半分が綺麗な真っ赤な葉になっていて、うちで育てられているものより見事に変色していた。。


「やっぱ本職のものは綺麗だな」

「ミノルの家のは、ちょっとだけ赤い葉っぱがあるだけだものね」

「短日処理がどうもうまくいかないんだよ」


 去年、俺はクリスマスの日に、売れ残りそうだからとポインセチアの鉢を5割引でサクラに2鉢押し付けられてしまっていた。桃爺さんに聞きながら鉢を手入れし、色づかせるためには日の当たる時間を短くしなければいけないと段ボールの箱で覆って短日処理という事をしてみたけれど、少しだけ赤い葉っぱが出ただけで、緑の葉っぱばかりの鉢になってしまった。


「いらっしゃい」

「キャッ!」

「・・・後ろから声かけるなよ・・・」

「店の前にいると邪魔」

「ごめんなさい」


 確かにポインセチアを見るために店の入り口に留まってしまったな。


「今日は働いてるんだな」

「注文を受けて配達する事が多いのよ」

「配達?」

「この時期は夜にやってるお店の方から配達依頼があるの」

「へぇ・・・」


 ホストとかホステスが客にプレゼントするのかな。


「あんた達はデート?」

「まぁそんな感じだな」

「良いわね・・・」

「羨ましいなら彼氏でも作れば良いだろ?サクラならよりどりみどりだろ」

「・・・そうね・・・」


 サクラは「ハァ・・・」と大きなため息をついた。


「カオリに花をプレゼントしたら?」

「あー・・・それもそうだな・・・、やっぱ赤いバラが良いのか?」

「そうね・・・それが定番ね・・・」

「じゃあ綺麗なのを1輪お願いして良いか?」

「ケチ臭いわね」

「沢山あっても困るしな」

「じゃあ私にも買って」

「何でだよ!」

「クリスマスだし良いじゃない」


 そういうのは彼氏とかに強請れよ・・・でもこんなに頑張っているんだし、労いの意味で贈っても良いか。ゲームでもサクラは花屋の娘なのに花束や鉢植えを貰うと喜ぶ登場人物だったしな。


「・・・どんな花が良いんだよ」

「カオリと同じで良い」

「じゃあ2輪な、いくらなんだ?」

「1本250円だから500円」

「ワンコインか・・・」


 俺は財布を取り出すと、サクラに500円玉を渡した。


「毎度あり」

「綺麗な奴を包んでくれよ?」

「うん・・・」


 サクラはすぐに店内に入り、1輪のバラをセロファンで巻き、根元をピンクのリボンをつけたものを2つ作って持ってきた。


「はい」

「俺達には1輪でいいぞ?」

「買った人がちゃんと確認しないといけないでしょ?」

「確かにそうか・・・」


 俺はダクラから2輪の赤いバラを受け取ると、1本をカオリに渡し、もう1本をサクラに渡した。


「「ありがとう・・・」」


 なんかカオリとサクラの声がハモったな・・・。


「じゃあもう用が無いなら帰って」

「相変わらず酷い接客だな」

「今日はこれからも忙しいの」

「そっか・・・頑張れよ」

「うん・・・ありがとう・・・」


 夜の店っていうと、これから人が多く入る時間だからな。もしかしたら朝まで忙しいのかもしれないな。


 俺とカオリはサクラの家から離れると、駅前に向かって歩いた。


「私、中学校のとき、ミノルはサクラを好きになるんじゃないかって思っていたの」

「何で?」

「だってサクラは可愛いし一途なんだもの・・・」

「一途って何に?」

「・・・えっ!?気が付いてなかったの!?」


 気が付いてないって何の事だ?


「ごめんなさい・・・私余計な事言っちゃったわ・・・」

「余計な事?」

「・・・ここで教えないのは駄目よね・・・」

「???」


 教えないって何だ?


「サクラってミノルの事が好きなのよ?」

「はぁ?俺はサクラからブサイクって言われてるんだが?」

「それ、どんな状況で言われたのか分からないけど、照れ隠しよ」

「照れ隠し?」


 何で俺に照れる必要があるんだ?小学校に入る前からの長い付き合いだぞ?


「赤いバラの意味は分かるわよね?」

「一応・・・」


 熱烈な愛とかそういう意味だったと記憶している。


「サクラはそれをミノルに欲しいって言ったのよ?」

「買ってだろ?」

「同じことよ」

「・・・まぁそうか・・・」


 店の商品が欲しいって言うことは事は、相手に買ってと言う意味だからな。


「サクラは小学校の頃からミノルが好きだったのよ?」

「・・・はい?」

「幼馴染である私がミノルの近くにいたから告白出来なかったの・・・。だからずっとミノルに不器用なアプローチしてたのよ?」

「アプローチって・・・」

「今日のバラもそうだし祭りの日の花冠を欲しがったのもそうなのよ?」

「・・・あの無愛想なのがか?」

「だから不器用だって言ってるでしょ?」

「・・・なるほど・・・」


 ゲームでもサクラは所謂ツンデレっぽいキャラだった。勝ち気でヒステリックで天邪鬼で、でも最後の告白のシーンでは一途で泣き虫で弱い女の子になる。そんなギャップのあるヒロインだった。

 俺はカオリしか見ていなかったから、サクラの事を考えていなかった。でも確かにゲームでの行動と比較すると主人公に不器用なアプローチしているゲームのサクラと重なる所があった。


「気が付かなかったよ・・・」

「最近は少しあからさまだったから気がついてると思ってた」

「俺は随分と鈍感なんだな・・・」

「そうね・・・」


 いつの間にか俺は鈍感系主人公的な行動をしていたらしい。


「カオリはそんな事を俺に教えて何をさせたいんだ?」

「ちゃんとサクラの事を知って欲しい。サクラに渡す気は無いけど、サクラの気持ちを蔑ろににはしては欲しくない。サクラは私の親友でもあるの」

「そっか・・・」


 カオリは誰とでもちゃんと話すけれど、俺から見ても取り繕わず楽しそうに話せる人は少ない。小学校と中学校ではシオリとサクラと早乙女ぐらいで、高校に入ってからオルカとユイが加わったぐらいだ。カオリの中で家族以外に心を許せる相手はそれぐらいなのだろう。


 男女関係によって友情がこじれるなんて言うのは著作物で良く描写される事だ。

 カオリが好きな恋愛小説や、シオリが好きなトレンディドラマや、サクラが好きな演劇にもそんなシーンがあった。


 俺もサクラとは長い付き合いだ。中学校の頃に公園整備のアルバイトを紹介して貰ったという恩もある。シオリやカオリとも仲が良い。俺に対してだけは口が悪いけれど、気まずくなって関係が途切れてしまう関係にはなりたく無かった。


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